29.ハークレイ
一月の後だ。
ふらりとハークレイが訪ねて来た。
「何もないのですが、どうなさっているかと」
気さくで頼りになる人だ。見た目もいいが、気持ちのいい人柄だった。久しぶりに会えて、ノアは嬉しくなった。
西側の広間だ。工事の手を入れてゆったりとした空間に様変わりしていた。淡いブルーと白を基調にしたインテリアは優雅であり清々しい印象だ。
「美しくて見違えました。荒屋が…、いや、失礼」
辺りを見回すハークレイも驚いている。
「いいの、気にしないで。本当のことだもの」
彼女はベルを鳴らしてメイドを呼んだ。程なくして現れたメイドは、身ぎれいな衣装に身を包んでいる。これも彼女が新しく新調して配布したものだった。
お茶の用意を頼んだ。ハークレイに椅子を勧めた。
「ここをどうなさるのです?」
「ティールームにしようかと」
「邸街でティールームを? そう…」
ハークレイの表情がやや曇った。それを見て、ノアは微笑んだ。彼の考えがよくわかるからだ。邸街でティールームを開くのであれば、客はその辺りの住人になる。優雅な邸でのんびりお茶が飲める人々が、敢えてよその邸に金を払ってまで足を運ぶか。
(わたしだったら、行かないわ)
メイドがお茶を運んで来た。焼きたてのパイもある。彼女はお茶を入れてそれらを彼へ勧めた。
「新作のパイよ。召し上がって」
旨そうにハークレイは食べた。
「いや、実に旨い。これは売り物になりますね」
「軽食の他にも、実はここには売り物があるの」
「何です?」
「あのね…」
彼女は軽く咳払いしてから続けた。
「出会いを提供しようと思っているの」
「出会い? まさか、男女のそれですか?」
ハークレイの目が訝しげに細まった。
「そう。男性と女性の出会いを助けるサロンを作るつもり」
彼女はティールームの仕組みを説明した。男性女性どちらも、それぞれが複数で来店してもらう。
「その方が安心して入って来られるのじゃないかと思って」
「それで?」
席に案内し、男女同じ数のグループを作る。そのグループごとに他のグループとゲームで競ったり、レクリエーションを行う。ゲームの他には、男女で楽しめる簡単な共同作業を考えていた。
(クッキーの型を抜いて焼いたり、一緒に絵に色を塗ってもらうのもいいかも)
「勝った方には、店から女性にブーケのプレゼントがあるの」
「ほお」
「社交界の催しとは違った、気軽で身近な出会いの場にしたいの。ここで顔見知りになってもらったら、本当の社交の場で会っても、お互いに話がし易いでしょう?」
ハークレイは背もたれにやや身をのけぞらせた。あきれたようで、返事に困っている。
「変かしら? ねえ、ぜひ意見をちょうだい」
「斬新ですね。驚いた。正直、邸街でありきたりのティールームなど開いても、お客はさっぱりでしょう。反対したいつもりでいました。しかし、その案ならいけますよ。きっと若者に受ける」
「そう?」
彼女は頬に手を当てる。世知に慣れた彼からの太鼓判はありがたい。嬉しくて、もう結果が出たようにほっとした。
「ただ、来客は紹介制にした方が安全でしょう。それと、「出会い」を全面に押し出さない方が無難だ。あくまであなたは、楽しいお茶の場を提供しているだけだ、という体にしておくこと」
「でも、それじゃあ伝わらないのではない?」
「結果が評判を呼びますよ。「出会い」を謳って、そうならなかった場合、必ず文句を言う者が出て来る。厄介の芽はまかない方がいい」
「なるほど、そうね」
ハークレイからの助言はもっともだ。受けなくていい被害は、最初から避けておくべきだ。貴重なそれらを心に刻んだ。
店の名前で悩んだ。ジョシュにも相談したが、
「『相席茶屋』でいいんじゃない。だって、相席に座るんだろ?」
と、機知も何もない意見で参考にならない。
(女性受けのいいものでないと。安心感があって、親しみやすくて…)
あれこれ迷って、考え抜いた末だ。
ごく当たり前の、
『ブルー・ティールーム』
に落ち着いた。
(ジョシュの『相席茶屋』と同じで、そのままの名前だけど)
邸に帰ったアシュレイは、夕食の席に着いた。
給仕の従僕が、彼の前に皿を置いた。燭台の蝋燭の火が鮮やかにそれを照らす。ひどく空腹だった。
よくあるように、二度寝で寝坊し急いで大学に向かった。朝食を抜いて講義を続けて務めたが、この程度は大したことはない。
昼を抜き、午後遅くには気分が悪くなっていた。それでも所要を済ませ、帰宅したのは日が落ちてからだ。やっと食卓に着いたが、食事を前にし、今度は食べる気が失せてしまう。
主菜を半分残しかけた時、食堂にセレストが姿を見せた。黒ずくめのロングドレスで背筋をすっと立てて、部屋の隅にかしこまっている。
食べることをおざなりにしがちな主人を見張るために、そうして圧をかけている。数年前も、彼が何も食べなくなり、ひどく衰弱したことがあってから、時折そうする。
彼を育てたと言って過言でない家政婦の姿を目にし、アシュレイは一旦置いたフォークをまた取った。
食事の後で、書斎に向かう。そこには手紙の束が彼を待っていた。指でいじるようにそれらに触れ、中から友人のキアヌから届いた絵葉書をつまみ上げた。
結婚後、すぐに妻を連れ旅に出たその消息が書かれていた。海岸線を描いた風景が美しい。一読し、また手紙に束に戻した。返事は書かない。それが届く頃には、キアヌたちは別な場所に移ってしまっているだろうから。
長椅子に横になり目をつむると、来客が知らされた。
「ハークレイさんです。こちらにお通ししましょうか?」
「ああ、頼むよ」
起き上がり、タバコをくわえた。火をつける頃に、書斎に客が入ってきた。引き締まった身体の男で、邸の抱える探偵だ。調査はもちろん種々の厄介ごとの処理も巧い。ハークレイ父子とは、先代からの縁だった。
椅子を勧める。すぐにお茶が運ばれた。
挨拶の後で、ハークレイが、ポケットから包みを取り出した。彼へ差し出す。
受け取り、開けてみると小さなパイだ。
「閣下へお土産です。どうぞ。旨いですよ」
「大学の食べ物は汚い」と絶対に口にしないくせに、探偵の差し出した素性のわからないパイは、何となく気が向いた。ぱくりと口に放り込む。
中にクリームが詰められていた。それがパイ生地と相まって、とても旨い。目をぱちぱちとさせる。
そんな彼へ探偵が微笑み、
「閣下のお気に入りの方のお手製ですよ」
と言う。
「そういう言い方は止さないか。事実と異なる」
「おやおや、そうですか」
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