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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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24.二人


夜も更けて、招待客も少なくなった。


それでもまだ親しい人々は店に残り、テーブルを囲んでいる。ノアもその一人だ。


彼女はキアヌの花嫁のエミリーと話をしていた。エミリーが少女時代、ノアのよく知る地方で住んでいたという。


「古城があって、その近くに父が別邸を持っていたの。母の静養を兼ねてしばらく住んだわ」


「オーブリーの城ね、わかるわ。素敵な土地よね」


懐かしくて相槌を打つと、キアヌが彼女へ尋ねる。


「ノアは王都を出たことがあるのかい?」


「え」


自分の出身地をよく知る人物と出会い、楽しくて余計なことを話してしまった。ノアは零落した男爵家の令嬢だ。社交も断つほどの困窮した身の上である。


(避暑地にもなる風光明媚な土地に行ったなんて、辻褄が合わないわ)


慌てて、首を振る。


「ううん。乳母がよく話していたの、そこの出身だったから。まるで自分のことみたいに思えちゃったの、おかしいわね」


と上手くごまかした。


「一度いらして、いい所だから。ご招待するわ」


「ありがとう」


上手く切り抜けられた、とほっとした。


新郎新婦は今期末の長期休暇を使い、旅行に出かけるのだという。睦まじく幸せそうな二人を見て、彼女は娘のピッパの結婚式を思い出してしまう。


(ちょうどこんな風に初々しくて、満ち足りた笑顔をしていたっけ)


自分がいなくても、きっと上手くやっているに違いない。そんな信頼はあるが、ひっそりと寂しかった。


遅い時間になり、散会になった。彼女は当たり前にジョシュの姿を探した。少し前まで一緒にいて、食べたり飲んだり幸せそうにしていた。


「ジョシュを見なかった?」


飲み過ぎたのか、ややふらついた足元のジークに問う。


「誰か呼びに来て出て行ったぞ。学生と混じって、実験でもしているんだろ」


「え?!」


(勝手なんだから。一緒に帰るからって、言ってあったのに)


彼女はキアヌとエミリーに改めてお祝いを言うと、店を出た。急ぎ足でジョシュの研究室のある方へ向かう。


その時だ。背後に硬い靴音が早足で追いかけて来る。わき上がる恐怖を感じて、ノアは走り出した。条件反射だった。ドレスの裾をつかみ、すねがのぞくのも構わず足音から逃げようとした。


(どこか灯りのあるところまで!)


ジョシュの研究室のある棟を目指していたはずが、恐ろしさに混乱して今どこにいるのかわからなくなった。


かつての彼女ならともかく、ノアの身体は華奢で繊細だ。疾走に向いていない。ほどなく脚がもつれ、転びそうになった。


「あ」


そんな声がもれた時、後ろから腕をつかまれた。転びかけた彼女の身体に誰かが腕を回す。強く引かれ、地面に倒れ込むことを免れた。


「僕だ。ノア、アシュレイだ」


「え?!」


「送ろうと思って、追いかけて来た」


「だったら、そう言って!」


怖かったのだ。


腕が解かれ、彼女は乱れた裾を直した。


「申し訳ない。だが、君が逃げるから、追うしかないじゃないか」


「名乗って下さい」


「名乗る隙もなかった。大声は張れない」


(張ればいいじゃない)


と思ったが、親切でわざわざ追いかけてきてくれたのだ。気を悪くさせるような言葉は慎んだ。


「ありがとう。でもジョシュのところに行って、一緒に帰ります」


「彼は泊まり込むよ。そう言っていた」


「まあ」


ジョシュはアシュレイに妹を送ることを任せて、自分はさっさと切り上げたようだ。


(ご馳走をたらふく食べて)


相変わらずのジョシュのマイペースに、あきれより脱力する。


「先生、ごめんなさい。ジョシュが迷惑を…」


「いや、いいんだ。僕から申し出たことだ。君を送るのは慣れている」


「はあ」


いつになく、彼は彼女へ手を差し出した。女性をエスコートする紳士の仕草だ。昔、亡夫がそうしてくれた以来で、彼女は戸惑った。


「どうぞ」


声で促され、おずおずと手を取った。腕を貸してもらう。


どこを走ってきたのか、『子鹿亭』の灯りが見当違いの場所に見えた。しばらく黙ったままで歩く。


「君は、オーブリーの城を見てみたい?」


「え」


「エミリーがあの土地のことを話すのを、熱心に聞いていたから」


「…そうだったかしら?」


会の最後には、十人ほどに参加者も減っていた。テーブルを囲み集っていたのだから、彼女の表情に気づいてもおかしくない。


(おかしくはないけど)


彼女は左手で頬を抑えた。


「旅を経験しない令嬢は多い。気に病むほどのことではない。彼女だって、母上の静養のための転地だ。遊山ではないよ」


「…そうですね」


応じながら、


(貧乏で旅を知らないノアを気遣ってくれているのね)


とわかった。


彼の優しさは、少しだけ遅れて彼女に届く。


「いつか、お金も時間も出来たら、きっと行ってみたいわ」


そう答えた後で、彼女は彼へある問いを口にした。それはブルー男爵家の家宝の銀の鳥売却に関してのことだ。ジョシュの承諾をもらい、売るとは決めたが、どうすれば正しいのか、その知識がない。


(騙されたくはないし)


アシュレイなら、誠実な人柄はわかるし、更に侯爵位を持つ人物だ。そういったことも詳しそうだった。


「本当に決めたの?」


「ええ。ジョシュも賛同してくれたの。手順があるのなら、教えて下さらないかしら?」


「男爵家なら、鳥かな…」


アシュレイのつぶやきによれば、爵位によって家宝の種類が絞られるようだ。さすがに詳しいと、彼女は彼を見上げた。


「ハークレイという男をやるから、その者に任せて大丈夫だよ」


「ああ、ありがとうございます。助かったわ。ジョシュなんて、大学の掲示板で張り紙を出せばいいなんて、おかしなことしか言わないのだもの」


「それも手だよ。ここは貴族の子弟が多いから、彼らの目に留まることもある。ただ、買い叩かれる不安もあるだろうがね」


「だめ。絶対高く買って欲しいわ」


彼は薄く笑った。


(お金にがめつい下品な女だと思われたかしら)


少し無言が続いた。


アシュレイとジークが話していた「ニール」の怪我の件が、ふと思い出された。それほど興味があったのではないが、彼との共通の話題はそれほどないから。


「あの…、先生、ニールさんに紹介状は書いたの?」


「え」


「前に、言っていたでしょう。どうなったのかと思って」


見えないが、彼女の額あたりに視線を感じた。


二人の間の空気が少し硬くなった気がした。


(聞かなきゃよかったかしら?)


こほん、と彼は軽く咳をした。


「いや。書かなくてよくなった」


「そう」


「気が重かったから、肩の荷が降りた」


「どうして?」


「何を書いても嘘だから。署名する以上、向こうの教授に恨まれたくないよ」


アシュレイの言葉を聞き、確信した。やはり彼らの話していた「ニール」は、彼女を騙そうとしたあのニールに違いない。


お読み下さりまことにありがとうございます。

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