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第七十九話 エントリー

 眠り姫の覚醒事件(なんて呼ばれていると、あとでトリシャが教えてくれた)から数日。

 武術大会の話題で騒がしくなっていく校内とは裏腹に、僕は入学して初めての平穏な日々を謳歌していた。


 それまで特にイベントらしき事件が起こることもなく、唯一の懸念点だったクラスでの大会メンバー決めも拍子抜けするほどにすんなりと終わった。


 ネリス教官の仕切りでセイリアとディークくんが選ばれ、教官が二人と二言三言話すと、二人は納得したように大きくうなずき、代表選手になることを快諾。

 それに対して、特に誰かが異論を唱えるということもなく、すんなりとクラス代表が決まったのだ。


 ……けれど、異変はそこからさらに数日後。

 大会メンバーだけが参加する武術大会への説明会が執り行われる昼休みに起こった。


「選手決めがあっさり終わったのはちょっと意外だったなー。あのネリス教官のことだからさ。『出場選手を決めるために、お前らは今すぐここで戦い合え!』くらいは言うかと思ってたよ」

「も、もう! 失礼ですよ、レオハルト様」

「んー。わたしとしては、セイリアさんが何も言わずに了承したのが気になるなぁ」


 なんて、レミナやトリシャと言い合いながら、僕らがいつものように空き教室に向かおうとした時だった。



「――アルマくん! せ、説明会、一緒に行かない?」



 そこに緊張した面持ちのセイリアがやってきたのだ。

 唐突に妙なことを言われて、当然ながら僕はきょとんとするしかない。


「説明会って武術大会のだよね? あれって選手しか行っちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「え、うん。そうだよ? だから、一緒に行かないかな、って」


 そうお互いに言い合って、お互いに首を傾げる。


 それから何かがおかしいとセイリアから詳しい事情を聞くと、彼女はとんでもないことを言い出したのだ。


「えっと、最初にボクの名前が呼ばれた時、ボクは辞退しようかなって思ったんだ」


 セイリアいわく、「自分よりも強いアルマくんが呼ばれていないのに、自分が大会に出る訳には行かない」と言おうとしていたらしい。


「でも、そうしたらネリス教官は、『レオハルト弟についちゃあ問題ない。あいつはもう教官推薦枠で指名済みだからな』って……」



(――あんの腐れ教師ぃぃぃ!!)



 口から出まかせを言ってセイリアを参加させようとしたのか、本当にそんな枠があって僕を勝手に推薦したのか。

 どちらにせよ最悪だ。


 僕が答えを求めてトリシャを見ると、彼女は肩を竦めた。


「ん? ああ、教官の推薦枠ってのはほんとにあるっぽいよ。大抵は三年生に使われるもんなんだけど、ここでそれを切ってくるとはねぇ」


 事情通からのお墨付きが得られてしまった。

 それでもまだ、本当にその枠を教官が使ったとは限らない。


 僕がそうして一縷の希望に縋っていると、


「あー。横からですまないが、クラスの参加票に名前書いてあるから、たぶんエントリー自体はほんとだぜ」

「ディークくん!?」


 後ろからもう一人の当事者であるディークくんが、参加票とかいうものらしき紙をペラペラと振りながらやってきた。

 慌てて確かめると、そこには確かに、僕を入れて計三人分の名前が書かれていた。


(ほんと……ほんとあの人は……!)


 僕の怒りが有頂天になり、必ずかの邪智暴虐の教官を除かなければならぬと密かに決意していると、ディークが申し訳なさそうに口を開いた。


「悪かったな、レオハルト。実を言うと、あの教官のことだから、お前には話通ってねえんじゃないかとも思ってたんだ。けど、出来ればお前とも本選で戦ってみたくてよ」


 そう言って、ニッと嫌味のない笑みを見せるディーク。

 そんなさわやかな顔でさわやかなことを言われてしまえば、怒るに怒れない。


 というかまあ、この場合は本当に怒るべきは間違いなくあの女だ。

 僕に黙って大会にエントリーをして、しかもセイリアやディークには「選手発表の当日が来るまでは一応周りには秘密にしてくれ」と言い含めておいたというのだから、明らかに故意。


「――行こう!」


 それを聞いた僕は、すぐさま説明会会場に乗り込むことに決めた。

 教官には一言言ってやらないと気が済まないし、こういうのはうやむやにしてこじらせるのが一番面倒になる。


(ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと断ろう)


