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目覚めたら貧乏な男爵令嬢でした〜他人の世界の歩き方〜  作者: 帆々


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22.銀の鳥


『子鹿亭』を辞め、ノアがまずやったことは家族会議だ。


と言っても、ジョシュを呼びつけ話し合うだけだが。


のそのそやって来たジョシュが、彼女の前に座る。


「何だよ、改まって」


「知っているでしょ、わたしが無職になったこと。それで、これからどうしようか、ジョシュと相談したいの」


「ふうん、どうしよう」


気の抜けたような返事に、予想はしていたが、彼女は苦笑する。取り立て、ジョシュには意見はないようだった。


現状維持のままでは暮らしが変わらない。ずっと借金返済の目処の立たず、貧しい生活が続く。借金さえ返せれば、担保に取られている領地収入も入るし、随分楽になる。


そのためには、


(ブルー男爵家で売れるものが何かないかしら?)


もちろん、ジョシュの同意の下での話だ。


「この家で売れるものが何かない? ジョシュが賛成してくれるのなら、それを売って借金の返済に充てたいの」


「売れるもの? そんなものあったかな?」


ジョシュはきょとんとした顔で彼女を見返した。


(あったら、とっくに売っているわよね)


半ばあきらめ気分だ。


何もないのなら、今資材置き場に貸している庭の土地を売ると言う手もある。


「ねえ、じゃあ…」


「でもあれはいいのかな、家宝だし一応」


彼女の言葉にジョシュの声が重なった。「家宝」と聞こえ、驚いて聞き返す。


「何? それ、教えて」


「え。ノアも知っているだろ? 紅玉のことだよ」


「え、ああ、ごめんなさい。ど忘れしちゃったの」


ジョシュにが言うには、紅玉とは宝石を埋め込んだ銀細工の置物らしい。代々伝わる男爵家の家宝だという。


「どこにあるの?」


「ええっと、確か、夫人部屋のどこかだと…」


などと適当なことを言うから、ノアはあきれる。売る売らないは別として、家宝のありかは把握しておくべきだ。ジョシュを引っ張って、彼女は居間を出た。


彼の記憶を頼りに、部屋を物色した。それは、ノアの亡くなった母の部屋の長持の中にあった。革の硬いケースにしまわれたそれは、鳥の置物だった。大きさは両手に載るほどだが、純銀製らしく、ずっしりと重い。


「ともかく、居間に持って行きましょう。よく見たいの」


ジョシュに運んでもらい、居間に戻った。


テーブルに載せた銀の鳥はくちばしに小枝を挟んでいる。それは金色で、おそらく金だろう。そしてぱちりとした両目には赤い粒の大きな宝石が埋め込まれている。これが紅玉のようだ。それだけではなく、羽の部分にも宝石が散りばめられていた。


眺めながら、ノアはごくりと息を飲む。


(これは高価だわ。さすが、腐っても男爵家)


邸が朽ちかけ、令嬢のノアは社交界も知らない。そんな困窮した中も、売ることはしなかった家宝だ。華麗な銀の鳥を前にして、彼女はこれを売っていいかとは、易々とジョシュに問えなかった。


「大切なものだから、あんな場所に置いておくのではなく、金庫にしまいましょう。確か書斎にあったわよね」


「売らないの?」


「売っていいの?」


「そのために出してきたんだろう?」


おかしなことを聞くな、と言わんばかりだ。ジョシュはにこっと笑う。


「確かにノアの言うように、これを売って借金を返した方がいいんだろうな。僕らにはこんなの持っていても、宝の持ち腐れだし。欲しい人、いるかな?」


「本当にいいの?」


「いいよ。要らないよ、こんな鳥。古生物じゃないし、興味がない」


「あ、そう…」


彼女は拍子抜けしたが、ジョシュの言葉に力を得た。


(売って、ブルー男爵家の生活の基盤を整えておけば、本物のノアが帰った時も、助かるだろうし)


売るにしても、ちゃんとした仲買を間に挟んで…、と現実的なことを考え出した時、ジョシュが妙なことを口にした。


「僕も反省してる。生活の面倒を全部ノアに任せっきりで。兄貴として、少しだけ頼りなかった」


少しだけ、と言ったところがおかしくて、ノアは頬が緩んだ。兄妹と言っても、実のそれではないし、彼女の真の年齢はジョシュよりずっと上だ。


(結婚の早い人なら、このくらいの息子がいてもおかしくないもの)


だから、自然にそのように扱っていたかもしれない。しかも、ジョシュはずれたところも多い可愛げのある青年だ。一際世話のしがいもあった。


「そんなことないわ。ジョシュは大学で忙しいし、いいの。邸や生活のことは、任せてくれて」


「でも、グレイ先生にも注意を受けたんだ」


意外な名前が飛び出して、彼女は驚いた。


(あの先生がどうして?)


ジョシュは銀の鳥を頭に載せて遊びながら言う。


「僕がしっかりするべきだって。ノアに負担がかかり過ぎているのじゃないかって、怒っているみたいだった。妹令嬢を慈しむのは兄の僕の役目だって」


「え」


「当主として相応しい人物でないと、空席が出ても僕を教授に推せないって。それって、理事会で推薦してくれるってことかな?」


彼女は返事をせずに、ジョシュの腕を軽く叩いて、頭から銀の鳥を下ろさせた。家宝を落とされては堪らない。


アシュレイのジョシュへの叱責と言っていい言葉は、自分を気にかけてのものだ。


(きっとそう)


それがわからるから、しみじみと胸が温かくなる。


以前、責任感があり優しい彼の妹は幸せだ、という意味のことを本人に告げたことがあった。「妹はいない」とそっけなく返され、肩透かしな気分だった。時を置いて今、彼女は思う。


(何も妹さんでなくても、彼の身近にいる女性は幸せだわ)


食卓を囲んだり祝祭に集うような彼の親しい女性たちは、当たり前にその紳士的な優しさに触れていられる。


彼女にそういった振る舞いで接してくれたのは彼だけだった。『子鹿亭』で知り合ったジークもキアヌもその他の男性も親切だった。けれども、それらは友人の延長のような優しさだ。


でも、


(あの人だけはわたしを女性として、令嬢として接してくれていた。まるで重い身分の相手のように)


だから心の中で際立つし、忘れ難い。思い返しても嬉しくてときめく。


さらに、頼りないジョシュへ敢えて苦言を述べておくなど、思いやりが深い。


(特別な女性へなら、まだどれほど優しいのかしら?)


会うこともないアシュレイの恋人は、極めて恵まれた女性だと思った。


(何もかも持った、特別な人ね)


ちょっとため息をつき、彼女はジョシュに銀の鳥を金庫にしまっておいてほしいと頼んだ。


お読み下さりまことにありがとうございます。

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