第百六十四話(裏) 世界樹の戦い
それは、湧き続ける魔物の襲撃を止めるため、僕が世界樹の中に入り込んだ時のこと。
「――〈ふぁ・る・ぞ・ぉ・ら〉」
そこに潜んでいたレベル180のモンスター、〈世界樹の落胤〉のうちの一体が、僕に火属性最強魔法〈ファルゾーラ〉を放ってきた。
通常の手段での回避は不可能。
(――〈絶影〉! 〈火走り〉!)
だから僕はとっさに、使い慣れた「攻撃」技で瞬間移動。
〈火走り〉で後隙を消しつつ、体勢を立て直した訳だけれど……。
(クソ! 出口が遠ざかった!)
この技は、移動先の場所をきちんと見据えておく必要がある。
急な回避で後ろを向く暇なんてなかった僕は、当然放たれた炎をかいくぐるように、「前」に回避することになってしまった。
それでも、当面の危機は去った……はずだったのに。
「なっ!?」
回避した先に突如として現れたのは、両手を模した触腕を振り上げる、ヒトガタの怪物。
(瞬間、移動……!?)
ぞわっと悪寒が身体を駆ける。
(まずい、ぞ)
この能力が示す脅威は、単純な戦闘力の増大だけじゃない。
僕が本来入り込む道のなかった世界樹にやってこれたのは、〈絶影〉による瞬間移動を使ったから。
つまり、もしもこの怪物たちも、僕と似たようなことが出来るとしたら……。
――こいつらは、「世界樹の外」に出ることが出来るかもしれない。
振り下ろされた触腕を避けながら、僕は歯噛みする。
「ふざ、けるなよ!」
ゲームではありえないことだが、現実となったこの世界なら、逃げた僕を追いかけてこいつらが外の世界に飛び出していく可能性は否定出来ない。
(……もしもこいつらが外に出たら、どうなる?)
想像、してしまう。
この森は、深層のモンスターでさえ、最高レベルは95程度。
そんな想定の中に、レベル180なんてバカみたいなレベルのモンスターが出てきてしまったら……。
(――原作なんて、粉々になっちゃうじゃないか!!)
一瞬で、思考が振り切れる。
さっきまで感じていた死の恐怖も、突然の事態に対する怯えも、どこかに遠ざかっていく。
(逃げるのは、なしだ!)
強く強く、刀を握りしめる。
――僕は、絶対原作守護るマンだ。
その僕が、自分のミスで犠牲を出して、あまつさえ原作まで崩壊させるなんて、そんなことだけは絶対に許容出来ない!
(こいつらはここで、全滅させていく!!)
外にレミナを待たせているから、あまり時間はかけられない。
それに、これだけの高レベルモブだ。
どんな奥の手があるか分からないし、長引かせてしまえば、未知の攻撃をくらって僕が殺される可能性はある。
(……だと、したら)
それを可能にするのは、あらゆる攻撃の中で唯一エリア全体を攻撃出来る〈絶禍の太刀〉をおいてほかはない。
ただし、当然ながら通常の〈絶禍の太刀〉では、威力が足りない。
武技は一度使えば五分のクールタイムが発生するため、連打することも出来ない。
ならば、どうするか。
――〈絶禍の太刀〉の威力を、極限まで高めるほか、ない!
覚悟は決まった。
僕は決意と共にメインウェポンである現存唯一の刀装備、〈折れた刀〉を握りしめ、メニューから〈絶禍の太刀〉を発動させ……。
――それを、重ねる。
「絶禍の絶禍の絶禍の絶禍の絶禍絶禍絶禍――」
たった一度では、まるで足りない。
思考操作で、狂ったようにメニューの〈絶禍の太刀〉を連打する。
しかし、怪物たちもそれを座視して待つばかりじゃない。
「――〈ふぁ・る・ぞ・ぉ・ら〉」
「――ヲヲヲヲヲヲヲ!!」
ついに、怪物たちが動く。
いつのまにか僕の周りを取り囲んだヒトガタ共は、僕に向け、ある者は炎を、ある者はその触腕を、またある者は酸性の樹液のようなものを撃ち出して、僕を殺そうとしてくる。
けれど僕は、それを避けない。
「絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍――」
炎が、触腕が、酸が、僕の身体を焼き、打ち、溶かしていく。
視界が真っ赤に染まり、頭上に浮かぶHPゲージが冗談みたいな勢いで削られていく。
「絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍――」
それでも、僕は動かない。
ただひたすらに技を重ね、重ね、重ね続けて……。
「絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍絶禍――ッ」
苛烈な攻撃に視界が染まり、ついにHPゲージが一割を切った、その瞬間!
