33.『ブルー・ティールーム』
ノアはその日の予約客の名簿を見ていた。名前と年齢、注意すべきことなどがメモされている。食べ物の好みからお目当ての異性までだ。マル秘事項なので、よく頭に叩き込んでから、鍵付きの棚にしまってしまう。
邸の西側を改装した『ブルー・ティールーム』には専属のメイドが三人いる。その三人の前で、彼女は立った。開店前の今日の予定を互いに確認し合う、ミーティングだ。
オフホワイトに紺をあしらったバイカラーのドレスを身にまとっている。同じデザインで色違いも新調し、制服のように交互に着ることにしていた。清潔感のある高く結った髪は飾りもなく、それが見た目より彼女を落ち着いて大人びて見せていた。
「男性が三名様が三組、女性も同数ご来店予定です。中に男性側四名様、女性側三名様がご新規でいらしゃいます。次のご予約につながるよう、楽しんでいただくことに努めましょう」
簡単な申し合わせを行った後で、じき開店だ。一時半から店を開け、すぐに予約した男性客が連れ立って来店して来る。
テーブルに案内し、軽めの昼食を出す。女性のいない今、少しだけ砕けた雰囲気もある。どの顔もやや興奮し、楽しげでもある。
三十分後の二時から女性の来店が始まった。ノアやメイドらが頭を下げ迎え入れ、席に案内する。男女同数ずつテーブルに着き、各々が自己紹介など会話が始まっていく。
それらを確認し、ノアはメイドに合図を出す。各テーブルにお茶が運ばれる。自由な歓談時間だが、まだどの席もぎこちない。
ゲームの時間が始まれば、会話も増え、緊張も次第に解けていく。男女共に笑顔が見られるようになった。
四時に会は終わった。男性が店を去る。新しく熱いお茶を出し、今度は女性にも茶菓子を出す。女だけの場で、全員がほっとした表情でカップを取り、口に運ぶ。
ノアは自ら積極的に話をせず、お客の反応を見るのが常だ。
数度目の参加で、親しくなった女性には微笑みかけた。頬が紅潮している様子を見ると、楽しかったのがわかる。
終わりの茶会では、お客からの次の予約をもらうことも多い。
「ねえ、ノア。あの巻き毛の彼…、二番テーブルの、あの方、わたしちょっと…」
ノアはサロンの中をよく見ている。素行の悪いお客などいないか、目を光らせている。今のところそういった面倒な人物はいないが、人と人だ。相性はある。
「リードさんね、次回のお席は離しましょうか?」
「ええ、助かるわ」
予約や客からの注文などを控えていると、ふと視線を感じた。顔を上げる。自分と似た年頃の女性が、彼女を見ていた。
深い銀の髪の柔和な顔立ちをしたその女性が、つかつかと彼女の方へやって来る。
(確か…、ジョアさんね。キャロルとお友達の)
頭の中の名簿を急いで繰った。初めてのお客で、育ちの良さがわかるおっとりとした振る舞いの女性だった。
前に立たれると、相手は背が高いのがわかる。ノアはやや見上げるように笑顔を向ける。
「どうされました?」
「…えっと…」
ジョアは背後の仲間を振り返った。すぐに側へキャロルとロゼリアの二人がやって来る。ジョアの両側から手を前にし、慎ましやかに控える風なのが、
(まるで侍女でも引き連れているみたい)
そんなように見えた。
「ご注文がおありでしたら、ぜひおっしゃって」
「じゃあ、言うわ。誰もしていないから、いいのかわからなかったの。今出されたお菓子、あれをお土産にしたいの。売ってちょうだい。たくさん」
ジョアの言葉に、他の女性からふふっと笑いがもれた。キャロルがそれに咳払いで抗議し、ロゼリアが周囲を睨みつけた。
提供する菓子や料理は販売はしていなかった。求められれば、お替わりは出す。多めに作り用意してあり、余ればジョシュの夜食にしていた。
風変わりなお客だが、
(食べ物が気に入ったのなら、次の予約にもつながるかも)
と応じた。
「たくさんって、どのくらいかしら?」
「両親と弟、爺、それに後で従兄が来るから。食べてもらいたいわ。おいしかったの」
そこで、キャロルがジョアに耳打ちした。
「ああ、クラリスの分ね。彼女おいしいものに目がないから」
在庫処分のつもりで、箱に詰めた。包装したそれを、当たり前に両側の二人が持つ。代金もキャロルが払う。ジョアはそれに平然としている。
(三人は、どういう関係なのかしら?)
