ヴィンの場合
最近レインとアトラスの様子がおかしい。
俺たちパーティーは三人でずっとやってきたが最近ギルドで紹介されたトアと組むことが増えてきた。
別にトアが嫌なわけではない、むしろ好ましいとさえ思っている………気になることと言えばレインとアトラスが妙にトアに好意的なことくらいだ。
普段丁寧な話し方のレインはそのまま穏やかな性格と思われがちだが、実は違う。
結構な毒舌だし、俺たちの顔で近寄ってくる女性には一番辛辣だ。
そのレインがトアには、その、あれだ………デロデロだ。
あんなレイン見たことがない、トアが少しでも絡まれようものならスッと近付き笑顔で相手を舌戦で撃退している。
気がつくとトアの隣にいるのである。
それからアトラス。
あいつが獣人なのは知っていたし、何度か獣化しているのも見ていた、そして人に獣化したところを見られたくないことももちろん知っていたのだが………。
アイツは何をしているんだ?
気がつくとアトラスが獣化し、トアにブラッシングされている。
イヤイヤされているのかと思えば、獣化したタヌキの姿でいそいそとブラシをくわえ、あざとい仕草でブラッシングをおねだりしているではないか。
あんなに見られるのを嫌がっていたのに今では隙あらば、トアのところへ獣化して出向いている。
最近ではトアがタヌキを飼い始めたと思われているとか………。
「なあ、トア。どうやって二人を手懐けたんだ? 」
俺は率直にトアに聞いてみた。
嫌味とかそう言うんじゃなくて、普通に気になったからだ。
「別に手懐けたわけではないんですが………タイミングの問題ですかね? 」
どのタイミングであの状態になるのかが知りたいんだが。
最初はトアの体型から俺たちの恋愛対象ではないと思ってスルーしていた女性陣が、最近トアに嫌がらせじみた行いをしていると聞いている。
見つければ俺たちの誰かが対処しているが、そうタイミング良く助けられるわけでもないし。
「俺たち目当ての女性に絡まれていると最近聞く。迷惑をかけてすまない」
「ヴィンさんが謝ることじゃないですよ。正直、女性陣の気持ちはわかります、なんでこんなデブが? って感じでしょう。本当にこんなイケメンに構われるなんて乙女ゲームみたい………」
「おい! 今、なんて言った?! 」
「へ? ああ、すみません。調子に乗ってイケメンに構われるとか言っちゃいました」
「違う! それじゃない! 乙女ゲームって」
「え? ああ、えっと、なんて説明したら良いのかな? 乙女ゲームと言うのはですね………」
「お前、転生者か?! 」
俺は勢い良くトアの肩を揺さぶった………つもりだったが、体格の良いトアはビクともしない。
「へ? 転生者って………え? もしかしてヴィンさんも? 」
その後俺たちは自分たちの前世のことについて話し合った。
トアが前世病弱で、頑丈でいっぱい食べられるようにと願い今の姿になったことも聞いた。
もちろん俺の話もした。
「そうでしたか………ヴィンさんは伝統のトラック転生されたんですね。そして何故か最後に手に持っていたのが修学旅行のお土産の木刀で、それで今世のジョブが剣士になったと………なんて言うか、スゴイですね? 」
そうだよ、何故か俺は、修学旅行に行くと木刀を買いたくなる男子学生特有の病気に侵され、木刀を手に帰宅しようとしたところをトラック転生に巻き込まれたのだ。
そしてジョブを得た時に思い出したんだそれを。
「やっぱり死ぬ間際に気にしていたことがジョブに影響されるんですね。為になります」
トアがウンウンと頷いている。
俺の木刀のことは忘れてくれて構わない。
「なあ、トア。お前、米ってこっちの世界で食ったか? 」
俺は前世を思い出してから米が恋しくてたまらない。
もう一度ほかほかお結びが食えたら、それをくれたやつに惚れてしまうかもしれない程に。
「お米ですか? ああ、そういえば食べてないですね」
やっぱりトアも米を食ってないか………。
「ん? 食べたいんですね、ヴィンさん」
「そりゃ、食えるなら食いたいさ」
「わかりました、ちょっと待ってて下さいね」
そう言うとトアは何かのスキルを発動したようだ。
「えっと、こうやって………ホイホイっと。アチっ、お塩、お塩っと。海苔もあるかな? ………よし!出来た。はい、ヴィンさん。お米が恋しいならやっぱり塩むすびですよね? 」
そう言ってトアが俺に渡してきたのは夢にまで見たあのおにぎりだった。
「と、トア、これって?! 」
「はい、私のスキルで作ったおにぎりですよ。さあ、どうぞ召し上がって下さい」
トアが笑顔で俺に勧めてくる。
俺はおにぎりを見て、ごくんと唾を飲んだ。
ああ、もう会えないと思っていたこのフォルム、米の良い匂いが俺の胸を満たす。
パクリ
ああ、美味い………。
なんて美味いんだ。
このシンプルでありながら米の良さを余すことなく出し切っている完璧な仕上がり。
俺は勢い良くおにぎりを頬張る。
美味い、美味すぎる。
その後もトアが俺の気がすむまでおにぎりを作ってくれた。
「ふう、お腹いっぱいだ。こんなに満たされたのはいつ振りだろう。本当にありがとう、トア」
「いえいえ、そんなに喜んでいただけるとこちらも嬉しくなりますよ」
トアがニッコリ微笑んでそう言ってくれた。
俺は念願のおにぎりを食べたことで気持ちが落ち着き、気になっていたことをトアに尋ねることにした。
「なあ、トア。ちょっと体型のことに触れてしまうんだが、その………気を悪くしないでくれな。お前、その体型でどこか身体の不調とかはないか? 」
女性の体型に触れるのは本当にマズイと思うのだが、どうしてもトアの身体に不調がないか気になってしまう。
頑丈なのは良いのだが、果たして健康体であるのかと。
「え? 身体の不調ですか? 至って健康体ですよ。………ああ、太っているから不調なところがあるかもって思ったんですね? んー、まあ、レインさんとアトラスさんも知っているからヴィンさんにも伝えておいた方が良いですかね。ちょっと待ってて下さいね、今スキル解除するんで」
そう言ってトアが何か呟くとトアが光った。
「お、おい、大丈夫か? 」
「大丈夫ですよ。スキル解除しただけなんで」
そう言ったトアは、知らない奴だった。
細っそりした、可愛らしい女の子。
でも、声はトアだ。
「私、スキルであの体型になっているので、本体はそんなに太ってないんですよ。至って健康体なのでご安心を!」
そう言って笑うトアは本当に可愛かった。
それに俺にもう二度と食えないと思っていたおにぎりをくれた。
現金なもので俺は、一気にトアが気になる存在ナンバーワンに浮上した。
「あのヴィンさん、なんでそんなに私の手をニギニギするんですか? 」
俺はスキルで体型がふくよかになっているトアのプニプニの手をニギニギしている。
この手でおにぎりを握っていてくれていると思うと愛しさが込み上げてくるってもんだ。
「ちょっと、ヴィン。いつの間にトアさんの手を握っているんですか? 」
『そうだぞ、トアは俺のブラッシングの時間だぞ』
レインとアトラスが何か言っているが知ったことか。
トアの手をニギニギしていると凄く落ち着く、たぶんマイナスイオンが出ているんだ。
俺はトアに呆れられるまでニギニギさせてもらった。