「――〈絶禍の太刀〉!!」
解き放たれた最強の一撃が、周囲にはびこるヒトガタ共を一瞬にして切り裂いたのだった。
※ ※ ※
技が終わった直後、クソデカファンファーレと共に、勝手にメニュー画面が開く。
――――――――――――――――――――――
GET TREASURE!
世界樹の葉 NEW!
世界樹の雫 NEW!
世界樹の葉
世界樹の小枝 NEW!
世界樹の葉
闇霊の真核 NEW!
世界樹の葉
世界樹の葉
闇の触媒Ⅷ NEW!
世界樹の小枝
世界樹の葉
世界樹の枝 NEW!
世界樹の葉
世界樹の雫
世界樹の葉
邪霊の真核 NEW!
世界樹の葉
世界樹の小枝
世界樹の霊薬 NEW!
世界樹の葉
世界樹の枝
世界樹の雫
闇の触媒Ⅸ NEW!
世界樹の枝
世界樹の樹液 NEW!
闇の触媒Ⅸ
世界樹の霊薬
闇の触媒Ⅸ
世界樹の樹液
闇の触媒Ⅹ NEW!
邪神の霊核 NEW!
世界樹の神薬 NEW!
創世樹の苗木 NEW!
世界樹の枝
邪霊の真核
世界樹の蜜 NEW!
世界樹の樹液
………
……
…
――――――――――――――――――――――
現れたのは、大量の世界樹素材を満載したトレジャー獲得画面と、レベルが一気に108まで上昇したことを報せる、レベルアップ通知。
「……たお、せた?」
リザルト画面が出たということは、このフロア内の敵は一掃出来たということ。
緊張が解け、思わずその場に座り込みそうになるけれど、
「って、やば!」
外にはレミナを残したままだ。
彼女一人だと深層のモンスターは荷が重いし、あまり遅くなると中で何かが起こったと疑われてしまう可能性もある。
「は、早く戻らないと!」
僕は体力回復のため、慌ててルナ焼きを口に放り込んで、外に続く隙間にダッシュ。
〈絶影〉を使って素早く外に出ると、レミナと合流した。
幸い、なんとか原作を壊さずに済んだのだ。
これ以上ここに留まって、余計なイベントでも起こったりしたらたまらない。
状況に混乱したのか、要領を得ないことを言うレミナの手を取って、僕らは一目散にその場から逃げ出した。
――逃げる途中、僕は何度も振り返ったけれど、「世界樹の中から魔物が飛び出して追いかけてくる」なんてイベントは、起こらなかった。
※ ※ ※
そして、時は戻って、現在。
僕は当時のことを思い出して、思わず目を細めていた。
(いやぁ、今振り返るとだいぶ危ないことしてたけど、まあ結果オーライ、かな)
まず戦闘面について言えば、確かに最大威力の〈絶禍の太刀〉……今で言うところの「フルチャージ絶禍の太刀」はめちゃくちゃ強い。
ほぼバグみたいな運用で、原作から逸脱しすぎているから人前では使えないが、必殺技と呼ぶのに十分な威力を秘めている。
ただ、あの時はまだ誕生日の強化前だから、「チャージ」の効果も今ほどではないし、レベル180の雑魚が出てくるフィールドであれば、あれで倒しきれないことも考えられた。
もうちょっとHPに余裕を持って戦うべきだったかな、というのは反省点だ。
(それに……)
もう一つ、別方面で危なかったのは、僕のレベルだ。
僕はあの〈討伐演習〉でレベルを一気に80から108まで急上昇させたが、考えてみればこれはおかしい。
この世界……〈フォールランドストーリー〉の経験値のルールはかなり厳格で、かつレベル100を超えてからのレベルの上がりは非常に渋い。