詮索はしないが、ちょっと気になった。友人同士にはもう見えない。他の客は、お茶をしながら終わった会の話で夢中だ。
風変わりなトリオも帰り、他の客も帰った。完全予約制のため、それで店じまいになる。メイドに清掃を頼み、彼女はエプロンを身につけ、明日の仕込みを軽く済ます。リキュールにナッツやドライフルーツを漬け込んだり、明日焼く菓子などの下準備だ。
客足も順調で、心が軽かった。
ジュリ王女は侍女二人に共をされ、王宮へ帰った。
お忍びで王宮を抜け出すなどごく稀で、大イベントだ。帰りの馬車に揺られながらでも、その興奮はまだ冷めない。キャロルとロゼリアも互いに口元を綻ばせている。次にも会いたい男性がいることは間違いないようだ。
(それにしても、驚いたわ)
二人には話せない別なショックがまだ尾を引いている。
(オードリーかと思った)
従兄弟のアシュレイの妻オードリーが亡くなったのは、五年も前になる。その頃自分は十五歳だった。しかし、記憶は鮮明なつもりだった。
アシュレイは親族で、昔から頻繁に会う。会い過ぎるほど会っていた。苦手な科目の勉強も教わり、時に叱られ注意をされ、彼が王女に許可しないことは、爺も許さず、両親も渋った。
まだ幼い王女が、ドレスを破りまたは汚して泣いて、彼におぶってもらったことも幾度もあった。従兄弟というより、
(兄みたい)
な存在だ。そのアシュレイが、いまだに彼女の婿候補に名が連なっているのだから、
(信じられない)
と彼女は憤慨している。大好きな優しい従兄弟であるが、彼女の憧れる男性像からは外れている。
(お堅いし、妻となっても「姫」と呼ばれ続けそう。ぞっとしないわ)
アシュレイにとっても自分がそうであろうとは、確認しなくとも王女はわかる。実際、彼は教授になった年に、幼なじみの令嬢とあっさり結婚してしまった。
オードリーといったその妻は、小柄な非常に可憐な人で、アシュレイの腕に隠れるようにしていた。
(ハチドリみたいな人)
との印象はとても強い。おとなしく穏やかで控えめ。言い方は悪いが、王女にとって、
(いるのかいないのかわからない)
そんな影の薄い女性だった。逆にそれが記憶に深く残ったとも言えた。
そのオードリーが不意の病で亡くなり、可哀想なほどアシュレイは憔悴していた。心配した両親が呼んでも、王宮にも顔を出さない。王都にいるのも厭い、遠方の領地に引っ込んでしまった。
やっと帰ってきたと思ったが、陰気な影を纏い、淡々と日を送っているのが知れた。この時、さすがの王女も、彼を思い、
(わたし、結婚してあげなくちゃ)
と悲壮な覚悟を決めたのを覚えている。
そこから五年ほど過ぎた。今では、彼の前妻のことなど誰も噂すらしない。元々が影の薄かった存在だ。社交界の誰もが忘れていた。
(そのオードリーが今日現れた)
侍女と共に訪れた『ブルー・ティールーム』のノアだ。すぐによく似た女性だと気づく。王女の知るオードリーは夫が側にいなければ、邸の外には出ない。何より、オードリーは間違いなくすでに亡くなっている。
(でも、一瞬ぎょっとするほど驚いたわ)
少しだけノアと話した。はきはきと明瞭な話ぶりで、一言ごとに夫の顔を見上げていたオードリーとはまったく違う。自分のすべきことをきちんとわかっている。雰囲気にも、そんな意志を感じた。
自分と同じほどの年なのに、見た目よりずっと大人びた人だとも思う。あんな店を一人で切り盛りしているのだから、頭もいいはずだ。
「いかがでございました?」
侍女の問いに、王女は礼を言った。無理を言った自覚はある。
「楽しかったわ」
けれど、そこで会った男性の顔はもうおぼろだった。惹かれるほどの出会いはなかった。ただ強く興味を持ったのは、店のオーナーのノアに対してだ。彼女には、また会いたいと思った。
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