28.ノアの決断
家宝の売買には決まったルールがあるらしい。買取る側も貴族でなければならない。売買取引が終われば、それは届出の義務もあるという。
ノアの知らないことだらけだ。ハークレイは買ってくれる相手から見つけなくてはならず、その後の値段の交渉も簡単ではないだろう。
(時間がかかりそうね)
と、すぐの収入をあきらめていた。その間も、何か働かないといけない。メイドに教わって内職を紹介してもらった。既成ドレスのレース付けの仕事だ。どっさり問屋からそれらが届いたのとほぼ同時頃に、ハークレイからも連絡があった。
思いがけず早くに銀の鳥が売れそうだという。交渉は代理人である彼に一任してあったが、改めて彼女側の承認を求めてのものだった。
「お任せしたから、いいのに」
「それはいけない。大事なお品の取引に確認は重要です。わたしが先方へ、変更した二割三割高い値を言い、その分を抜いてあなたにお渡しすることだってあり得る。最終的に値切られてやむを得ず、などとごまかせば済むのです」
高額品の売買に不案内だが、本来の彼女なら念には念を入れたはずだ。今回それを失念していたのは、ハークレイがアシュレイに紹介された人物だからだった。彼への信頼が、そのままハークレイへの信頼になっていた。
「そうね」
改めてハークレイが示す金額を目にした。それはジョシュと相談して決めた金額そのままだった。
値引き交渉を考慮して、前もって随分と高値をつけてあった。領地の担保を抜くための借金の額に新規商売用資金を足した強気な金額だった。
(それが言い値で買ってもらえるの?!)
ハークレイですら、「市価より高めですね」と苦笑してい売値だった。先年売りに出た某子爵家の家宝より高いと、苦言をもらったものだ。
彼女は破顔して何度も頷いた。
「お願いするわ」
家宝が希望金額で売れた報告をしても、ジョシュは相変わらずだ。
「へえ」
「アシュレイ先生の紹介して下さったハークレイが、みんなうまくやってくれたの。ねえ、ジョシュから先生にお礼を申し上げてくれない?」
「え。何で?」
その返しには拍子抜けした。彼女は彼の腕を叩き、
「お世話になったお礼を言うのは当然でしょう」
と、言った。
「うん、それはわかるよ。でも何で僕なのさ。ノアの方が先生と仲がいいだろう? 僕にはあの人、ちょっと厳しいんだよな。学生の時一回、落第ももらってるし、それが原因かな」
彼女はジョシュの問いには答えずに、
「あら、ジョシュは先生の教え子だったの?」
と、尋ねた。
「専門前にね、教わったよ。あの先生は学位取得してすぐに、もう教授代理をしていたんだ。そんな秀才だから、凡人の悩みがわからないんだ。僕なんか一回こっきりだよ、不可は。同期には、九回も落第くらってたやつもいるのに」
「九回? それって大学的にはどうなの?」
「駄目だよ。普通は不可は三回で除籍になるよ。でも、ニールは親が金持ちだからさ。クビにならないらしいね」
いきなり飛び出したニールの名に、彼女は驚いた。
(そうか。ジョシュと同じ歳になるのね)
「ふうん」
「あいつ、大怪我したらしい。学生が言っていたよ。王太子様の狩りで銃が暴発したとか」
「そうなの?」
「現場近くにいた者がいるよ。血が飛び散ってひどかったようだよ」
ノアはジョシュの言葉に眉をひそめた。凄惨な事故の状況が想像出来て、肌が泡立ちそうだ。特に、知人であればなおのこと。
(結婚パーティーで先生とジークが話していたのは、きっとそのことね)
「王太子様のお供でアシュレイ先生もその狩り場にいて、事故があったから、急いで王宮へお連れしたのだって」
「そう」
ニールの遭った悲劇に心が震えたが、ジョシュがついでのように伝えたアシュレイの噂もまた、彼女の心を乱した。
前々から知っていたし、感じてもいた。
(わたしとは全然違った身分の人)
