第二百三十三話 敗北
(……本当に、メイリルさんは慕われているなぁ)
兵士の人たちに僕が用意した〈魔法契約書〉を配るメイリルさんを見ながら、僕は一人、感慨にふけっていた。
(やっぱり僕が言ったんじゃ、あそこまでスムーズにはいかないよね)
メイリルさんの協力者ということで、街の人からはある程度協力的な視線を向けられることが多い僕だけれど、スライム騒ぎでひと悶着あった兵士の人たちには妙に警戒されている。
だから魔法契約書もメイリルさんから渡してもらった方がいいという判断だったんだけれど、それが見事にはまった形だ。
(まあ、アイテムもそれで覚えられる魔法も、メイリルさん自身がすでに試したものだしね)
説得するメイリルさん本人が「これは危険なものではない」と身をもって体験している訳だから、説得力が違う。
無事に兵士たちに契約書が配られていくのを見て、僕はうんうんと後方監督面でうなずく。
「これで、第一段階は突破、かな」
メイリルさんは気付いていなかったようだけど、スライムになったメイリルさんを抱えて街まで移動する時、ある程度の実験は済ませてある。
みんなで魔法を使って進めば、風精に煩わされることなく遺跡まではたどり着けるはずだ。
ただ……。
(――〈風鎮めの儀式〉にはまだ隠された秘密がある。そんな気がする)
メイリルさんの妙に悲壮な態度や、シャームさんが儀式のことになると不自然に話を逸らす様子から、僕はさらなる波乱の気配を感じ取っていた。
本番は、遺跡に到着してから。
そういう心づもりでいた方がいいかもしれない。
(でも、そう考えるとこの流れは完全にイベントの想定ルートっぽいんだよね。思い切って原作を壊すつもりでやってきたけど、大筋は原作に沿う形でやれているんじゃないかな?)
旗を扱えるようになる方法や、遺跡までの進み方。
そういう「手段」の部分は正規ルートとほんの少しズレているかもしれないが、ストーリーの流れ自体は原作と同様に進められている感触があった。
もちろん、だからって気を抜く訳にはいかない。
今が順調だからこそ、このままイベントを完遂しなければ!
「それじゃあ、今から証明します。その魔法が、皆さんの身を風精から守護る新たな光となることを!」
僕は決意を込めて宣言し、ついに遠征の未来を決定する実演が始まった。
※ ※ ※
メイリルさんと兵士の皆さんを連れ、街の外に出る。
「では、あらためて。これから皆さんに覚えてもらった魔法を使った、風精対策をお見せします」
そうして、僕が目配せすると、メイリルさんが前に出る。
背後からわずかにざわつきが起こるが、誰にだって出来るということを証明するには、僕ではなく、メイリルさんがやることに意味があるのだ。
「大丈夫。メイリルさんは、前に使った時と同じように、魔法を使うだけでいい。あとは、魔法が勝手にやってくれるよ」
緊張した様子のメイリルさんに声をかけると、彼女はうなずいて、空を飛び回る風精に向かってさらに歩を進めた。
接近によって、風精がメイリルさんの姿を捉えたと同時、
「行きます!」
力のこもった声と共に、メイリルさんは魔法を詠唱し始める。
それは当然、学園で僕が彼女に覚えさせ、彼女の魔法適性を見るために数度使ったあの魔法。
風属性無効の効果を有する、その魔法の名は……。
「――〈スカイトーテム〉!」
メイリルさんの呼びかけに応え、風のトーテムポールが彼女の真横に姿を現した。
「き、来ます!」
直後に響くのは、風精の襲撃を報せる緊張を孕んだ声。
見る間に接近してくる風精に、兵士たちから、
「姫様ぁ!」
という悲痛な叫びがあがるが、風精は彼女を素通りする。
まるで彼女など存在しないかのように、風精の群れは一体残らず彼女の隣、緑のトーテムポールに殺到したのだ。
「なぁっ!?」
兵士の驚く声があがる中、あれほどいた風精の群れは、一匹残らず全てがトーテムポールに突進。
すさまじい勢いでぶつかられるトーテムポールだが、その奇妙なオブジェは決して揺るがない。
しかし、それは当然だ。
なぜならトーテムは自属性に対する完全耐性持ち。
〈スカイトーテム〉に、風属性攻撃は一切効かないのだ。
「し、しかし、なぜ姫様を無視して、柱にだけ……」
驚きに立ちすくむシャームさんたちに、僕はあえてトーテムポールの横、本来なら狙われてもおかしくない位置に歩いて、ネタバラシをする。
「――トーテムだけが狙われるのは、風精が『一番能力の低い相手』を狙うからです」
決め手になったのは、メイリルさんが風精に襲われた時。
彼女の安全を第一に考え、彼女には魔法で風属性を無効化するスライムになってもらって風精の攻撃をやりすごしてもらった。
しかし、普通に考えれば「スライムになったメイリルさんが攻撃された」こと自体がおかしいのだ。
何しろ、スカイスライムは風属性ダメージ無効。
となれば風精はわずかでもダメージを与えられるはずの僕ではなく、絶対にダメージを与えられないメイリルさんをわざわざ選んで殴ったことになる。
「その時に分かったんですよ。狂った風精は知能が低くて、属性に対する耐性を攻撃対象選択の時に考慮していない、って」
