第四十話 イベントクリア
(……よし! うまくイベント攻略出来たな!)
これまで色々と空回ってきたが、初めてうまく原作を守護れた気がする!
湧き上がる達成感に、僕が拳を握りしめて軽くガッツポーズを取っていると、
「――ア゛ル゛マ゛の、バガァアアアアアアアアアア!!」
ビタン、と音を立てるほどの勢いで、小さな妖精が僕の胸に飛び込んできた。
「逃げろっで言っだのにぃ! アルマ死んじゃうがど思っだあああ!! うあああああああああん!!」
それは、瞳いっぱいに涙をあふれさせたティータだった。
たぶんほかの人には見えなかっただろうが、ティータはこの戦闘の間中、僕の身を案じて色々と気をもんでいてくれたようだった。
「ご、ごめん。いや、派手にやられてたように見えてたかもしれないけど、見かけほどダメージはなかったから……」
流石に〈シルフィードダンス〉を使うのはちょっとズルい気がして、正統派攻略の道筋を探っている間に割とボコスカと殴られてしまったけれど、相手がやってきたのは武器もなしの通常攻撃ばっかりで、正直拍子抜けだった。
こっちはHPが残っていれば大した怪我なんてしないと分かっているし、ちょっと視線を上に向ければ自分のHPバーが見えるのだ。
そんなもん怖い訳がない。
(とは言ってもまあ、HPが一割切ってるの見た時は、流石にちょっとビビったけどね!)
これを言ったらティータにますます心配されそうだから口には出せないが、いや、それでも問題なく相手を倒せたのだから、結果オーライと言えるはずだ。
ただ、そんな理屈は暴走した妖精様には全く通用しなかった。
「うぅぅぅ! ばかばかばかばかばかばか!!」
「ご、ごめんって」
泣きながらポカポカと胸を叩くティータをあやしながら、僕は考えを巡らせる。
問題は、この戦闘の原作における位置づけだ。
(これ、明らかに段階踏んで簡単になってるし、たぶん連続イベントというか、模擬戦に負けた場合の救済戦闘だよなぁ)
「女の子に難癖つけられて模擬戦」と「ヤンキーに目をつけられた女の子を庇ってケンカ」では後者の方が難易度高そうに見えるが、実は攻略難易度で言うとさっきのケンカの方が格段に簡単だ。
模擬戦のあとでこっそり見てみたけれど、セイリアのレベルは84。
おまけに魔法を防ぐ鎧と強そうな剣を装備している上に、おそらく模擬戦中はガンガン技を使ってくる。
戦闘タイプが敏捷特化というのも格上の場合はやりにくく、レベルがこっちより50上の動きの速い剣士とか絶望しか感じない。
一方で、ランドとかいうこのヤンキー。
レベルは50しかないみたいで、おまけに防具もまともに装備してないばかりかなぜか開幕で武器を投げ捨て、素手での戦闘を仕掛けてくる謎AI。
かといって特に拳の熟練度が高い訳でもなく、技もアホみたいに熟練度が低い〈精霊衝〉を一度使ってきただけの完全舐めプ仕様だった。
戦闘タイプもあからさまなパワー型で敏捷も防御も低く、「見た目強そうなのに隙がある」というやられ役の典型。
最後に〈シルフィードダンス〉を使ってしまったとはいえ、こっちの〈精霊衝〉にあっさりと当たってそのままワンパンKOされてしまったのがその証明と言えるだろう。
終わってみれば、製作スタッフのさりげない難易度調整が光る一戦だった。
(実際問題、コイツは大して強くなかったというか、ゲームだったらそれこそ開幕ファイアすれば一発で勝てただろうし)
魔法の方が武技よりも消費MPが多いとはいえ、流石に〈ファイア〉一発分くらいのMPは残っていた。
セイリアと違って魔法を防ぐ鎧なんて着けてないし、ゲームだったら避けにくくて威力もある〈ファイア〉をお見舞いして即KOのルートが安定だったんだろうけど……。
(〈ファイア〉なんて当てたら、絶対こんなもんじゃ済まなかったよね)
僕は壁にめり込んだランドを見て、ほっと胸を撫でおろす。
ここはゲームではなく現実世界。
オーバーキルしても模擬戦とかなら普通にピンピンしてたりする不思議世界とは違うのだ。
上半身が消し飛んだ木人を思い起こすまでもなく、あんなものは学生同士のケンカに持ち出していい威力じゃない。
(……え、本当にまだ生きてるよね?)
急に不安になった僕は、ランドに駆け寄った。
もちろん僕に医学の心得とかはないが、
(あ、HPミリ残ってるじゃん! よかったぁ)
僕には僕にしか出来ない体力の判別方法がある。
ランドの頭上に浮かんだHPバーは、彼の命に別状はないことを僕に雄弁に語ってくれた。
(というか、むしろこれってまずいか?)
いきなり起き出して逃げ出したりしたら僕じゃ捕まえられないし、ゲームとかだと悪人に利用されてまた襲いかかってくるのが通例だ。
僕はせめて拘束でもしようかとランドの方に足を踏み出して、
「……ん?」
ランドの近くに、真っ黒なアンプルが転がっているのが見えた。
(そういやこれ、セイリアに使おうとしてたような……)
もしかして、媚薬とかだったりするんだろうか。
僕はちょっとだけドキドキしながらアンプルに目を凝らすと、ピコン、と説明文が浮かんでくる。
《人形の薬(消耗品):服用後二十四時間、対象の筋肉を溶かし続けて腕力と敏捷を大きく減少させる。ただしHPが残っている場合には効果が薄い》
(筋弛緩剤だこれぇ!)
え、ガチな奴じゃん。
明らかに女の子にイタズラ目的でウェーイな奴らが使っちゃうタイプの薬(偏見)じゃん!
チラッとセイリアを見る。
彼女は鎧を剥ぎ取られて着衣も乱れ、どこか赤い顔でこちらを見つめていて、そう言われるとなんだか色っぽく感じてしまう。
いや、まあ、〈フォールランドストーリー〉はエロゲじゃないと思うから、そういうシーンが描かれることはないとは思うけど、もしかすると本当にやばいところだったのかもしれない。
(これ、持っておくの嫌だなぁ)
と思いながら、アンプルもとりあえず回収して、
「あ、そうか」
そこで、名案を思い付いた。
いまだ目覚める様子のないランドに近付くと、プシュ、っと黒い筋弛緩剤を投入する。
HPがミリ残りしてるから100%の効果は発揮しないだろうけど、これで二十四時間は弱体化するはずだから「目が覚めて逃亡」なんて事態も防げるだろう。
明らかにまともな薬じゃないし、もしかするとやばい副作用とかあるかもしれないが、セイリアに使おうとしてたんだし何かあっても自業自得だ。
(――犯人逃亡も防げてやばい薬も始末出来た! ヨシ!)
僕は壁にめり込んだままピクピクと痙攣するランドを見守って、うんうんと自画自賛をしたのだった。
インガオホー!!