第九十三話 武器と戦術
「さぁついについにやって参りました! 記念すべき第百回の〈英雄学園捧剣練武大会〉! これより試合の実況はこのわたし、可憐に舞う戦場の華、ティリア・アリアローズがお送りさせていただきます!」
一般の観客も受け入れた午後の部は、戦いのことがよく分かっていない一般人に対する解説役として、専用の実況がつくらしい。
二十代ほどの冒険者っぽいお姉さんが、マイクにしか見えない魔道具を使って調子よくまくしたてる。
「さらにさらに! 第百回を記念して、特別ゲスト様にもお越しいただいております!」
水を向けられ、隣に座る仏頂面の男が、心底嫌そうに口を開いた。
「……チッ! グレン・レッドハウトだ」
「えっ? 剣聖様!? 今、舌打ちされませんでした!?」
いきなりの舌打ちに実況のお姉さんが目を丸くするが、剣聖は悪びれる様子もなく、
「正直ガキのチャンバラに興味はねえが、めんどくせえ奴に頼まれてな。仕方ねえから今回だけは解説役を務めてやるよ」
「ちょっとちょっと! 台本と違うんですけどぉ!」
開始早々の不協和音に騒然となるが、そこはプロ(?)の実況者。
すぐさま立て直し、
「き、気を取り直しまして! 第三回戦、すなわち準々決勝の第一試合ですが、なかなかの注目カードとなっております!」
パッと手を振ると、空にセイリアとフレデリックの情報が浮かび上がる。
トーナメント表を出すのに使っていた、空中に情報を表示する魔道具を、どうやらここでも活用していくらしい。
「まず、西コーナーからは英雄学園のエース、三年Aクラスよりフレデリック・ターナー選手! 学生の身分にしてすでに位階は百越え、圧巻の102! バランスの取れた将来有望な剣士で優勝候補筆頭とのことですが、剣聖様、どうでしょうか?」
「まとまっちゃいるようだが、普通に鍛えた最上級生ってだけで面白味はねえな」
「か、辛口ぃ!」
容赦ない寸評に、実況のお姉さんは思わず叫ぶが、剣聖は全く意に介した様子もない。
これはダメだと悟ったのか、すぐにティリアさんはもう一人の選手の紹介に移った。
「た、対して東コーナーからは期待の新星! 一年Aクラスからセイリア・レッドハウト選手! 一年生ながら、位階はすでに84! 名字でお分かりかもしれませんが、なんと! ここにいらっしゃる剣聖グレン・レッドハウト様の娘さんになります! どうでしょう、ご息女がここまで勝ち残ってくれて、剣聖様も嬉しいのではないですか?」
「あいつにここまで来れるほどの剣の腕はなかったはずなんだがなぁ。よっぽどくじ運に恵まれたかね、こりゃあ」
「お、おおっと! 流石剣聖様! 娘に対しても公平な戦力分析を忘れないぃ!」
娘に対しても一貫して塩対応な剣聖に実況さんは内心ドン引きしてそうだが、そこはプロの技でなんとか軌道修正していく。
「さて、実況開始一発目にして、本大会屈指の好カードとなりました! 手元の資料によると、二人とも使用武器は剣とのことですが、やはり今大会でも剣の使用率は高いですね! 剣のスペシャリストとして、何かご意見はあるでしょうか?」
それでも挫けずに実況さんが剣聖に話を振ると、彼は不機嫌そうな顔を崩さないながら、仕方なく解説を始めた。
「初見殺しとか一発逆転を狙うならほかの武器もいいが、本当に自分の実力に自信があって、その力で敵をねじ伏せたいってんなら、結局は剣が一番バランスが取れてんだよ。所詮お遊びみたいなルールの大会だが、だからこそ切れる札の種類が多い方が強えからな」
態度こそ悪いが、剣聖の言葉には重みがあった。
そして実際、言っていることも大体同意見だ。
例えば、さっき戦った鞭使いの女性。
鞭は奇抜な技が多く、〈スティンガー〉などの剣の中距離技に対して優位を取れるが、攻撃の速度にいささか不足があって、実力者相手には通用しない。
唯一の例外は、相手を中心に球状範囲に攻撃をまき散らす〈ヘルストーム〉。
あれは「鞭を振るう」という予備動作からいきなり球状範囲に攻撃が飛ぶという理不尽技で、上下左右奥全てに攻撃範囲が広いため、知らなければほぼ回避は不可能だ。
ただ、流石に技の発動から攻撃が実際に出現するまでに若干のタイムラグがあるし、実は後ろに逃げるのではなく前に攻め寄せるとすぐに攻撃範囲から抜けられるので、技の詳細さえ知っていれば誰でも対応は可能。
しかも前に抜けられると数秒間無防備な姿を晒す以外にないので、初見殺しに失敗すれば確実な敗北が待っている。
ほかにも、要素だけを見ると優秀な武器はいくつもある。
例えば短剣は剣より技の発動速度に優れていて、とにかく技の出が早い第一武技〈刺突〉や、一発逆転で武器を飛ばす第三武技〈スローイングダガー〉や、影に沈んで相手の裏を取る第六武技〈シャドウハイド〉など面白いものが揃っている。