それがしっくりと納得できた。
「帰ってくれないか」。
「君がいていい場所じゃない」。
彼から投げられた言葉に傷ついたが、至極真っ当なものだったと今では思う。彼女は首を振り、思いのもやを払おうとした。
「お願いね、アシュレイ先生にお礼を言っておいて。当主なんだから、当然でしょ」
ジョシュに頼むと、彼女は内職の山に逃げた。手仕事で忙しくしているのは楽だったから。
家宝の売買が済んだ。相手側から支払われた現金は、今ノアの足元のカバンに詰められてある。
約束の時間にやや早く、待っていた人物が現れた。先代のブルー男爵が領地を抵当に入れ、借金をした相手だ。返済したい旨を連絡すると、その代理人がこの日やって来ていた。
この場には、彼女の他にハークレイがいた。
「乗りかかった船だから、ついでにつき合いますよ。証文などに不備がないか確認しないと」
と言い、わざわざ時間を作って同席してくれた。大金のやり取りで騙されなどしたら、目も当てられない。ジョシュはまったく当てにならないし、大助かりだった。
彼はグレイ家専属の探偵をしているのだと教えてもらった。
「ご当主から指示があれば、お姉君の猫探しもやります。何でも屋ですよ」
無事借金の返済が終わり、領地が名実共にブルー男爵家の元に戻った。その収入は、商売をしていたノアの目にも十分な額だ。
(贅沢をしなければ、ジョシュとノアが暮らすには安心ね)
大仕事を終えた気分で、肩の荷が降りるのを感じた。いつかは知れないが、ノアの身体を本来の持ち主に返す時には、悩まなくていいような状況を作っておいてあげたい。
(もう二度と自ら死を選ばなくて済むように。本当のノアに似合いの夢が見られるほどに)
彼女は本当のノアを知らないが、唯一無二の友人のような気持ちがしていた。
お金の心配が減り、彼女はこれからのことを考える。手元に残った資金で、何が出来るか。内職の山を片付けながら、あれこれと悩む。もちろん、楽しい悩みだ。
ハークレイに告げたように、食べ物関係の商売を始めようと思った。しかし、どこか別の場所へ通うのは、帰りの不安もある。
(遅くなったら、女の一人歩きは危険だわ)
紳士的な誰かの親切はもう降ってはくれない。
そうなると、この邸で出来ることだ。邸は東側が古びて朽ちかけ、閉じてある。彼女たちは母屋と西側を使って生活していた。
(たとえば)
西側の庭に面した広間を使って、何か出来ないかと考えた。費用を充てれば、きっと美しい部屋になるはずだ。庭も手入れをして整えれば、見苦しくない。お茶や食事を提供する空間にふさわしい。
けれど、ただお茶や食事を出すだけでは新味がない。おいしいのは当たり前。すごくおいしいか、または珍しいか。品に付加価値がないとすぐにお客に飽きられてしまうだろう。商売として続かない。
(どこにでもあるものではいけないわ)
ノアは手を動かしながら、頭を働かせ続けた。難しいことは出来ない。けれど、ちょっと目を引くもの、こと。
そうしていると、思考の合間に様々な記憶が彼女を通り過ぎて行く。
(一度だけ行った大学の舞踏会、ジョシュに頼まれて、面倒だと思ったけど、今思えば楽しかった。若い学生さんにダンスを請われて、囲まれたりしたっけ)
その会の後、夜道を歩く彼女を見つけたアシュレイが、馬車に乗せてくれることになった。
(何もかも、あれが始まりだった。全然喋ってくれない先生を岩みたいに感じたわ)
懐かしく振り返るうち、ふと思いつくことがあった。
(面白い。いいかもしれない。他にはないかも)
浮かんだアイディアを、ああでもないこうでもないと、考えながら転がしていく。
その午後、たっぷりと時間をかけて、彼女は商売の案を生み出した。
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