第二百三十七話 皇女の仕事
遅くなりました!
今まであまり触れてこなかったフィルレシア皇女サイド……いえ、SIDEのお話になります!
「……そうです、か。サスティナス領は、救われたのですね」
腹心であるスティカからの話を聞いて、フィルレシア皇女は深くうなずいた。
その仕種に、どのような意味がこめられているか。
それは余人には窺い知れない。
「ですが、ふふ。またアルマさんですか。あの方は、あいかわらず型破りで見ていて飽きませんね」
「フィルレシア、様……」
楽し気に微笑むフィルレシアを、しかしスティカは複雑な表情で見守っていた。
素直に考えるなら、サスティナス領の問題が解決に向かったことも、メイリル・サスティナスが救われたことも、喜ぶべきこと。
しかし、それによってメイリル・サスティナスは実験体になる動機を失った。
そうなれば……。
「ええ。魔導局は、圧力を強めるでしょうね」
実験対象を失った魔導局が荒れ、唯一残った実験体候補である錬金術師スフィナに、そして彼女と近しいフィルレシアに、さらなる圧を加えることは間違いがない。
そして、その予想を裏付けるかのように、部屋の扉がノックされる。
「――軍部の方ですね。どうやら、久しぶりの『お仕事』の時間のようです」
スティカが不安そうに見守る中、フィルレシア皇女は優雅な所作で立ち上がると、迷いない足取りで扉に向かって歩き出した。
※ ※ ※
その「仕事」の見届け人になったのは、騎士団の古株、第三騎士団長のギャラック・クロスだった。
「ほほほ。それでのう。孫娘が言ったのよ。『おじいちゃんのためにおはなをとってきたのよ』とな。鬼のギャラックと言われた儂の涙腺も、流石に緩くなってしもうて……」
その印象は、よくしゃべる好々爺、といったところ。
いかにも善良な話し好きで、帝国における最高戦力の一人に数えられるようにはとても見えない。
話す話題もとりとめがなく、誰かが聞いていたとしてもすぐに興味を失ってしまうような、退屈なもの。
「それでのう! 昔は月に一度は会って酒を酌み交わしたというのに、ジェリドーもコンラッドも、近頃は顔すら見せん! シュリとフィリップの奴めも、たまに顔を合わせる度に忙しい忙しいと、この老骨に酒の一つもおごろうとはせん! 薄情だとは思わんかのぅ!」
「……そうですか。それは大変ですね」
しかし、フィルレシア皇女はそんなギャラックの言葉を聞き流しながらも、全く別の印象を抱いていた。
(……食えないお方ですね)
彼が一見能天気に話している内容に、フィルレシア皇女はため息をつきたいところだった。
(情報提供は、助かるのですけれど……)
彼が出した名前、ジェリドー、コンラッド、シュリ、フィリップは、それぞれ騎士団の団長の名前。
それが意味するところは、明白だ。
(第六と第八騎士団長は消息不明。第四と第七の騎士団も限界に近い、といったところでしょうか)
帝国が誇る最強の騎士団のトップが欠け始めている。
これは明らかな異常事態だ。
(やはり、もう時間は残されていない、と見るべきでしょうね)
あらためて、フィルレシアが危機感を高めていた時、
「――ところで、じゃがのう。こいつを見てくれんか?」
皇女の目の前に、ぬっとギャラックの腕が差し出される。
そこに見えたのは、
「……花?」
騎士団長という立場に合わぬ、質素な花をあしらったブレスレット。
(いや、これは……)
フィルレシアが違和感に行きついた瞬間、
「――そう! 孫が摘んできてくれた花なんじゃよ!!」
ギャラックが大声でネタバラシをする。
「これは孫がくれた花を魔法素材でコーティングしたものでのう! 数十年、いや数百年は持つようにエンチャントされておるし、チンケな剣や魔法くらいじゃビクともせん!」
突然の爺馬鹿宣言に、流石のフィルレシアも一瞬だけ眉をひそめた。
「……それは、すごい技術ですね」
かろうじて絞り出した言葉。
そこに、ギャラックは食いついた。
にやりと笑って、告げる。
「そう、すごいんじゃよ! 何しろこのブレスレットは、知る人ぞ知る錬金術師〈イーパン・ジーン〉が作ってくれたのじゃからな!」
「それは……」
その言葉に、フィルレシア皇女は表情こそ変えなかったものの、わずかに動揺を見せた。
イーパン・ジーンというのは、錬金術店を営む時のスフィナの偽名。
この老人は、魔導局に狙われているスフィナ・コレクトと会い、この酔狂なブレスレットを作ってもらったと言っているのだ。
悪戯を成功させた子供のように無邪気に笑うと、ギャラックは続けた。
「儂はな。思うんじゃよ。戦いに強いことだけが、人の価値ではない。仮に戦闘力なんぞなくとも、それぞれのやり方で帝国を支えられるのならばそれでよい、とな」
動揺していても、しみじみとつぶやかれたその言葉の意味が分からないほど、フィルレシア皇女は鈍くはなかった。
呆れたように息を吐きだし、問いかける。
「……貴方ほどの人が今回の見届け人を引き受けたのは、それを伝えたかったからですか?」
温度を感じさせない声に、ギャラックはほっほと笑って首を振る。
「まさかまさか。儂が来なければならぬほどの相手である、というだけじゃよ。……と話しておったらついたようじゃ」
やってきたのは、薄暗いダンジョンの入り口。
ギャラックが手を上げると、見張りの騎士らしき男が敬礼をして、その道を空ける。
空気に重みすら感じるほどの濃密な瘴気。
その中に笑顔で分け入りながら、ギャラックは告げる。
「ま、百聞は一見に如かず、じゃ。『視て』みるとよい。そうしたら分かるじゃろう。どうして儂が呼ばれたか。……いや、儂が呼ばれなければならなかったかが、の」
ギャラックの言葉には答えず、フィルレシアは洞窟に足を踏み入れる。
カツリ、カツリと音を立てて通路を進み、やがて彼女は「そこ」へと行き着いた。
わずかに開けたその場所にあったのは、地面に突き立てられた全高三メートルほどの十字架。
そこには、フィルレシアの〈浄化〉対象である、巨大な肉塊がくくりつけられている。
「――ッ!」
魔道具でその異形を『視た』フィルレシア皇女は、思わず息を飲む。
その理由は、単純……。
LV201 #※@♭#・%@♭#&%
その肉塊は、彼女が今まで遭遇したどんな魔物よりも強い力を持っていた。
蠢動する闇!
次回更新は明日です!





