第八十八話 因縁
始まります!
日々はあっという間に過ぎ、いよいよ大会当日になった。
学園を挙げての行事である〈捧剣練武大会〉は、丸一日をかけて行われるため、午前の座学もなし。
大会に直接出場しない生徒も、自分のクラスの選手や同じ部活の先輩を応援するためか、朝から気合が入っている。
――いつもと同じ校舎なのに、どこかいつもと違う。
そんな空気の中で、開会宣言は厳かに執り行われた。
選手代表として壇上に立ったのは、三年Aクラスの出場者。
LV 102 フレデリック・ターナー
レベルは、当然のように100超え。
ただ正直に言えば、思ったほどじゃないな、というのが感想だった。
(兄さんが、125レベルだったからなぁ)
もしかすると、兄さんってめちゃくちゃ強かったりするんだろうか。
いや、でもうちのクラスのトップも魔法使い系の皇女様だし、そもそも近接系が弱い学園なのかも。
なんて、余計なことを考える余裕まであった。
でも、僕の隣で三年生の姿を見ていたセイリアは、僕とは違う印象を持ったらしい。
「あれが、三年生のトップ……」
わずかに気圧されたような険しい顔で、その人を見つめていた。
「大丈夫だよ。セイリアは、毎日あの人よりももっと強い奴と訓練してたんだから」
何しろ、あの人よりもボム太郎の方が五十近くレベルが高い。
そう思って口にした言葉だったんだけど、セイリアは僕を見て、なぜか目を丸くして、それからくすっと笑った。
「自信満々だね。……うん。でも、元気出たよ」
「え……? あ、ああ、うん。そうだね」
なんだか勘違いをされた気もするけど、それで元気が出たならオーケーということにしよう。
それから、式典くらいでしか顔を見ない学園長先生のありがたいお言葉をいただいたりというお決まりの流れがあったけれど、そこにはまだ〈赤の剣聖〉……セイリアの父親の姿はない。
これには当然、理由があって、
「一回戦、二回戦は午前中にやるんだけど、試合数の関係で会場がバラけるし、一般入場者もまだ来ないんだ。だから本当に注目されるのは、選手がベストエイトにまで絞られた、午後の三回戦からになるね」
というのが、なんでも知っているトリシャさんの解説だ。
セイリアの父親である〈赤の剣聖〉がやってくるのも三回戦からだから、まずは午前中の二試合を勝ち抜き、ベストエイトに残ることがセイリアのひとまずの目標となる。
「――では最後に、今回のトーナメント表を発表します!」
司会進行役の生徒の言葉に、今までわずかに弛緩していた雰囲気が、にわかに盛り上がる。
――大会の出場選手は、全部で三十二人。
学年ごとにA、B、Cの三クラスがあって、少数精鋭のAクラスからは二人、人数の多いBとCクラスからは倍の四人の出場者が出るため、一学年の合計出場者は十人。
そうして決まった各学年からの出場者三十人に、教官推薦枠の二人を加えて三十二人になるように調整しているらしい。
試合形式はトーナメントだから、勝ち抜く度に残り人数は十六、八、四、二、と減っていく。
シードや敗者復活戦もないので、どの選手もシンプルに五回勝ち抜けば優勝、ということになる。
「……いよいよ、だね」
緊張のにじむセイリアの声に、僕もうなずく。
原作を守護る者として、ここでのセイリアの優勝は絶対に譲れない。
大会の組み合わせは、僕にとっても重要だった。
会場の生徒たちのボルテージが最大にまで高まったところで、ついに、
「――第百回、英雄学園捧剣練武大会の組み合わせは、こうだぁ!!」
全校生徒に見えるように大きく拡大された映像が、魔道具によって空に映し出される。
すごい技術だ、と目を見張ると同時に、わずかな情報も見逃すまいと目を凝らす。
セイリアの名前は、すぐに見つかった。
セイリア・レッドハウト(1A)
トーナメント表は左上から順に試合をこなしていくらしいから、セイリアの試合はこれからすぐに行われるだろう。
「……アルマ、くん」
無意識、だろうか。
不安そうに僕に伸ばされたセイリアの手を、「大丈夫」と伝えるように握り返した。
ただ、正直に言えばこの組み合わせは苦しいかもしれないと僕も感じていた。
(――セイリアと同じブロックに、フレデリック先輩がいるのか)
順当にいくと、セイリアはさっきの三年生の代表選手と、早くも三回戦でぶつかることになる。
(いや、優勝を狙うなら、どのみちどこかで戦わなきゃいけない相手だ)
所詮、それが早いか遅いかの違いだけ。
僕は頭を切り替えると、それ以外に要注意選手はいないか、トーナメント表の上に視線を走らせて、
「な……っ!?」
そこに映し出されていた思いがけない、あまりにも想像の埒外の名前に、声を出してしまった。
「アルマくん!?」
セイリアが心配そうな声を上げるが、僕はそれどころじゃなかった。
今日一番の驚きに、脳が追いついてくれない。
(あぁ……)
ずっと、忘れようと思っていた。
でも、そう思いながらもずっと、きっと心のどこかに引っかかっていたんだ。
思い出すのは、全てが始まった入学試験の日。
ぼんやりと脳裏に浮かぶ、あの大きなシルエット……。
マイン・スイーツ(1B)
僕が兄さんの名前を出したらどっかに逃げちゃったあの太っちょの子、ちゃんと受かってたんだ!
かつてないほどどうでもいい引き!!!!
「……え、だれ?」ってなった人は、第十九話をご参照ください





