第八十二話 効率モンスター
「――て、適当なこと言わないでよ!」
実績がないと信用されない。
そんな僕の思考を裏打ちするように、僕の言葉に返ってきたのは、強い拒絶だった。
「ボ、ボクはずっと頑張って、頑張り続けて、それでも新しい武技を覚えられなかったんだよ!? それが、この昼休みの間に新しい武技を、だなんて、いくらアルマくんだってそんな冗談……」
「それなんだけどさ。……思うに、セイリアは頑張りすぎてたんじゃないかな?」
僕が口にした言葉は、あまりに彼女の意表を突きすぎたようだった。
ぽかんと口を開けたまま、セイリアは僕への反論も忘れて固まってしまった。
「セイリアはきっと、剣術の訓練をずっと頑張ってたんだと思う。でも、剣術が上手くなりすぎて、剣の熟練度が上がりにくくなったんだよ」
「な、なに、言って……」
魔法も武器も、どういう状況でどのくらい熟練度が上がるのか。
僕はこの九年で、だいぶ詳細に検証した。
その結果、武器や魔法の熟練度が上がる条件については、かなり細かく理解出来ているつもりだ。
それに照らし合わせると、セイリアが今まで「才能がない」なんて自分のことを誤解していた原因が、薄っすらと見えてくる。
「セイリアの戦闘スタイルは、トリシャから聞いたよ。後の先を取って相手の隙を突いて一撃で仕留める戦法、だったよね?」
それはきっと、「素早い代わりに非力」というセイリアの特徴を一番活かせる戦い方を模索した結果なんだろう。
実際、「敵を倒す」という点において、その戦法は非常に有効だと思う。
ただ……。
「残念だけど、その戦い方は熟練度上げには一番向いてないんだよ」
「え……っ?」
傷ついたような顔をするセイリアに悪いと思いながらも、ここをごまかしても仕方ない。
「――剣の熟練度を上げるために必要なのは、ダメージじゃなくて、ヒット数。つまり、何回敵に攻撃を当てたかが重要なんだ」
もっと正確に言うなら、「有効攻撃回数」が熟練度につながる。
たとえ敵を百匹虐殺しようが、一匹にかすり傷をつけようが、一発は一発。
だから単純に熟練度という意味なら、急所を突いて上手く倒すよりもやみくもに殴り続けて回数をかけて倒した方が多く稼げるし、武技だって「適切なタイミングで使う」なんて意識は捨てて、五分間のクールタイムごとにとりあえず使っておいた方が熟練度の上がりはいい。
逆に最悪なのが、一撃必殺。
敵は倒しても倒さなくてももらえる熟練度は同じなのに、出てくるモンスターを全部一撃で屠ってしまっていては、そりゃあ武技なんて覚えられるはずがない。
なまじ強すぎるばかりに技が成長しない、とかいうある意味天才的な挫折の仕方だった。
「で、でも待って! 確かに敵と戦う時はそうかもしれないけど、ボクは毎日、何十回、何百回と剣を振って……」
「いや、あくまで武技につながるのは『敵に攻撃を当てた』回数だから、素振りじゃ意味ないんだ」
ここが魔法と大きく違うところ。
魔法は使用した瞬間にMPを消費するからか、敵に命中しなくても唱えさえすれば熟練度が上がる。
まあもちろんモンスターも無関係ではないけれど、少なくとも「練習しても熟練度が全く上がらない」なんて事態は決して起こらない。
だけど一方、武器による通常攻撃についてはノーコストで使用可能なせいか、きちんとした敵……つまり、案山子や松明のような無機物ではない、ちゃんとした敵対的な魔物に対して攻撃を加えないと熟練度には影響しない仕様になっている。
だから、彼女が一番力を入れていた素振りではリアルな剣の技量は上がっても、システム的な剣の熟練度に対してはあまり意味がないのだ。
なんというか、全てが裏目裏目に出ているとしか言いようがない。
「そんな……。じゃあ、ボクの、努力は……」
つぶやいたきり、虚空を見つめて動かなくなってしまったセイリアをフォローするように、トリシャがとってつけたように尋ねてきた。