世界一ファクトリーのゲームは大抵、敵の気質や知能の程度によって特徴的な行動パターンを作っていて、意図的に弱点を残すことも多い。
その基準でいくと、どうやら風精は脳筋設定。
実際に与えられるダメージではなく、相手の能力値……おそらくは防御力辺りで比較して、弱そうな相手を狙っているのだろう。
それは、遠征の際、前衛の兵士たちではなく、おそらく彼らより能力値で劣るであろう輜重隊が優先して狙われたことからも明らかだ。
「そして、召喚されたトーテムポールの能力は最低値。たとえ生まれたばかりの赤子であっても、トーテムポールよりは強いでしょう」
「つ、つまり、襲われそうになった時にこの魔法を使えば、風精様と戦わずに、素通り出来る、と?」
シャームさんが驚きながら言うが、そこで僕はにやりと笑った。
「それだけじゃありません。あれを見てください」
僕がトーテムの方に水を向けると、目の前の光景に、シャームさんが思わずといったように声をあげた。
「なっ!? 風精様が、薄くなっている?」
何度も何度も、繰り返しトーテムに対して無駄な攻撃を行っていた風精。
彼らはその度に弱り、その身体が少しずつ薄くなっていた。
これが、トーテムが風精対策に向いている、もう一つの理由。
「これは僕も想定していなかったんですが、あの〈スカイトーテム〉は風属性の魔法を中和するフィールドを作ります。それが、魔力の身体を持つ風精を少しずつ消していっているのでしょう」
名もなき精霊とは、各属性の魔力が実体化したような存在。
ゲーム的な魔法効果とはまた別な部分として、風属性の魔法を打ち消す力によって風精は自然と削られていくのではないか、というのが僕の見立てだ。
その見立ての正しさを証明するかのように、
「き、消えた……!」
長い解説の間、ひたすらにトーテムを攻撃し続けた風精は、ついには身体を保てなくなり消滅していく。
そうして、その事実に驚いているうちに、ほかの風精たちも次々に力尽きていき、僕らが見守る前で、あれほどの数がいた風精の群れは一匹残らず自滅していってしまった。
「な、なんという……」
脳のキャパシティを超えたのか、呆然と立ち尽くしたまま動かなくなってしまったシャームさんたちに向かい、今度は切り口を変えて切り込む。
「本来、この魔法には弱点があります。術者一人につき、一つだけしか同時に召喚出来ないこと。耐久力がなく、すぐに壊れてしまうことです。しかし……」
「この人数が全員トーテムを作り出せるなら、一人一つでも十分な数になる!」
シャームさんが勢い込んでそう口にする。
それに便乗するように、僕はさらに言葉を浴びせる。
「はい。それにトーテムは召喚物ですから〈精霊の祝福〉の対象となります。このサスティナス領に限っては、一度出したトーテムは術者が魔法を解除しない限り、半永久的にその場に残り続けるんです!」
「お、おおぉ! それは、おおぉ……」
驚きのあまり、まともな言葉を発せなくなったシャームさんに、僕は内心ほくそえむ。
いや、口止めはお願いしているとはいえ、トーテム魔法が広く知られるのはよくないのだが、トーテムの地位を向上させるべくずっと頑張っていた僕としては、この反応は嬉しい限りだった。
「さて、どうですか? これでも、遺跡にたどり着くのが難しいだなんて弱気なこと、言えますか?」
あえて挑発するように兵士たちに言葉を投げかける。
その返答は、爛々と光る瞳の輝きだった。
そして、兵士たちを代表するように、イケオジのシャームさんが前に出て、ドンと胸を叩く。
「はははは! ここまでされて怖気づく人間など、我らの中にはおりませんよ! この魔法を使わせていただけるなら、遺跡にたどり着くことなど、造作もない!」
「じゃあ……」
僕の言葉に、シャームさんは力強くうなずく。
「ええ。今すぐにでも出発し、遺跡へ遠征を……」
そう、シャームさんが決定を下そうとした、その瞬間だった。
「――待って、ください……!」
そこで、思いがけない横やりが入る。
その声の主は、このデモンストレーションについても事前に話を通していた、僕の協力者。
「メイリル、さん?」
僕が救うべき原作ヒロインであり、一番トーテムの有用性を理解してくれていたはずの彼女が、僕らの前に立ちふさがった。
「ごめん、なさい。アルマさんが、遠征を成功させるためにこの魔法を提供してくださったのは、分かります。でも、ずっと、ずっと、考えていたんです」
申し訳なさそうに、けれど、それでも引けない何かがあると、彼女は僕に、兵士たち皆に訴えかけるように、語りかける。
「この魔法は、確かに素晴らしいです。今までの風精様への対策全てを超える、最高の対抗手段だと思います。でも、いえ、だから、こそ……」
そこで彼女は大きく息を吸うと、僕の目をまっすぐに見つめて、こう、言った。
「――この魔法を各地に仕掛ければ、もう遺跡で儀式なんてしなくてもいい、のでは?」
え?
「………………えっ!?」
こうして、風精の暴走事件は、遺跡や儀式どころか、旗すらろくに使われないまま、瞬く間に終息に向かい……。
僕は学園に入学してから初めて、明確に原作イベントを守護ることに失敗したのだった。
絶対原作守護るマン、敗北!!
次回、メイリル編エピローグになります