レインの場合
最近気になる人が出来ました。
その人はとても頑丈で、とても優しい人です。
彼女とはギルドの紹介で知り合いました。
その後も何回か一緒に依頼をこなしていますが、彼女はとても有能です。
ダンジョン内で温かいご飯を出してくれるし、結界も張れるようで夜も安全に過ごせます。
そして戦闘でも、紙装甲の私のフォローを良くしてくれます。
私の仲間のヴィンとアトラスも珍しく彼女を気に入っているようです。
彼女は今まで私達に近付いて来た女性とは違い、私達に過度に構おうとはしません。
むしろ、こちらからコミュニケーションを取らないとスッと消えてしまいそうです。
私達はそれなりにランクも上だし、見た目も女性に好まれるものだと知っていたつもりでした、ですが彼女にはそれらは無駄でした。
彼女自身が強いですし、一人でも気ままに生きて行けそうです。
一緒に過ごすうちに離れてしまうのは惜しいと思い始めました。
そんな時、私は自分の種族特有の事情で非常に困ってしまう事態に陥りました。
「レインさん! 大丈夫ですか? 」
彼女が心配そうに私を見てきます。
今日は珍しく私と彼女の二人で近くのダンジョンに来ていました。
何度も来たことがある場所ですし、危険なモンスターもいない、いたって安全なダンジョンなはずだったのですが………。
まさかいきなりダンジョンの天井が崩れてくるとは………。
彼女がとっさに一発でお陀仏クラスの岩を砕いてくれましたが、それでも紙装甲の私は血を流し過ぎました。
さて、どうするべきか。
「すみません、トアさん。ちょっと血を流し過ぎました………」
「れ、レインさん! ああ、どうしよう! と、とりあえず血を止めないと………」
慌てて私の傷口を押さえようとするトアさんの手を私はそっと握りました。
きっとトアさんなら………。
「トアさん………今からとても迷惑をかけるお願いをするのですが」
「迷惑なんて! 何ですか? レインさんが助かるなら何でもしますよ! 」
「ありがとうございます、トアさん。大変申し訳無いのですが………血を頂けませんか? 」
「血………ですか? はい! どうぞ! 」
「え? 」
あまりにも簡単に血をくれると言うので私は驚きの声を上げてしまいました。
普通、血を要求したら引くのでは?
「あの………トアさん。『血』ですよ? こんな時に言うのもどうかと思いますが、私は『吸血鬼』の一族出身なんです。世間一般では恐れられていると思うのですが………」
「え? でも、レインさんは怖くないですよ? それより血が必要なんですよね? さあ、飲んでください! 私、とっても健康なので結構吸ってもらっても大丈夫ですよ、きっと。早くその傷を何とかしないと。はい、これで吸いやすいですかね? 首からで良いですか? 」
彼女はびっくりするぐらい協力的でした。
血を吸われると知ってここまで積極的な人には今まで会ったことがないです。
「本当に良いのですか? 」
私の言葉にトアさんはニッコリ笑って首を差し出してきました。
私の方が覚悟が出来ていなかったのかもしれないです。
私はトアさんの首に唇を寄せる、するとトアさんからは何とも言えない優しい香りがしました。
私は覚悟を決めてトアさんの首筋に牙を立てました。
ああ、なんて美味しいのでしょう。
今までも何人も吸ってきましたが、どんな人よりもトアさんの血は私の身体に馴染みます。
………このままではトアさんが生き絶えるまで吸ってしまいそうな勢いです。
私は自分の、このまま吸い尽くしたいという強い欲求をなんとか抑え込もうと、無理矢理トアさんの身体を離しました。
「ん? レインさん、まだ傷が癒えていないですよ? 私ならまだ大丈夫ですから吸っちゃって下さい! 」
私が頑張って離したと言うのにこの人は………。
私は言われるがまま、その優しい匂いがする彼女へと牙を立てた。
彼女の血を飲み、傷がほぼ全快したその瞬間彼女の身体が突然光りました。
私は驚き彼女の首筋から唇を離しました。
光が収まった後、そこには………。
「ありゃ、スキルが解けちゃった。………あ、でも、レインさんは怪我治ったみたいですね! 」
そう言って微笑むのは、彼女とは違う細っそりとした可愛らしい少女でした。
「え? あ、あのトアさんは? 」
「へ? やだな〜、レインさんったら! 私がトアですよ〜。こっちが本体ってやつですかね? 私のスキルであの体型になっていたので。血を結構上げちゃったので解けたみたいですね。あ、でも、大丈夫ですよ。私はいたって健康ですからね」
私の目の前で優しく微笑む可愛らしい女性。
私の『トア』。
ああ、あの体格の良い時ですら好意を持っていたのに、血を惜しげも無く与え、そして自分のスキルが解けているのに微笑んでくれる優しさ。
そしてこの目の前にいるとても可愛らしい彼女。
私は彼女から離れられない、そう思いました。
「もう、レインさん! 私は大丈夫ですから! こんな体型ですよ、荷物なんてチョチョイのチョイですから」
「いえ、荷物持ちなどさせられません。大丈夫ですよ、私だってこのくらい」
私はあれ以来出来るだけトアさんの近くにいるようにしています。
彼女に変なモノを近付けるわけにはいきませんから。
「レインはどうしたんだ? 」
「分からん」
アトラスとヴィンが不思議そうに見ています。
今はそのような目で見ていますが、私は知っています。
二人もトアさんを気に入っていることを。
まだ自分の気持ちをわかっていないのか、受け入れられないのか知りませんが、私は譲るつもりはありませんよ。
早い者勝ちとは言いませんが、先に動いた方が有利ですよね。
「さあ、トアさん行きましょう」
私はトアさんの手をサッと握って歩き出した。
願わくば、トアさんが少しでも私に好意を持ってくれますように。