 なんて、思っていたんだけど……。



《剣の栄光(貴重品):第百回英雄学園捧剣練武大会に優勝した証にして、魔王に至る四つの鍵の一つ。「栄光は、確かに此処に在った……」》



 乗り込んだ説明会の最後、その優勝賞品が前に出された瞬間、全ての予定は覆った。


 どのゲームにおいても重要アイテムに付く「貴重品」という分類。

 そして何よりも「魔王に至る鍵」と言われてしまえば無視など出来ない。


 しかも、だ。

 説明を聞くと、それは古代の遺跡で見つかった杯を気に入った名匠が優勝杯として作り直したもので、当然この世に一つしかない一品物。

 特別な効果は認められていないらしいが、強い魔力を秘めているらしい。


(ああもう! やってくれるな〈フォールランドストーリー〉!!)


 一品物の賞品だとすれば、「武術大会なら来年もあるから」なんて言ってスルーしてはいられない。

 これは第百回大会である「今年の大会」を優勝しなければ決して手に入らないものだろう。


(でも、「魔王に至る」って言葉……いや、気にしすぎか?)


 言葉のチョイスというか、あまりにも思わせぶりなフレーバーテキストが気になるところだが、どちらにせよスルーは出来ない。

 僕は仕方なく、してやったり顔でニヤニヤとこちらを見る赤髪の女の方に歩を進めた。


「よっ! どうやら、やる気になってくれたみたいだな」

「最悪なことに、そうですね」


 あからさまに不機嫌な僕の態度を見ているだろうに、ネリス教官はただ嬉しそうに笑うだけだった。


「んじゃ、ちゃちゃっとエントリー用紙に必要事項を記入して渡してくれ。流石にこれを偽ぞ……代筆すんのはちょっとマズくてさぁ」


 あいかわらずの発言に呆れながらも、僕は仕方なく渡された用紙の空欄を埋めていく。

 とはいえ、名前に所属クラスと位階、あとは一言コメントの欄があるだけで、簡素なものだ。


「名前はちゃんとフルネームでな。お、自分の今の位階とか分かるか? ん?」


 よっぽど機嫌がいいのか、僕の肩越しに用紙を覗き込みながらうざ絡みしてくる教官を左手で押しのけながら、右手で用紙に項目を記入。

 数十秒で全てを書き上げると、僕は無言で用紙を教官に突き返した。


「ん、確かに! じゃ、これが参加証とルールをまとめた紙だ。なくすなよ!」


 気持ち悪いくらい上機嫌なネリス教官になんだか嫌な気持ちになったが、この人の悪だくみのおかげで致命的な事態を避けられたのも事実。

 教官に構っている時間がもったいないし、今は大会への対策を最優先にするべきだろう。


(とにかくまずは、レベルを上げて能力を揃えないと始まらない。それから、使える技の吟味をして……)


 幸いにも、この大会のルールは一応「実力が劣る選手でも勝機がある」ようになっている。

 立ち回り次第で優勝も不可能じゃないはず。


「それじゃ、僕は位階レベル上げをしなきゃいけないので、失礼します」


 そう言って、そそくさと教官の前を去ろうとしたのだけど、


「あん? なぁに言ってんだ、お前」

「なに、って……」


 教官の本気の戸惑いに、足を止めずにはいられなかった。


「ははーん。さてはお前、他人事だと思って、説明ちゃんと聞いてなかったんだろ」


 教官はこんな時ばかり図星をさすと、「まったく、しょうがねえなぁ。私がいたことに感謝しろよ」と言いながら、僕からさっき自分で渡したルール一覧を奪い取る。


「あ、ちょっと!?」

「なぁんか大昔の大会に色々不正があったみたいでな。今でも変なルールがいっぱい残ってて……お、あったあった! これだ!」


 そうして、教官がピンと指さした先には、



「ほれ、大会のエントリー時と位階レベルが三以上違ってたら問答無用で失格だぜ」

「…………え?」



 僕にとって絶望的な内容が、記されていたのだった。

詰みです!




次回、アルマくんが見出した色違い優勝トロフィーゲットの裏技とは?

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かっこいいアルマくんの表紙が目印!
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ついでににじゅゆも


― 新着の感想 ―
[一言] 計画的だったであろうレベル上げの期間が減ってしまいましたわよ?
[良い点] 最低な所あるけど、回を追うごとにだんだん教官が好きになってきた。
[一言] "その世界がゲームだと〜"は本当に面白かったし何度もそうくるのかぁと思わせられた。 ネタが尽きたのか今作は意表を突かれるような意外性はまるで無く、おまけに漫画等でもよく揶揄される「筋書きに…
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