第九十二話 赤の剣聖
昼休憩をはさんで、午後。
(この人出、いよいよお祭り、って感じだなぁ)
一般入場が始まったこともあって、非日常の空気はより一層高まってくる。
また、大会も二回戦を終え、三十二人いた出場者は四分の一になり、ベストエイトが出そろった。
ここまで勝ち残ると流石に存在を認知され始めるようで、こちらを見ている人たちが、「あれが剣聖の娘」とか、「今回のダークホース」とか、「あんのハーレム野郎が」みたいな言葉を口々に漏らしているのが分かった。
……いや、最後のだけはなんか違うけれど、とにかくなかなかに注目を集めているらしい。
ただ、そんな中にあってもセイリアは全く浮足立つことはなかった。
いや、正確に言うと、それ以上の心配事に、周りのことなど気に配る余裕がなかった、と言うべきか。
そしてとうとう、彼女が待ちかねた瞬間がやって来た。
観客席の一段高い場所に設置された、ゲスト用の席。
そこに、一目で戦いに身を置く人間だと分かる鍛え抜かれた体躯の男が、どっかと座り込んだのだ。
「……父様」
小さく、隣のセイリアの唇が動く。
――〈赤の剣聖 グレン・レッドハウト〉。
帝国における最高戦力の一人が、学園の観客席にその姿を見せていた。
※ ※ ※
LV 146 グレン・レッドハウト
これが、僕がその観客席の英雄を観察した結果、表示された情報だった。
国の最高戦力の割にレベルが低い……とも思ったけれど、どうも100を超えるところから、一レベルの必要経験値と能力値上昇値が跳ね上がるらしい。
事情通のトリシャいわく、
「大体150くらいが人間の限界なんじゃないか、って言われてるんだ。だから、現在の位階が146の〈赤の剣聖〉は、国どころか人類の中でも有数の使い手だって考えてもいいと思う」
とのこと。
(……まあ、ゲームだったらそういう「人類の限界」みたいなのもあっさり飛び越えちゃうんだろうけどね)
とはいえ、今は明らかにゲーム序盤。
実際、レベル146というのは、僕が今まで見た人の中では一番レベルが高い。
ゲームで言うなら、明らかにネームドキャラ、という風格があるけれど、
(……名前の横に、本のマークがない)
意外にも、剣聖は非図鑑登録キャラ。
あれだけの風格を備えながらも、ゲームにおける役割ではあくまで脇役止まり、ということらしい。
(なんだか、最初に思っていたよりも図鑑に収録されるキャラって少ないみたいだ)
どうも、このゲームにおけるキャラ図鑑は一回でも戦った相手なら全てが記録されるようなタイプではなく、本当に物語に絡んでくる重要な人物しか収録されないタイプのようだ。
少なくとも、今まで僕が見つけた図鑑マーク付きの人間は僕のクラスで見つけた人がほとんど。
あれだけキャラの立っているネリス教官にすらついていなくて、一年A組以外で図鑑マーク付きは、今のところ兄さんしか見つけられていなかった。
ただ、ゲームの分類上はモブだったとしても、今この場にいる剣聖の存在感が薄れることは決してない。
戦いに身を置く者特有の、ギラギラとした眼光。
野生の獣を思わせる、しなやかで引き締まった筋肉。
そして、彼のトレードマークともされる竜殺しの大剣。
そのどれもが自然と注意を引きつけ、意識しなくても気が付けばつい視線を向けてしまう。
なんとも言葉にしづらいカリスマ性のようなものを、その男は備えているように見えた。
(……こんな人を前に、セイリアは実力を示さないといけないのか)
実際に目にして分かる、立ちふさがる壁の巨大さ。
さらに言うと、今回のセイリアの対戦相手は……。
LV 102 フレデリック・ターナー
押しも押されもせぬ優勝候補筆頭。
開会式で選手代表も務めたあのフレデリック先輩だ。
――この戦いが、事実上の決勝戦になるかもしれない。
そんなことをささやく人がいるほど、この戦いは注目されていた。
「……大丈夫?」
心配になった僕は、思わずセイリアに声をかけた。
けれど、
「気にしてない、って言うと、嘘になるけど。でも、うん。自分でも不思議なくらい、落ち着いてる」
振り返った彼女は、小さく笑みを浮かべていた。
「……ありがとね。ボクがここまで来れたのも、こうしてちゃんと父様と向き合えているのも、全部アルマくんのおかげだよ」
「セイリア……」
そう話す彼女に、気負いはない。
ただ、静かなやる気がその身に満ち満ちているのが見えた。
……そしていよいよ、その時が来る。
「これより第三回戦、第一試合を始めます! 選手の方は、リングの上へどうぞ!」
アナウンスに従って、セイリアが動き出す。
「――それじゃ、アルマくんの『秘策』で、みんなの度肝を抜いてくるよ」
そうして彼女は、最強の敵の待つリングに足を踏み入れたのだった。
つづく!