第二百二十八話 サスティナスへ
新しいゲーム思いついて失踪しかけましたが、ギリギリで踏みとどまって帰ってきました!
――僕が特区で見つけてきた〈チェンジエレメンタライム〉の魔法は、変身魔法だ。
それぞれの属性に対応した詠唱を行うことによって、五分間だけ、選んだ属性のスライムに変身することが出来る。
そんな大規模な魔法なのに第二階位なのは、「変身するとHPMP以外のステータスが全部スライム基準になって、武技や魔法も一切扱えなくなる」という特大のデメリットを抱えているからだろうけど、その意外なメリットとして適性や耐性の変化がある。
――なんと変身中は、選んだ属性の魔法適性が、無条件でSにまで上がるのだ。
とんでもない効果だけど、これは僕が実際に全種類のスライムに変身して、メニュー画面から確認して分かった情報だから、間違いはない。
……まあ、いくら適性が上がってもスライムに変身すると魔法も武技も使えないから正直宝の持ち腐れなんだけど、旗の使用条件を満たすためになら問題なく使えるはず。
そんな閃きからの起用だったんだけど、
「わ、悪かったよ、メイリルさん。まさか、そんなにショックを受けるとは思わなくて……」
年頃の女の子にスライム化はきつかったのか。
あるいは〈風の極意〉の指輪があれば別にスライムにならなくてもよかったことがショックだったのか。
メイリルさんはすっかり子供に返って、涙目でうーうーとうなるだけの動物と化してしまっていた。
もはや、最初に冷徹な暗殺者ムーブしながら襲ってきた人と同一人物とは思えない。
「べ、別にからかった訳じゃないんだ。ただ、指輪だけじゃ適性を一段階しか上げられないから、たぶん足りないと思って……」
……僕が最初から〈風の極意〉の指輪を試さなかったのには、一応理由がある。
というのも、風の魔法適性を一段階上げる〈風の極意〉はレジェンド級のエンチャントだが、これは木の指輪にもつく可能性がある。
要するに、そこら辺の簡単なダンジョンからでも入手可能なので、運のいいプレイヤーなら引き継ぎとかしていなくても持っていてもおかしくないし、この指輪をメイリルさんに装備させただけで旗が使えるようになるなら、状況と矛盾が生じてしまうことになるのだ。
(だからきっと、〈風の極意〉だけだと旗は使えるようにならない、と踏んだんだけど……)
その前提が間違っていたとすると、あるいは「メイリルさんに指輪を装備させる」という方が無理なのかもしれない。
ヒロインということで、「無条件でパーティメンバーに入れられる」と勝手に考えてしまったけれど、このイベントが終わるまでプレイアブルにならないとか、装備が変えられないキャラだった、というのは考えられる。
まあどちらにせよ、指輪を先に試していればスライム化はしなくてもよかったのは確かなので、そこはもう謝るしかない。
「……ふぅぅ」
彼女はしばらく涙目で震えていたが、やがて大きく息を吐くと、落ち着きを取り戻して頭を下げてきた。
「……私こそ、ごめんなさい。アルマさんは、私のために方策を示してくれたのに」
やはり、根は優しすぎるほどに優しい性格なんだろう。
彼女はむしろ、取り乱した自分を責めるように、唇を噛んだ。
「私は、未熟ですね。本当は旗を使える手段が分かったなら、無条件で喜ばないといけなかったのに。たとえ、この身をスライムに堕としても……」
「い、いや、指輪を使えばいいんだし、そんな謎の方向に悲壮な覚悟をしなくてもいいと思うけど」
むしろ、そんなことで旗のフレーバーテキストの伏線回収をしないでほしい。
「と、とにかく、これで旗は使えるようになったから、先に進もう。次は遺跡に行けばいいんだっけ?」
気まずい空気を振り払うようにこれからのことを尋ねると、メイリルさんは驚いたように目を見開いた。
「で、ですが、遺跡は危険です! 旗を貸してくれるだけでも十分なのに、これ以上の迷惑をかける訳には……」
人差し指で、僕を引き留めようとするメイリルさんの口をふさぐ。
「メイリルさんだけで行かせる方が、よっぽど心配だよ。メイリルさんだけで、遺跡にたどり着けるの?」
「それ、は……」
思わず言いよどむのが、答えだった。
(でも、そりゃそうだよね)
世界一が設定しているイベントが、ヒロイン単独でクリア出来る難易度なはずがない。
「サスティナス領に行く交通手段は用意してある? 僕も一緒に行けるかな?」
こういう時は、無理やりに話を進めてしまうに限る。
そう思った僕が強引に尋ねると、メイリルさんはためらいがちに答えてくれた。
「は、はい。サスティナス領に向かう高速馬車を、学園の裏に用意してもらっていますから、二人でも乗れます。で、でも、学園への連絡とか……」
なおも食い下がるメイリルさんを安心させるように、僕は微笑んだ。
「――ああ。それなら大丈夫。こういう時、頼りになる人がいるんだ」
そうして僕は、「何日か学校サボるけど適当にごまかしといて!」とトリシャへの書き置きだけを残し、メイリルさんの用意した高速馬車へと飛び乗ったのだった。
※ ※ ※
「――お二人とも、もうすぐサスティナス領内ですよ」
申し訳なさそうな御者さんの言葉に、ハッと目を覚ます。
隣を見ると、僕の肩に頭を載せていたメイリルさんが、顔を赤くしながら離れるところだった。
(……もう、朝か)
サスティナスの高速馬車は、うちの馬車に負けず劣らず快適だった。
流石の技術力で、夜道を進んでも揺れが少なかったおかげか、僕らは知らず知らずのうちに寝入ってしまったようだった。
「やっぱり……」
しばらく顔を赤くしていたメイリルさんだけど、窓の外が目に入った途端に、その顔が曇る。
「メイリルさん?」
不思議に思った僕も、馬車の窓からその先を覗く。
しかし、窓から覗く景色は、僕の想像しないものだった。
「……荒、野?」
見渡す限り、一面に広がる荒地。
王都周辺やレオハルト領とはまるで違うその光景に言葉を失う僕に、メイリルさんはどこか寂しげに言った。
「ようこそ、アルマさん。これが、私の故郷。――風精に呪われた土地〈サスティナス〉です」
いざ荒野へ!
次回、アルマが見出した原作破k……原作守護の秘策とは?