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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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36.ノアとオードリー


「ジュリ…」


ノアは告げられた名をつぶやいた。


(あれ)


記憶の中の符号がつながる。従兄弟。王太子。王女…。確か、アシュレイは王太子姉弟の母方の従兄弟に当たる高い身分の人間だったはず。


(王女様のお名前って、ジュリだったはず!)


衝撃に、彼女はカップを取り落としそうになった。慌ててテーブルに戻す。その驚きを見て、目の前のジュリ王女が、にこりと笑った。


「そうよ」


彼女の中で何もかもがつながった。キャロルとロゼリアの「ジョア」への配慮は、付き従う侍女のようだった。「ジョア」がジュリ王女であるなら、その態度は当然至極だ。


王族への拝謁など、ノアの身分では許されないだろう。それに正式な作法もわからない。とりあえず、椅子を立ち、深く膝を折ってお辞儀をした。


「それは男王族への辞儀よ。女へはスカートをつままないと」


「え」


ややノアが顔を上げると、ジュリ王女は自分のドレスのスカート部分を左右に広げるようにつまんで見せた。


「いいの。王宮で会う時にでもやって見せて。座ってちょうだい。話したいことがあって来たのだから」


許しを得て、ノアはおずおずと椅子に戻った。


胸が騒ぐ。頭の中はごちゃごちゃした思考で混乱していた。王女様がどうして自分の店に二度もやって来たのか。何か店への文句でもあったのだろうか。何か失礼があったのかも知れない。いや、それならば、わざわざまた来ることはないだろう。


ぐるぐると忙しい。


それに、


(アシュレイ先生の名前をおっしゃったわ。あれは、何の意味があるのかしら?)


ノアは内面の動揺はともかく、ちんと慎ましく控え、王女の言葉を待った。


「ここに来たことを話したら、アシュレイが、あなたのことを知っていると言っていたわ」


「…はい」


「お腹が空いた時、あなたによく食べさせてもらったって。おいしかったそうよ」


彼女に目を据え、王女は話す。相手に対して瞳を逸らすことがない。意志強く見つめ続ける。王族らしい真っ直ぐで威厳を感じさせる佇まいに、


(たわまない花のような)


と、まぶしく感じた。ノアも娘を育て、その友人ら若い娘は見慣れていたはずだ。しかし、こんな揺らがない瞳を相手に向ける者には会ったことがない。


(さすが王女様)


と、感心しきりだ。


「彼が結婚していたことがあるのは知っていて?」


「いいえ」


答えながら驚愕していた。彼の私的なところはほとんど知らない。以前、邸に泊まることがあり、それを垣間見たように思うが、


「君がいていい場所じゃない」。


ぴしゃりと気持ちの窓を閉ざされたように感じた。それに応じ、自分の窓も閉じようとした。


勘違いしないように。思い上がらないように。


「五年ほど前に亡くなったのだけれどね、オードリーという奥様は」


「…そうなのですか」


知らないことだらけだ。


(奥様を亡くされていたのね。それは、お辛かったはず)


自身の夫を亡くした過去に重ね、彼の不幸に胸が詰まった。憂いげな表情も、時折自嘲げなことを言うのも、その過去を理由とすれば納得がいく。


(よほど愛した奥様だったのね)


喪失の傷が癒えるのに、時間は何よりの薬だろう。しかし、その長さは人それぞれ。


(約五年が長いか、短いかは、本人にしかわからない)


ひっそりと長く彼女は吐息した。


「あなた、オードリーにそっくりなの」


「え」


王女の言葉の意味が取れなかった。


「何と?」


「オードリーにそっくりと言ったの。あんまり似ているから、生きていたのかと思ったくらい」


絶句した。あまり狼狽えることがない彼女も、この時は取り乱しそうになった。唇を手で押さえた。


彼女を見る際のアシュレイの不可解な様子。目が合うと逸らす不審な挙動。すべてが腑に落ちた。


(わたしを通して奥様を見ている)


なぜか、心が冷えた。彼からもらったあらゆる親切が、優しさが、それ故のものだったことがたまらなく切なかった。


(当然じゃない)


今もどこかで自惚れた自分がいたのかと、叱りつけたい気分になる。


「アシュレイはずっと陰気な様子で塞いでいたの。今もそう」


「はい」


「長過ぎるくらいそうしているわ。あれ、わたし、ちょっとポーズだと思うの」


「え?!」


「そうしておけば同情されて、再婚をせっつかれなくて済むからよ。面倒な社交だって、断るいい理由になるもの」


「はあ」


従姉妹の王女にかかれば、彼の深い喪失の痛みも、「ポーズ」と片付けられしまう。彼女はおかしくて、けれど笑うのも無礼だ。笑いを噛み殺すのに苦労した。


「寂しいのは本当でしょうけど。二人は幼なじみで、仲良かったから」


ここまでを聞き、疑問が浮かぶ。自分が彼の亡妻によく似ていることはわかった。それに王女も驚き、おそらくきっと彼も動揺したはずだ。


しかし、


(それをわたしに伝えて、何の意味があるの?)


王女と彼が、互いに驚きを分かち合えばいいだけの話に思えた。この時間は何なのだろう。


お読み下さりまことにありがとうございます。

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