「え、えーと、さ。じゃあ、どうすればいいのかな? あ、弱い魔物を見つけてきて、手加減して斬る、とか?」
「ああ。僕も最初はそうしようと思った。でも、どうもそれだと上手くいかないみたいなんだ」
まず、手加減して倒さないように撃った攻撃では、「攻撃」と判定されない。
それに全力で攻撃をしたとしても、自分より弱い魔物相手だと熟練度の上がりがとても渋くなってしまう。
一方で、格上に挑みすぎるのも問題だ。
全力で攻撃しても相手にダメージが通らなければやはりこれも「攻撃」と認められないらしく、熟練度バーはピクリとも動かなかった。
「だからそれを踏まえた上で、僕は効率のいい訓練方法を編み出した。ただ……」
僕はそこで、セイリアだけじゃなく、教室全体を見回す。
「これは、まだ誰にも言っていない秘密の訓練法なんだ。だから、条件として、『この方法を他人に教えない』ことを約束してほしい。これはセイリアだけじゃなくて、この場にいる全員にね」
この僕の問いかけに一番に反応したのは、やはり当事者のセイリアだった。
「も、もちろん、本当にそんな訓練方法があるなら、ボクは絶対に秘密を守るよ! そ、その、興奮して色々突っかかっちゃったけど、ボクはアルマくんのこと、信じてるから……」
それに対抗して、というのでもないだろうけど、次に声をあげたのはファーリ。
「ん。武技にはあんまり、興味ないけど……。レオが嫌なら、黙っとく」
眠そうな目で、緊張感なくうなずいた。
「――(コクコクコク)!」
それに呼応するかのように、精一杯必死に頭を縦に振ったのがレミナで、最後に残ったトリシャも……。
「う……。い、言わないよぉ。言わないけど……。だ、大丈夫だよね? これ知ったら、あとで公爵家に口封じで殺されたりしないよね?」
なんて冗談を言って場を和ませてくれた。
「あはは! 大丈夫大丈夫! 絶対その心配はないよ! ……だってこれ、父さんも兄さんもまだ知らないものだからね!」
「え゛っ!?」
なぜか濁った言葉を発したトリシャから視線を逸らせて、僕は手をテーブルの下へと伸ばす。
(本当なら、これを他人に見せることなんてないと思ってたんだけどなぁ)
今回のこれは、あの「無限の指輪」なんかとは訳が違う。
正真正銘、僕の切り札の一つ。
これについて父さんや兄さんにも打ち明けていないのは、それだけ扱いが難しいものだからだ。
少なくともこれについては、自分一人でこっそりと活用するのがいいだろうと思っていた。
でも……。
――原作を守護るなら、仕方ない!
僕は覚悟を決めると、えいや、とばかりに右手をテーブルの下から抜き出す。
取り出した手には、ファーリの隣に置かれた装置と似たデザインの、円筒形の容器が握りしめられていた。
「この中にあるのが、今回の秘密兵器だよ」
そう言ってテーブルの上に容器を置くと、
「おー」
とファーリが緊張感のない声でパチパチと手を叩く。
ただそれに続く者はおらず、それ以外の面々はどこか不安そうな顔で突然現れた銀の容器を見つめていた。
「じゃあ、出すからね」
四人が固唾を飲んで見守る中、僕は円筒の蓋を開けてひっくり返し、転がり落ちてきた「それ」を手で受け止める。
コテン、と手のひらの上に転がったのは、一言で言えば「手と目がついた火の玉」だ。
どこか愛嬌のあるその火の玉を手のひらの上で転がしていると、トリシャが震える声で口を開く。
「ね、ねえ! まさかと思うけど、それって……」
要領を得ないその問いに、しかし僕はうなずいた。
そうして顔付きの火の玉を掲げるように持ち上げると、自慢の玩具を見せびらかすような気分で、胸を張って答えた。
「――これは〈リトルボマー〉。僕が熟練度上げのために持ち歩いてる『訓練用のモンスター』なんだ!」
秘密道具登場!!
次回「トリシャ、壊れる」
お楽しみに!





