16.狩り場にて
美しく晴れた日だった。
王太子臨席の狩り場には選ばれた人々が集った。普段は社交場に顔を出すことは稀なアシュレイも、この日はリアム王太子の側に控えている。
直射日光を遮る天幕の下で、十五歳の王太子は乾いた咳を繰り返した。アシュレイが様子をうかがうと、透き通るような顔色の王太子は軽く手で応じた。大丈夫、という印だった。
狩り場への臨席は、病弱気味な王太子の外気浴を兼ねていた。五つ年上の姉のジュリ王女も参加し、弟を見守っている。
彼らとアシュレイは母方のいとこになる。過去には家庭教師も務め、つき合いは密だった。
「少し歩きたい」
そう言う王太子に従い、アシュレイも供をする。銃を持ち広場に散開した人々を眺めながら歩く。
離れた位置で、誰か男と話すジュリ王女の姿が見えた。
(誰だ?)
と、癖でアシュレイは警戒の目を向けたが、不審者が紛れ込める場ではないことを思い出し、視線を逸らした。
王太子もそれを目にしたようで、
「ジュリの見合いの場なんだよね、今日のは」
と呟いた。銀の髪が風に揺れた。
その側面もあるのは彼も知っていた。王女はすでに結婚適齢期を迎えている。一人娘であり、他国に嫁ぐことは父王が認めない。
出会いの場として王女の婿候補にめぼしい紳士が選ばれ、ここに集っている。
「興味ないなんて言っていたのに、ドレス選びに時間をかけたせいで、出発をずいぶん待たされた」
二人はアシュレイも含め、同じ馬車に乗り、ここに来た。王太子のぼやきに、アシュレイは少しだけ笑みを浮かべて応じた。
王女に目を戻せば、彼女を男たちが取り巻いている。気を引こうと、熱心に話している様子がうかがえる。何気なくそれを眺め、アシュレイは気づいた。王女の取り巻きの中に知った男がいた。
(ニールだ)
害虫を見るような気分になり、ひと時凝視した。
致命的な学力不足と素行の悪さで放校処分が決まった。次の入学先が内定するまではと、父親から懇願されてまだ席は残っていた。内実はともかく、身分として王立大学院の学生には違いない。
どういうつもりで王女の側にいるのか。条件が揃い王女の婿候補に仲間入りしているのが、アシュレイには信じ難く、そして腹立たしい。
合図によって狩りが開始した。追われた鳥を撃つ、銃の音が遠く響いた。手負った獲物を追い犬が走り回る。
どれほどか後で、天幕の王太子の前に狩りの収穫が披露された。これらは王宮で調理され、この日の晩餐に供される。狩りの出席者もそこに招待されることになっている。
「大学の休みには、必ず領地に行き狩りを行います。身体の鍛錬にもなるし、怠けるのが嫌で、勉学の傍らにはもっぱら狩りを行いますね。仲間からは、野暮なほど健全なやつと言われます」
お茶を飲む王女の前で、しれっとした顔でニールが語るのが離れて見えた。そのセリフは見栄を張るというレベルではなく、まったくの虚偽だ。自慢の狩りの腕も素人の域を出ず、稚拙だった。
(この会のために、予習して来たのが事実だろう)
王女はニールの話に鷹揚に頷いている。他の取り巻きは呆れた様子を見せているが、王女の前で、他人を貶すマナー違反は犯せない。
(それにしても)
と、アシュレイはニールの思考を奇怪に感じる。もし、王女がニールを好み、縁談の話が進んだとして、必ず王宮側からの精査が入る。絶対にニールの嘘はばれるのだ。言い逃れなどできない。
(そこはどう考えているのか?)
親の資金力と身分で怠惰に刹那的に生きてきた。
(何も考えてなどいないのかもしれない)
休憩を挟んで、再び人々が銃を手に散り出した。その隙に、ニールは王女の手を取り、その甲を額に押し当てる仕草を見せた。
「まあ、止して」
「あなたのお為に、大きな獲物を仕留めたら僕の気持ちを少しは知っていただけますか?」
見え透いた好意のアピールだが、照れながらも王女はまんざらでもないようだ。
参加者は個人所有の銃を持参している。ニールも皆から遅れて銃を取った。その時、彼はおやっと、銃を検めている。
その様子を見たアシュレイが声をかけた。
「どうかしたのか?」
「僕のものではないようです。誰かが持って行ってしまったのかな。迂闊なやつらだ」
「従者に伝えさせればいい。まだ皆はそこまで先に言っていないだろう」
「いや、いいですよ。急がないと。ジュリ王女がお待ちになっているのだから」
にやりとアシュレイに笑いかけた。
「もしかして、牽制ですか?」
「は?」
「王女のお相手にグレイ先生のお名前が上がっているのは承知しています。親族関係でお親しいのも有名です。でも、お若い王女の婿が再婚ではお気の毒ではないですか。妙な野心を持たれないことを忠告申し上げますよ。恥をかくことになりますからね」
「君は何を言っているんだ?」
その声を無視し、ニールは歩を進める。アシュレイはその背に、声をかけた。
「銃には癖がある。いいのか?」
「わからないかなあ、机上の学問とは違うんですよ。癖くらい読んでみせますよ」
そのまま、ニールの姿は林の中へ紛れ込んでいった。
王太子の側に戻ると、王女もやって来た。彼へ、
「何を話していたの?」
と、聞く。
「銃が自分の物でないと言っていたから、誰かやって、取り替えさせればいいと勧めたのです」
「ふうん。アシュレイ、彼、あなたの教え子だと言っていたわ」
「それは誤解です。教えたことなどない」
であるのに、他校への推薦状を書く役目を押し付けられているややこしい事情は控えた。
王女の銀に近い金髪は彼ともよく似ていた。王太子の髪色もそうだ。卵型のやや面長な優しい顔立ちをしている。
この七つ年下のいとこの姫との縁談話は、彼女がまだ幼い頃からあった。その後彼が結婚し、立ち消えた。しかし、五年前に彼が妻と死別してから、候補の一人としての彼の名が、また浮上してきた。
彼なら親族であり、安全である。それだけが理由で、名前が残り続けた。もちろん王女への愛情はあるが、妹のようないとこへのものに過ぎない。
「ねえ、ニールってどんな人? 活動的で素敵ね。優秀な人のようだし」
今日彼女を取り巻いた若者の中で、ニールが一番積極的なアピールをしていた。見栄えもいいから、興味を引かれているのがわかる。
彼は首を振った。硬い声ではっきりと告げた。
「絶対にお勧めしない」
王女の耳を汚すだけで、詳細は告げたくもなかった。
優しいいとこの普段にない態度に、ぴしゃりと彼女の興味は封じらた。彼が自分のために言うことなら決して誤りはない。それはこれまでの関係から彼女は肌で知っている。
そういうところこそが、二人の縁談話が消えない理由なのだと理解もしていた。しかし、そんな安全圏の父性的な彼へ恋愛など、
(生まれっこないじゃない)
と彼女は感じてもいたりする。
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