本来はレベルが六以上離れたモンスターを倒してもほとんど経験値は得られないはずなのに、深層のモンスターは一番レベルの高い奴でもレベル95程度。
つまりは深層のモンスターをたかだか千体倒した程度で、レベルが108まで上がることは普通に考えたら絶対にありえないのだ。
(普通なら疑われると思うんだけど、学園の人は誰も、僕の仲間たちすらあんまり気にしてなかったんだよね)
この世界の人たちが、あまりゲーム的な考え方をしないことに救われた、といったところか。
あるいは「まあコイツだったらそれくらいありえるか」とか思われていた可能性もなきにしもあらずだけど、精神衛生上考えないようにする。
ともあれ、今はスフィナさんのことだ。
「……って感じのことがあってさ」
世界樹で手に入れた、あからさまに一つだけ毛色の違うこの〈創世樹の苗木〉というアイテム。
これがおそらくスフィナイベントの要になるのだろうと、ところどころぼかしつつ、当時のことを語って聞かせたんだけど、
「ごめん。待って、やめて。吐きそう」
スフィナさんは高濃度のお酒でも一気に口に突っ込まれたような様子で、なぜかヘロヘロになっていた。
(ま、まあ、ひきこもりだったらしいし、やっぱり長時間の会話は苦手なのかな?)
会話酔い、とかあるんだろうか。
なんて僕がそんなバカなことを考え始めていると、
「……ヨシ!!」
パシン、と強い音を立てて、スフィナさんが両手でほおを叩く。
急にこの人何してるんだろ、と内心ドン引いていると、妙に覚悟の決まった目で、スフィナさんがこっちに向き直った。
「僕の目的は、あくまで弟を治すことで、それ以外は今はどうでもいいんだ。色々と衝撃的なことはあったけど、ひとまず忘れることにするよ」
妙にキリッとした顔で僕に向き直ると、真剣な目で訴えてくる。
「ほしいのはただの葉で、〈創世樹の苗木〉じゃなくていい。いや、〈世界樹の葉〉じゃないとダメなんだ。僕の弟を治す〈世界樹の霊薬〉を作るためには、どうしてもその〈世界樹の葉〉が必要なんだ!」
彼女はそう熱く訴えかけると、
「――だから頼む、アルマくん! 弟のために、〈世界樹の葉〉を譲ってほしい!」
その場で、深く深く、頭を下げた。
「ス、スフィナさん!?」
焦る僕に、スフィナさんは必死に言葉を重ねる。
「ずっと、ずっと治療法を探し続けて、やっと見つけた希望なんだ! だから、だから頼む!」
「それは……。いや、でも……」
熱意に押され、思わずうなずきそうになって、直前で思い留まる。
しかし、ためらう僕に、スフィナさんはさらなる熱量で畳みかけてくる。
「僕に出来ることならなんでもする! 一生、君の奴隷になれと言われても、構わない! だから、だからどうか、〈世界樹の葉〉を……」
必死に訴えてくるスフィナさん。
けれど、僕はそれでもうなずけなかった。
「ああ、いや、そうじゃなくて……」
もちろん、一番貴重であろう〈創世樹の苗木〉を渡すつもりでいたのだ。
今さら、大量に入手した〈世界樹の葉〉一枚を、惜しむつもりはない。
ただ……。
「――作りたいのが〈世界樹の霊薬〉だったら、完成品もあるよ?」
そう言って僕が霊薬を取り出してみせると、スフィナさんは「むきゃああああ!!」と知性0の叫び声をあげたのだった。
やったね、スフィナちゃん!
あとは短いエピローグだけなので、今日もう一話更新予定です!