しかし反面威力に乏しく、武技同士のぶつかり合いになるとすぐにパワー負けして押し切られるのが欠点だ。
また武器と言っていいかは分からないが、拳技なら四つ目の武技で〈気弾〉という遠距離攻撃を覚えられるのが強みで、剣の〈スティンガー〉に対して剣より早い段階で対策することが出来る。
また、第五武技まで鍛えれば、〈スティンガー〉よりも射程は短い代わりに出が早く速度もある〈獅子闘破〉という優秀な突進技を覚えられるのもポイントだ。
しかしそれ以降の技は威力重視で短射程のものが多く、どうしても大会で使う分には物足りなさが勝る。
あとは槍は中距離戦闘において剣に勝るが、すぐ覚えられるレベルに遠距離技がなく、近距離での取り回しに若干の難が……というように、突き詰めていくとそれぞれ明確に欠点があるものが多く、結局大会に有用な全てのジャンルの技をバランスよく使用可能なのは、やはり剣になるのだ。
「なるほど! 流石は学生時代の大会覇者! 非常に含蓄のあるお言葉ですね!」
そんな剣聖の言葉に実況さんがにこやかにうなずくと、剣聖は途端にしかめ面をした。
「逆に言やぁ剣と剣がぶつかったらどう足掻いても実力勝負にしかなんねえぞ。三年相手にあのなまくらがぶつかって、ほんとに勝負になんのかねぇ」
流石に娘を「なまくら」扱いするのは実況さんとしても不快に思ったのか、一瞬だけ実況のティリアさんの顔が歪む。
すぐに笑顔で隠したけれど、僕の中での好感度はそれでむしろ上がった。
「……っ! 娘さんのことでしたら、若くして非常に優秀な剣士、と伺っていますよ。なんでも最初の試合では、上級生相手に第八剣技の〈血風陣〉を使って勝利を収めたとか」
そうティリアさんが言うと、剣聖は今度こそはっきり驚きを顔に出した。
「おいおい、あいつが第八剣技を使っただなんて、冗談だろ? 何年剣を振ってもちっとも芽が出なかった落ちこぼれだぜ」
「ですが、実際に目撃されたことですから。わたしも実況はしていませんでしたが、情報収集のため特別に許可をもらって観戦させてもらっていました。まだ新入生ですけど、思わずファンになってしまいそうなくらい見事な剣技でしたよ」
剣聖の言葉を澄ました態度で突っぱねる実況さんに、僕の中でのティリアさん株の高騰が止まらない。
会場にいる一般の人も第八剣技の凄さは分かるのか、おぉ、という感嘆のような歓声のような声が上がる。
こんなところに来るくらいだから、おそらく戦闘マニアが多いのだろう。
感触は上々といったところだ。
会場の空気もセイリア贔屓になる中、流石にここで強弁する意味は薄いと見たのか、
「……ま、最後にあいつの剣を見たの、二年前とかだからな。そういうこともある、か?」
とさりげなくひどい発言をして、剣聖も黙り込んだ。
まあさしもの剣聖も、自分の娘がたったの一週間で使える剣技を倍以上に増やした、とは想像もしていないだろう。
全てはボム太郎とボム次郎……剣聖よりも文字通りレベルの高いスパーリング相手のおかげだ。
(しっかし本当に、剣聖は娘に興味がないんだな)
それも、何か複雑な事情があって愛憎渦巻いて、とか、そんな感じでもない。
本当に彼にとっては自分の娘も他人も同然で、完全に興味の対象ではないんだろうというのが、この短いやりとりの中でも窺えた。
「っと、そう言っている間にも、両選手の準備が出来たようです! では、早速入場してもらいましょう! まずは西コーナーより、三年Aクラス、フレデリック・ターナー選手!」
フレデリックがリングの上に姿を現し、大きな声援と、主に三年生からの激励の言葉が飛ぶ。
男女問わずに応援の言葉が飛んでいて、こう見るとやはり人気のある生徒だということが分かる。
「フレデリック選手、愛剣を手に悠々と登場! これが優勝候補の余裕かぁ!」
実況の煽りにも、手を振って応える紳士っぷり。
悔しいけれど、これは人気が出るのも納得出来る。
そして、ついに……。
「続いて東コーナーより、一年Aクラス、セイリア・レッドハウト選手!」
セイリアが、満を持して姿を現す。
それに伴って、会場からはふたたび歓声が上がる、が、
(――見せてやれ、セイリア!)
その手に持ったものが明らかになると一転、会場は俄かに騒然となる。
「こ、これは! なんということでしょう! 二刀流、二刀流です! セイリア選手、事前の予測を裏切り、二種類の武器を持って会場入りだぁ!」
剣と短剣、異なる二つの武器を携えた彼女は堂々とした態度でリングに上がると、観客席の上の父親に、不敵な笑みを見せたのだった。
ついにお披露目!