第九十一話 二回戦
「――むぅ。あなた、可愛いけど可愛くないわねー」
鞭の音にも一切動じないセイリアを見て、ミレーヌ先輩は鞭を操る手を休めると、一転して呆れた様子で肩を竦めた。
どうやらさっきまでの女王様然とした態度は、威圧のためのブラフだったらしい。
くだけた様子でため息をつくと、ぼやくように言った。
「まぁったく、とんだ伏兵でやんなっちゃうわ。正直ね、組み合わせ表を見た時は、『やった!』と思ったのよ。アッシュ君は〈スティンガー〉頼りの一発屋だし、お相手のあなたは剣技を三つしか使えない『資格なし』。どちらが出てきても楽勝、って、そう思ってたのに……」
そこでミレーヌ先輩の瞳が、スッと細められる。
「……蓋を開けてみたら、剣技八つ持ちの天才剣士サマじゃないの。大会を見越して隠してたんだろうけれど、ほんと性格が悪いったら」
彼女の言葉を、セイリアは訂正はしなかった。
自分の成長に一番驚いていたのはセイリア自身だったし、あるいは成長のカラクリを他人に漏らせないという判断もあったのかもしれない。
(まあ、僕がミレーヌ先輩の立場だったら、めっちゃくちゃ驚いただろうなぁ)
他人事ながら、同情する。
何しろこの大会において、使える武技の数というのは最重要な要素だ。
武技の数は戦闘の引き出しの多さにつながるし、それがそのまま勝負を決めることも少なくない。
例えば、四つ以下の剣技しか習得していない相手を「資格なし」として切り捨てる〈スティンガー〉は、その一番有名な例だろう。
この技は第四以下の剣技で捌くことはほぼ不可能なため、武技をあまり覚えていない新入生などは、相手に〈スティンガー〉を万全の状態で撃たれた時点で敗北が決まってしまう。
だから、〈スティンガー〉を持っていない側はとにかくインファイトに徹して相手に〈スティンガー〉を出す暇を与えないか、相手が無理に〈スティンガー〉を撃とうとしたタメを〈スラッシュ〉で狩る以外の勝ち筋がほぼなくなってしまう。
とはいえそれは、片方だけしか〈スティンガー〉を使えない状態での話。
お互いが〈スティンガー〉持ちなら相手の〈スティンガー〉を見てすぐこちらも撃てば五分の運ゲーに持ち込めるため、互いに迂闊に撃つ訳にはいかなくなるし、第七剣技の〈パリィ〉を覚えていれば、タイミングこそシビアだけれど勝ちの目まで出てくる。
さらに進んでこちらが第八剣技の〈血風陣〉まで覚えていた場合、必勝のはずの〈スティンガー〉が必敗の技に変わるのは、すでにセイリアが証明した通りだ。
(まあ、僕とセイリアくらいの速度差があると、〈スティンガー〉も武技使わずに普通に避けられちゃうし、〈スティンガー〉に対して〈血風陣〉撃とうとしても間に合わずにそのまま負けるけどね!)
そこまでの戦力差が開いているともはや定石も通用しなくなるけれど、逆に言えばそこまでの能力差がない限り、定石というのは絶対だ。
――なら、とにかく剣のレベルを上げてたくさん剣技を覚えてた奴が勝つのか、というと、そういうことでもない。
むしろこの大会において、〈血風陣〉より先の剣技を覚えるメリットは正直なさそうだった。
なぜなら九つ目以降の技は、あまりにも予備動作や隙が大きすぎて、大会でまともに使えるようなものじゃないからだ。
(説明文見る限り、〈フォールランドストーリー〉ってターン制なんだよね)
ターン制のシステムでこの大会をゲーム内でどう表現したのかは個人的に気になるところだけど、まあそれは置いておいて。
――とにかくこのゲームにおける技の強さに「発動までの速さ」とか、「攻撃動作の短さ」みたいな評価基準は存在しない。
どうせどんなに長いエフェクトがあろうが予備動作があろうが、ゲーム中では同じ一ターンなのだからまあ当然だろう。
なので、後半の技になればなるほど攻撃動作やエフェクトは派手に、かつ長くなり、こういう大会における実用性は著しく低くなってしまうのだ。
(〈スティンガー〉とか〈血風陣〉の時点で、そこそこタメが長いしなぁ)
だからこそ初手後退からの発動が定石になる訳で、切り札として持っていると有利になるものの、乱戦の中で出せるような技でもない。
