第七十八話 次なる道しるべ
「――て、やぁぁぁぁぁ!」
気合の声と共に僕の正面に剣が迫る。
その速度は、前世のオリンピック選手もかくや、というほど苛烈なもの。
でも、
「それは、読めてる!」
迎撃の準備はもう出来ている。
「これ、でぇ!」
僕はその剣による一撃を正面からは受けず、剣の背で斜めに受け流すようにしてさばく。
「今度は、こっちの番だぁ!」
上体が泳ぎ、死に体となったところを、返す刀で斬りつける。
ただ、敵もさるもの、
「ま、まだまだです!」
我ながら会心の一撃と思った斬撃は、かろうじて引き戻された剣によって間一髪で防がれ、
「これで、終わりです!!」
裂帛の気合と一緒に剣ごと押し返された僕は、ついに地面に倒れ込んだ。
わずかに遅れ、僕の眼前に剣が突き出される。
――勝負あり、か。
僕は肩を竦め、僕を下した相手を称賛する。
「……参ったよ。流石だね、レミナ」
「えへへ、レオハルト様こそ」
そう言って、互いの健闘を称え合って僕らは握手を交わして……
「――いや、雰囲気出してるとこ悪いけど、あんたたちは間違いなくこのクラスの最弱ペアだからね」
それを、無粋な傍観者の心無い一言によって壊された。
「あ、あのなぁ! 言っていいことと悪いことってのがあるんだぞ!」
「そ、そうだよ、トリシャ! レオハルト様だって、一生懸命やってるのに!」
僕らがトリシャに食ってかかると、トリシャは呆れたように息をついた。
「そういう台詞は、あっちくらい真剣にやり合ってから言いなよ」
そう言って彼女が指さした先には、今まさに激戦を繰り広げる二人。
「――セイリア! 悪いが今日は、オレが勝ちを拾わせてもらうぜ!」
そう言って、太陽のような雰囲気を持つ少年、ディークくんが大きな剣を振りかざし、その巨大さからは信じられないほどの速度で振り下ろせば、
「遅いよ!」
対する細身の剣を持った少女剣士、セイリアの動きはまさに電光石火。
大剣を紙一重で躱し、僕の「雷光」の二つ名のお株を奪うような、もはや視認困難な速度の反撃の刃をディークくんの身体に叩き込む。
似たような台詞で似たような試合展開だけど、その内容は雲泥の差。
先ほどの僕とレミナの戦いが子供のチャンバラに思えるような熱戦だ。
(前世基準、というか現実基準で考えれば、僕やレミナでも十分すごいはずなんだけど)
地球でのトップアスリート程度の肉体スペックでは、ファンタジー世界の住人には敵わない。
僕らがプロスポーツ選手並みの動きだとしたら、セイリアとディークくんの戦いは、まるっきり映画の中の超人同士の戦闘だった。
(このクラスの剣術のトップ、ってなるとやっぱりこの二人だよなぁ)
ほかの〈ファイブスターズ〉も近接戦闘が強い人もいるし、皇女などはあからさまに手を抜いている気配が漂っているけれど、少なくとも目に見える形で一番すごいのはセイリアとディークくんのツートップ。
(この前、ディークくんは「剣がメインで魔法は気にしてない」みたいなこと言ってたけど、言うだけのことはあったな)
今のところ単純な剣の腕ではセイリアに一日の長があるようで、ディークくんが勝つことはほとんどないようだけれど、それでも〈ファイブスターズ〉の一人であり、おそらくゲームのヒロインの一人であるセイリアと勝負になっているというだけでもうすごい。
それに、今は練習用の剣で純粋な剣術勝負をしているから終始劣勢だけど、これが実戦準拠でなんでもありとなるとディークくんの勝率はグッと上がり、セイリアの一撃の軽さを得意の剛剣で押し切って勝ちを拾うこともあるようだ。
僕とレミナがほけーっとセイリアたちの訓練を眺めていると、コホン、とトリシャが咳ばらいをする。
「まあ、あそこまでやれとは言わないし、レミナが剣だとダメダメなの、もう分かってたけどさ。レオっちの方は流石に、レミナに剣で負かされちゃうのは焦った方がいいと思うよ」
「うっ」
痛いところを突かれて、僕は思わずうめき声を出してしまった。
「に、兄さんは、筋がいいって言ってくれたんだけどなぁ」
視線を逸らしながら、そんな言い訳にもならない言い訳をするけれど、あの人はアレはアレで兄バカというか、身内に甘いところがある。
あれはやっぱり、リップサービスという奴だったのかもしれない。
「や、レオっちについてはもう筋がどうこうって以前の話でさ。何するにせよ、基礎能力が低すぎなんだって」
「あ、やっぱり?」
呆れたように言われてしまえば、反論する余地もない。
魔法や武技で下駄を履いていなければ、どうしても基礎能力、つまりはステータスの差というのが如実に生きてくる。
僕のレベルはいまだに25で、次に低いのがレミナの32。
でもAクラスのほかの人は大体がレベル50をあっさりと超えてきているのが大半な訳で……。
つまり、僕とほかの人たちとの間には倍のステータス差が……とまではいかないまでも、技術で埋めがたいほどに大きな開きがあるのだ。
「いつか、ダンジョンにでも位階を上げに行かなきゃなぁ」
僕が呑気にそう言うと、トリシャは「ふぅん」と意味ありげにつぶやいた。
「……その様子じゃ、大会には興味ないみたいだね」
「あぁ。なんかもうすぐ、剣術の大会があるんだっけ?」
僕が軽い調子で答えると、トリシャは眉をしかめた。
「〈捧剣練武大会〉、ね。もう百年も続く由緒ある大会で、今年はちょうど節目の年ってことで色々と学校側も力を入れてるし、これに優勝するのが夢って学園生もいるのに」
「あはは。残念だけど、あんまり興味ないんだ。そもそもクラスでたった二つの代表枠に選ばれるようなもんじゃないしね」
自慢じゃないが、僕は絶対原作守護るマン。
当然学校の行事予定は擦り切れるほど目を通したけれど、次の大会のシナリオへの影響度はきわめて低いと判断した。
(今の僕ならまだしも、原作アルマくんがこの段階でAクラス代表に選ばれるとは思えないし……)
何より、この大会は全学年参加のトーナメント。
どうしても優勝がしたければ、来年か再来年に挑めばいいのだ。
「ま、今回は、セイリアとディークくんのお手並み拝見かな」
そう言って、他人事のように笑って――
――いた時期が、僕にもありました。
数日後、僕はクラスの代表選手だけが集められた説明会の場で、自分がこの世界の鬼畜さを見誤っていたことを思い知らされる。
「……冗談、だよね?」
大会の実行委員が示した、第百回大会の特別記念トロフィー。
それを目にした瞬間に、僕の呼吸は止まった。
《剣の栄光(貴重品):第百回英雄学園捧剣練武大会に優勝した証にして、魔王に至る四つの鍵の一つ。「栄光は、確かに此処に在った……」》
武術大会編、開幕!