第二百三十二話 風鎮め
(や、やっと落ち着いた……)
なんとかサスティナスの街にたどり着いたはいいものの、スライム状態だったメイリルさんが人間に戻ると大騒ぎ。
どうもこのサスティナスの街ではメイリルさんは「姫様」なんて呼ばれて慕われているらしく、彼女がスライムになっていたことにみんな驚いてしまったようだった。
ならばエレメンタライムは危なくないことを身をもって示そうと、僕もその場でスライムに変身してみせたのだけど、不思議なことにそれでさらに混乱が拡大。
ぴょんぴょん跳ねながら「ぼくわるいスライムじゃないよ」アピールをしても効果はなく、危うく斬りつけられそうになった。
メイリルさんがとりなしてくれなかったら、大変なことになっていたかもしれない。
(とはいえ、だ)
ちょっとしたすれ違いはあったものの、街への帰還は叶った。
あとは〈望月の遺跡〉という場所に行って、メイリルさんが儀式をするのを見届けるだけ……のはずなんだけど。
(なんだか、思ったより大事になっちゃってるんだよなぁ)
今、目の前では街の兵士たちが、荷造りや装備の確認やらで大わらわ。
まるで軍隊の出撃シーンのようだ。
「メイリルさんと二人で、こそっと行ってこそっと帰ってくるつもりだったのになぁ」
思わずそんなことをつぶやいた時、
「――ハハハ! それは剛毅ですが、流石に無理があるというものです」
後ろから声がかかって、振り返る。
そこにいたのは、僕らを最初に迎え入れてくれた兵士長のシャームさん。
ちなみに言うと、原作にいたらサブキャラとして人気出そうだなぁっていう感じのイケオジだ。
彼は僕の傍に立つと、諭すように話し始めた。
「〈望月の遺跡〉は、初代様が風精様と契約をした場所で、風精様の復活地点でもあります。つまり、その周辺に近付くほど、風精様の数は増える。いくらお二人が強いと言っても、その目は二つしかありません。たった二人で向かうのは、あまりに無謀です」
それに、と彼は続ける。
「街から遺跡まではかなり距離があります。最短距離を進んでも徒歩なら三日。風精様を迂回したり、あるいは戦闘を挟むなら、もっと時間がかかるでしょう。そうなれば、必然的に食料や野営の準備が必要になります。二人だけで進むには、文字通り荷が重い」
この世界の移動がスムーズなのは、魔法列車や馬車などの乗り物がやたらと速いからだ。
風精の影響下にあるこの土地ではそれが使えないから移動に手間がかかるというのは、納得出来る話ではあった。
まだあるとばかりに、渋面のシャームさんは続ける。
「そして、風精様は言葉を選ばずに言えば、獰猛で狡猾です。過去の遠征では道中で輜重隊が襲われ、撤退を余儀なくされたこともあったと聞いています。物資の護衛体制を作るなら普段以上の人数が必要になりますし、その選抜や準備にはどうしても時間がかかってしまうのです」
狡猾かはともかく、風精が輜重隊を攻撃するというのは僕の見立てとも一致している。
ただ、それはそれとして気になることはある。
「でも、こんなに大々的に準備をして大丈夫なんですか? その、メイリルさんのお父さんに見つかったりとか……」
僕が尋ねると、シャームさんはまるで酸っぱいものでも食べたような表情を浮かべた。
「当主様は……現在床に臥せっておられます。ですから、この支度が当主様に見咎められる可能性はかなり低いでしょう」
「ご病気、なんですか?」
その表情に何かあると直感した僕はそう突っ込んだけれど、
「……そう、ですね。病気、です。長いこと患っておられて。そのせいで、〈風鎮めの儀式〉もここ十年ほどは行われておりません。だからこそ、万全の準備を整えて挑む必要があるのです」
彼は早口にそう言うと、失礼、と言って準備に戻ってしまった。
(うーん。遺跡をクリアしてメイリルさんを後継者にすれば解決、と思ってたけど、まだ背景があるのかな?)
そう考えを巡らせるが、すぐに首を振る。
(まあ、いいさ。今回は無理やり押し通るって決めたんだ。障害があるなら、全部ぶっとばせばいい)
僕はそんな風に開き直ると、「今回の秘策」のために、メイリルさんを探しに向かったのだった。
※ ※ ※
(メイリルさん、ほんとに慕われているんだなー)
僕が彼女と一緒に遺跡に向かうということはもう知れわたっているようで、メイリルさんを探している間、街の人たちから何度も激励された。
気のいいおっちゃん(やたら背中を叩かれた)や、恰幅のいいおばちゃん(なんか飴を押し付けられた)、果てはよぼよぼのおじいちゃん(むしろこっちが薬をあげて帰した)に、小さな女の子(メイリルさんの似顔絵をもらった)まで、とにかくみんな僕らを応援してくれていて、メイリルさんが愛されていることは伝わってきた。
なのに……。
「――そんな人が、一人でこっそりと街を出ようとしちゃ、ダメでしょ」
街を出ようとするメイリルさんを、呼び止める。
「……アルマ、さん」
泣きそうな顔で、彼女が振り返る。
「父が最後に〈風鎮めの儀式〉を行ってから、もう十年。以前の遠征でさえ、犠牲者が出たんです。今回の遠征では、何人が命を落とすか……」
おとなしそうに見えて、行動力のある彼女は、僕に必死に訴える。
「私には、アルマさんが授けてくれたスライム化の魔法があります! これを使えば、一人ででも……」
その言葉に、僕は首を横に振る。
「あの魔法だって、ずっと使える訳じゃない。魔法の合間に攻撃されたら終わりだってことは、メイリルさんだって分かってるはずだ」
「それは……でも! でも、これは私のワガママです! そのワガママのために、彼らの命を危険に晒したくない! もう、誰かが死ぬのは見たくないんです!」
血を吐くようなメイリルさんの言葉。
その言葉に込められた想いは、僕の胸にだってしっかりと届いた。
「……ごめん。メイリルさん」
だけど僕は、頭を下げる。
本来ならこれは、感動的なイベントの中で解決するべき事柄。
きっと主人公の僕はメイリルさんの気持ちに寄り添って、二人で解決策を見つけるのが正解なんだろう。
でも、今回だけは、「原作を壊す」と決めたから。
「――だけど、そんな苦労なんて、する必要ないって!」
軽い口調で言って、僕は虚空に手を伸ばす。
「メイリルさんだって、スライムの……風属性無効化の有用性は、理解してくれたんだよね。だったらもう話は簡単だよ」
そうして、何もない場所から取り出したのは、大量の紙束。
「は? え……?」
それは、ぽかんと僕を見るメイリルさん自身も使ったアイテム。
この世界から失われたエレメンタル魔法を覚える唯一の手段である、〈魔法契約書〉の束だった。
物量作戦!
メイリル編もここからいよいよクライマックスへ!
頑張れれば明日更新です!





