第九十話 次なる敵
ティータとのやりとり書くの、楽しいんですけどね
毎度話が一ミリも進まないのに文章量だけ増えてやばいんですよね!
「――ないわー。ほんとないわー」
手早く自分の試合を終え、セイリアのもとに帰る僕に対してそうぼやいているのは、僕の契約精霊のティータだった。
風の精霊の面目躍如、とでも言うべきなのか。
走る僕の耳元の辺りに正確に追従しながら、唇を尖らせていた。
「あのセイリアとかいう小娘相手には、何が来ても対応出来るように知識をーとか言ってたくせにさー。アルマがかっこよく戦うところが見られるんじゃないかなーって、期待してたのにさー」
「しょ、しょうがないだろ! 相手が悪すぎたんだよ!」
最悪なことに、僕の一回戦の対戦相手は三年生。
それも、この学園における頂点、三年A組の女性だった。
LV 101 リューシュカ・ドラゴネル
選手代表をしていたフレデリックとわずか一レベル差という高レベルに、明らかな歴戦の風格。
あと名前ももうなんか強そう。
(――あ、こりゃダメだ)
彼女を一目見た瞬間に、僕は心の中で剣を投げ捨てた。
(いや、あんなのとまともにやり合えるのはセイリアだけだって!)
セイリアとは反対側のブロックなので、リューシュカ先輩が勝ち進めばセイリアより先にディークくんと当たるはずだけれど、正直ディークくんでは絶対止められないだろうと断言出来た。
そんなやべーのに一回戦でぶち当たった僕の気持ちも考えてみてほしい。
そりゃ僕も、セイリアの訓練相手として何度もこの大会と同じルールで戦った。
でもだからこそ、やれることとやれないことの見極めも出来ているし、あ、こいつセイリアと同類だ、みたいな目利きも出来てしまったのだ。
……冷静に考えると、剣よりも高速戦闘が可能な拳辺りを使っていれば意外といい勝負も出来たんじゃないかとか今になって思わなくもないけれど、もう後の祭り。
いつまでも終わったことを引きずっていても仕方ない。
(……切り替えよう)
正直この大会に限っては、僕の試合なんてどうでもいい。
――僕の目的は、セイリアの大会優勝と、それによる原作の守護だ。
それ以外の要素なんて、なんだったら些事だと言ってもいい。
(……うん)
そう考えると、僕がセイリアより先に三年の筆頭格とぶつかったのだって意味はあったかもしれない。
同じ三年A組のリューシュカとの戦いの経験は、仮想フレデリックとして今後のセイリアの戦いの参考にすることだって出来るはずだ。
今は一刻も早く、この情報をセイリアのところに持ち帰ろう。
「なーんて言ってる割には、さっき平然と寄り道してたじゃない!」
「う……」
あまりにも早く試合が終わってしまったため、僕はついでにずっと気になっていたマインくんに会いに、マインくんの試合が行われている会場に寄ったのだ。
残念ながら試合はもうマインくんの敗北で終わっていて、本人の姿も見えなかったけれど、マインくんのクラスメイトだという子に「アルマ・レオハルトが挨拶に来た」と伝えてくれるように頼んでおいた。
これできっと、近いうちにマインくんと話も出来るはずだ。
なんて回想をしている間も、ティータは容赦がなかった。
一体どういう原理で飛んでいるのか、器用に腰に両手を当てて僕の方を見ながらも僕にピッタリ並走、お小言を続けようとする。
「と、ゆーかね! あーんな一瞬でやられちゃったのに、一体何を参考……」
「おっ、そろそろ会場だな! おーい、セイリア!」
ただ、僕がわざとらしくセイリアの名前を呼ぶと、ティータは「あ、やばっ」みたいな顔をしてぴゅんと僕の中に引っ込んだ。
最近のティータは「僕が他人と話している時は姿を消す」という謎のマイルールをかなり厳格に守っているらしい。
別に気にすることはないと思うのだけど、今回ばかりは助かった。
「――アルマくん!」
遠くから名前を呼ばれて不思議そうにしていたセイリアだけれど、すぐに笑顔で僕の方に駆け寄ってきてくれた。
いきなり決闘を挑まれた時と比べたら、本当に仲が良くなったものだ。
と、そんな感慨に浸っていたのだけれど、
「元気そうでよかった! 試合、どうだった?」
親しいからこそ、飛んでくるナイフもある。
僕は内心にダメージを受けながらも、無理矢理に軌道修正を図った。
「き、気にかけてくれてありがとう。でも今は、そんなことはどうでもいいんだ! 重要なことじゃない!」
「え? でも……」
結構重要なことなんじゃ、という顔をするセイリアを、とにかく勢いで押し切る。
「それよりも、次の対戦相手のことだよ。どっちになった?」
「あ、うん。やっぱり三年のミレーヌ先輩になったみたい」
やっぱりか、と僕は内心で舌打ちする。
出来ればもう一人の生徒に上がってきてもらいたかったけれど、この結果も仕方ないか、と思える相手だ。
三年Bクラスのミレーヌ・ハウシュマン。
Bクラスとはいえレベルは91もあり、セイリアにとっては初めての格上。
(これでもレベル的には例年通り……らしいけど)
一回戦のあとに、何度もこの大会を見てきたトリシャに聞いたところ、一年のCクラスの代表選手の平均レベルである40を起点として、学年が一つ上がるごとにレベルを20、クラスが一つ上がるごとにレベルを10足すと、大体の目安が分かるそうだ。
その基準で行くと、三年Bクラスは90レベルになるのでミレーヌ先輩の91レベルは目安通りだし、一年Aクラスのレベル目安は60のはずだから、いかに〈ファイブスターズ〉が規格外かも分かる。
ただ、いくらセイリアが年齢に比べてレベルが高くとも、今ミレーヌ先輩にレベルで負けている事実は変わらない。
それに、彼女に関してはもう一つ、懸念材料がある。
「本当に平気? なんと言っても彼女は……」
けれど、心配そうにする僕に対して、セイリアは笑顔で首を振った。
「――大丈夫。ボクはやれるよ」
それは、僕が第一試合の前にかけた言葉。
きっと一回戦での戦いが、セイリアの中の何かを変えたのだろう。
「――アルマくんが見ていてくれたら、ボクは絶対に負けない。だからそこで、応援していてほしいんだ」
決して驕りではない確固たる自信を持って、彼女は二回戦のリングへと向かった。
※ ※ ※
数メートルの距離を開け、石造りのリングの上で、二人の女性が邂逅する。
舌戦で先手を取ったのは、ミレーヌ先輩だった。
「ふふ。小さくて健気で、やっぱりあなた、私好みだわ。これからたっぷり可愛がってあげられると思うと、楽しみ」
言いながら彼女が右手を振ると、彼女が手にした得物が「ビシィ!」という鋭い音を奏でる。
ただ、そんなミレーヌ先輩の独特な空気に、セイリアは呑まれてはいなかった。
「遠慮しておきます。悪いですけど、ボクにはそういう趣味はないので」
セイリアのそっけない返しにも、ミレーヌ先輩は動じない。
むしろその笑みを深くして、右手の「武器」をもう一度振るった。
「――遠慮しなくていいわよ。私がこの『鞭』でたっぷり、あなたを躾けてあげる!」
セイリアの二回戦目の相手は、鞭使い。
初めての格上かつ、初めての剣以外の使い手との闘いが、今幕を開ける!
異種格闘(?)戦開始!