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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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37.ジュリ王女の言葉


「あの…」


「何?」


「それがわたしにどんな関係がありますか?」


彼女の問いに、王女は目を瞬かせた。意表をつかれた様子だった。


その時、母屋につながるドアを開けて誰か入ってきた。ハークレイだった。彼は時折り様子を見に立ち寄ってくれる。お茶や食事を出すことも多いから、それが目当てでもあるだろう。


「失礼、お客様でしたか」


王女は、闖入者をまじまじと眺めている。彼は帽子を被ったままで上着を脱ぎ腕に掛けていた。頭の帽子を取り、貴婦人然とした王女へ軽く挨拶をした。


王女はそれに返さず、ノアへ身を寄せ囁くように、


「誰?」


と聞いた。


「友人のハークレイさんです」


彼女は王女に失礼を断ってから、ハークレイの方へ行った。


「アンディ。悪いけれど、母屋の方で待っていて」


「ああ、いいですよ」


声をかけて王女のもとに戻る。王女は面白くもなさそうにそのなりゆきをじろりと見ていた。


「親しいのね、男の友人と」


「え」


令嬢の身ではしたないと責められたのかと感じた。怒りも不快さもないが、それを王女に咎められる謂れはないと思う。


「アシュレイはあなたのことを話して、楽しそうに笑っていたの。あんな風にしているの随分見ていなかったから、とても驚いたわ」


「え」


「彼、あなたのことが絶対に好きよ」


睨むように彼女を見つめ、王女は断言した。尊い身分もあって、ノアには厳かな宣託にも聞こえてしまう。


しかし、告げられた内容は衝撃だった。簡単に言葉を発せないほどで、彼女は自分の中で何度も反芻したほど。


(まさか…)


驚きに呆然とした。これまでの彼との記憶と今の王女の発言がつながらない。彼にはすでに切り捨てるように拒絶されている。戸惑いと胸の甘いざわめきに、身体が揺すぶられるような気分だ。


そうしていると、笑い声がした。男のもので、見なくてもハークレイだとわかる。彼女より先に、王女がそれに反応した。


「あなた、失礼ね、笑うなんて」


「これは無礼を」


叱責を受けても、どこ吹く風と流す。彼はドアにもたれたまま母屋の方へ行こうとしない。ノアはそれを注意する気も起きなかった。


しばらくの無言が場を包んだ。最初に王女がそれを破る。


「今日はそれを知らせに来たの。あなたはどう思って?」


「もし本当であれば、…光栄だとは思います」


「本当よ。確信がなければ、ここに来ていないわ」


落ちていた視線を上げる。


「ジュリ様はご存知ないのです。前に、先生にわたし、きつくお叱りを受けています。事情があってお邸にお邪魔した時に、「君がいていい場所じゃない」と。「出て行ってくれ」とも言われています。だから、まさか、そんな…」


首を振りながら言った。


「グレイの邸にあなたがいたら、それは驚くでしょうね。オードリーそのものだもの。混乱して暴言を吐くことだってあるのじゃなくて?」


「オードリー?」


ハークレイの声だ。


「アシュレイの亡くなった妻よ。ノアに生き写しなの」


「なるほど。そういうことか」


王女の説明に一人合点が入った様子のハークレイだが、ノアにはその不可解な意味を問う余裕がはない。


ちなみに、オードリーが健在の頃、グレイ家においてハークレイの業務は父ハークレイが担っていた。息子が父の後を引き継いだ時には、すでにオードリーはこの世になかった。アシュレイの婚歴は知っていても、その亡妻については把握していない。


「でも、わたし、先生から何もうかがっていません…」


アシュレイが自分を好きだと言う王女の言葉が、信じ切れないでいる。身分も違う。そして、これは絶対に口外出来ないが、


(わたしは暴行された)


そこに痛烈な負い目があった。そんな自分が彼にふさわしいとは思えない。


仮に好意を持ってもらえていたとしても、


(それだけのこと)


亡妻によく似た容姿が起因の感情で、それ以上の深い意味はない。


互いに大人だ。特にノアの場合、内面は彼より十歳以上も年上だった。実際の年齢なりの知恵もある。彼のためにこそ思う。


(踏み越えない方がいい恋もある)


恋が叶ったひと時の情熱は、必ず冷める。その冷めた後だ。


(あの人は絶対に後悔する)


自分は彼の亡妻と見た目の同じ器なのだと思う。その中身が空だとわかった時、彼はもう一度妻を亡くしてしまう。


彼女は王女をはっきりと見た。ひたむきなほどの瞳に向き合う。気強くいようと思うのに、つい目が逸れた。逃げる自分を感じた。


首を振り、


「とても信じられません。そんな訳ありませんもの。ジュリ様は何か勘違いをしていらっしゃいます」


と、微笑んで答えた。


「わたしが、言っているのよ」


「先生は何もおっしゃいませんもの。もしかしたら、軽い興味はあるのかも。それも、ちょっとした気まぐれでしょう」


彼女の頑なな態度に、王女はため息をついた。刻限もあるのだろう、立ち上がり辞去を告げた。侍女のキャロルを伴い、店を出る。ノアが見送る際、彼女の肩越しに王女はハークレイを視線で追っている。


「あの彼、なあに?」


ずっといた彼が不審なのだろう。ノアはハークレイの名と素性を話した。アシュレイの紹介で宝物の売買を手伝ってくれた人物だと。


彼を振り返った。ハークレイはタバコを取り出す手を止め、王女へ軽く振った。そんな振る舞いをされたことのない王女は、驚いた表情を見せた。


「失礼よ」という意味で、ノアは彼へ睨んで見せた。


「ねえ、ノア」


「はい」


「わたしのよく知るアシュレイは、身内以外に冷たいの。誰にでも親切をまかないわ。余計な誤解と面倒を避けるためよ。弟の立場を慮って、そこは徹底している」


彼女は返事をできなかった。愛らしい王女から花のような香りがした。


「あなたはそれを知るべきだわ」


お読み下さりまことにありがとうございます。

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