それに、この戦いでは出番自体があるか不明だ。
なぜなら、
「――ま、いいわ。それでも勝つのは私。数ある武器の中からどうして私が鞭を選んだか、その理由を教えてあげる!」
鞭という武器は、中距離武器。
大会における剣技の花形である〈スティンガー〉や〈血風陣〉の強みを上手く殺す、厄介な特徴を持った得物だからだ。
※ ※ ※
試合の開始が宣言されても、しばらく二人は動くことはなかった。
「……ふぅん、意外ね。鞭相手の対策も、一応は知ってるんだ」
鞭は中距離技が豊富だ。
剣だと近寄って斬る以外の対処法がなかった〈スティンガー〉に対しても、発動を見てから後出しで技を出すことで、発生前の隙を狩ることが出来る。
(いいぞ! 冷静に相手を見れてる)
ここで迂闊に〈血風陣〉なんて出そうものなら、そこで勝負は決まっていただろう。
ただ、これはあくまで最初の関門を突破しただけで、まだ鞭の脅威が去った訳じゃない。
「なら、こっちから行くわよ! 鞭技の五〈ダブルスネイク〉!」
宣言と共に、鞭が突然二股に分かれ、左右で挟み込むようにセイリアを襲った。
「セイリア!」
明確なピンチに反射的に声が漏れるが、セイリアは左右から迫る鞭の一撃を、ひょいっと屈むことであっさりと躱してみせた。
「やるわね! なら! ……鞭技の四〈ランドクロウラー〉!」
一瞬だけ鞭を戻すと、今度は地面を舐めるほどの低さで鞭が伸びる。
しかしこれも、セイリアは表情を変えずにひょいと飛び上がって避けてみせた。
「ちっ! ちょこまかと!」
鞭の特徴は、なんと言っても射程距離の長さと変幻自在さ。
動きが変則的で読みにくいのに加えて射程が長く、攻撃を避けられても反撃されにくいところが強みだ。
ただ、タメが長い代わりに発動後の攻撃速度が速い〈スティンガー〉〈血風陣〉に比べると、鞭の技は総じて発動は早いが、手を動かしてから実際に鞭の攻撃が来るまでにタイムラグがあるものが多いので、冷静に見極めれば比較的回避がしやすい。
鞭のトリッキーな動きに惑わされず、冷静に対処出来るかどうかが、この戦いの鍵になる。
「……仕方ないわね。この技は、出来ればフレデリックと当たる時まで見せたくなかったんだけど」
何かを覚悟したかのようにミレーヌ先輩はつぶやくと、鋭い眼つきで鞭を構えた。
「あなたの実力は、確かに認めるわ。でも、百を超える鞭の嵐を、あなたは捌き切れるかしら?」
彼女は不敵な笑みを浮かべると、鞭を持った右手を天に示すように持ち上げた。
そして、
「――鞭技の七〈ヘルストーム〉!!」
かつてない大技!
それが放たれる予兆と同時に、セイリアが猛然と動き出した。
「なっ!?」
躊躇いなく、前へ。
鞭を持つミレーヌ先輩のその手に飛び込むかのように、前方へと足を踏み出す。
直後、セイリアがほんの数瞬前まで立っていた場所を中心に二メートルほどの広範囲に、無数の鞭の攻撃による円形のフィールドが形成された。
けれど、
「――避けた、ですって!?」
そこにはもう、セイリアの姿はない。
彼女はまるで未来が見えていたかのように、唯一の活路へ、手薄になる「前方」へと足を踏み出し、鞭の攻撃圏から先んじて抜け出していた。
百を超える鞭の乱打によって、中のモノ全てをズタズタに引き裂く高威力な鞭技。
けれど、その範囲から逃げられてしまっては、そんなものはただ敵の前に隙を晒す愚行でしかなかった。
「嘘よ! ありえない!!」
ミレーヌ先輩は、その現実を認められずに叫ぶ。
「この技は、まだ校内の誰にも見せて――」
けれどその叫びすら、もはや予測の範囲内とでも言うように、
「ボクの知り合いに、あらゆる武器で八番目までの技を使える人がいるんです」
――だから、その技はもう見切っています。
そう厳かに言い切ったセイリアに対して、最後に何を思ったのか。
ミレーヌ先輩は一瞬だけ目を見開いたあと、何かを悟ったように目を閉じた。
「あぁ、そうなのね。本当の、天才は――」
その唇から漏れ出した言葉が、最後まで紡がれることはなく、
「――〈スラッシュ〉」
冷徹に放たれた最小の一撃が鞭使いの身体を捉え、第二回戦、最初の勝者を決めたのだった。
圧巻の勝利!