第八十九話 一回戦
始まります!
組み合わせ表を見て想像した通り、セイリアの試合は第一試合。
開会式が終わると、そのあとすぐに試合が開始される運びになった。
「……行ってくる、ね」
緊張した面持ちで会場へと向かう彼女に、僕は一言だけ声をかけた。
「大丈夫、セイリアならやれるよ」
「……うん!」
セイリアは迷いを振り切るかのように笑顔を見せて、独り壇上へ、戦いの舞台へと上がっていく。
ここからはもう、僕に出来ることはない。
ただ彼女の勝利を信じて、その戦いを見届けるだけ。
僕は祈るような気持ちで、戦いの始まりを待った。
※ ※ ※
「一回戦第一試合、選手入場! まず、二年Cクラス、〈アッシュ・ウォーカー〉!」
審判役の教師の声に、わっと歓声が上がる。
やがて現れたセイリアの対戦相手は、眼鏡をかけた一見柔和そうな男性だった。
手元の情報によると、彼は二年Cクラスで、位階は58。
セイリアにとっては一年上の先輩になるけれど、レベル的には格下とも言える。
「続いて、一年Aクラス、〈セイリア・レッドハウト〉!」
コールされたセイリアの名前に、僕らのクラスを中心に、大きな歓声が上がる。
その声は明白に対戦相手の先輩よりも大きく、セイリアの注目度や人気を窺い知ることが出来た。
ある意味で、会場を味方につけたセイリア。
しかし対戦相手のアッシュという名前の先輩は、それに対してわずかに苦笑しただけで、動揺した様子は見られない。
その奥には、虚勢ではない確かな「自信」があるようにも見えた。
「……セイリア君、だったか。流石だね」
あいかわらず凪いだ海のように穏やかな顔を崩さずに、彼はセイリアに語りかけた。
「入学して間もないのに、もう位階が八十を超えているそうだね。それに、向き合うだけで分かるよ。君が、僕なんかじゃ及びもつかない優れた戦士だって」
「……ありがとうございます」
アッシュ先輩の意図が掴めないのか、セイリアは愛想のない顔で、無感動に礼を言う。
その態度に苦笑したのは、やはり先輩だった。
「さらには、度胸もある。これだけの観衆に囲まれても自然体を貫けるのは、注目されながら生きてきたからか。全てが、僕とはまるで違う」
まるで、心の底から感嘆するかのように、先輩はセイリアを褒めそやす。
「……ただ、ね」
だがそこで、彼の雰囲気が明確に変わった。
一瞬前までは「気のいい先輩」といった様子を見せていた彼は、自身の眼鏡を放り捨てるのと一緒に、その擬態すらもかなぐり捨てたのだ。
「この大会においては、君は明確に『弱者』だ!」
まるでとびかかる寸前の獣のような剣呑な気配を放ちながら、その眼は憎悪に近いほどの熱を持って、セイリアをにらみつける。
「どれだけ強かろうが、どれだけ才能に溢れていようが、君にはこの大会に挑む『資格』がない!」
そしてその苛烈な言葉を、争いの契機としたかのように、
「―― 一回戦第一試合、始めっ!」
セイリアの、最初の試合が開始された。
「――っ!」
その宣言を聞き届けた瞬間、アッシュ先輩は迷いのない反応で背後へと飛び退る。
それを見ても即座には動かず、対応を迷うかのようにわずかに剣を持ち上げ、上段に構え直したセイリアに、アッシュは叫ぶ。
「判断が遅い! 今この瞬間、すでに試合の勝敗は決した! わずかに残されていた唯一の勝機、それを無知ゆえに逃したと知れ!」
叫びながらも、彼の動きは止まらない。
事前に何回も、いや、何十、何百回と練習をしたかというよどみない動きで、一つの構えを取る。
「これが、『資格』なき者に立ちはだかる大会の洗礼だ!」
宣言と同時、アッシュ先輩の構えが完成した。
重心を低く、剣を持たぬ左手のみを突き出し右手を引く、独特の姿勢。
「定石頼りの戦法だが……卑怯とは言うまいな」
そううそぶく彼が構えるのは、過去九十九度の大会において、凄まじい速度と点による突破力で、数々の挑戦者を打ち取ってきた必殺の剣技。
発動前の「タメ」こそ長いものの、ひとたび技が放たれれば最後、剣による迎撃も、脚力による回避も不可能だと結論付けられた、いわば「大会の門番」。
「――剣技の五〈スティンガー〉!!
喜悦さえ感じられる叫びと共に、その技は成った。
たわめられた力が極点へと達し、まさにその猛威が解き放たれようとした、その刹那!
静かに、セイリアが動いた。
小さく呼気を吐き、構えた剣を、いっそ無造作と言っていいほどにあっさりと振り下ろす。
「――剣技の八〈血風陣〉」
二人の技の発動は、全くの同時だった。
アッシュ先輩が放った〈スティンガー〉が超高速の突進技であるのに対し、セイリアの放った〈血風陣〉は、血のように赤い斬撃を敵へと飛ばす、剣技最初の「遠距離技」。
……その対決が何を生み出すかは、あまりにも明白だった。
直進するだけの〈スティンガー〉に、飛来する真っ赤な斬撃を避ける術などなく、
「――バカ、な!?」
その身に斬撃を受け、驚愕の表情を浮かべたまま舞台上から消え去る先輩に、セイリアは口を開いた。
「確かに……。入学当時のボクなら、あなたに負けていたと思います。でも――」
その視線が背後に、試合をじっと観戦していた僕の方へと向けられて、
「――今のボクには、誰より頼りになる人が、ついていますから」
彼女が透明な笑みを浮かべると同時に、セイリアの勝利が高らかに告げられたのだった。
確かな成長の証!
ちょっと用事があって微妙にもたついてましたが、一応大会編は一日二回更新を頑張る予定!
いつも通り応援よろしくお願いします!