第二百二十七話 属性変化魔法
――原作を守護るために原作を壊す。
なんて大げさなことを言ってしまったけれど、要するに原作準拠ではなさそうな解決策を使って問題を解決し、結果だけ帳尻を合わせてしまおうということだ。
この場合、おそらくは何かしらのイベントやイベントアイテムを使ってメイリルさんが旗を使えるようにするのが原作ルート。
ただ、イベントアイテムなどに頼らなくても、今の手持ちの材料だけでこの問題は解決出来るように思うのだ。
「とりあえず、現状を把握しよう。メイリルさん、今の状況で旗が使えないか試せる?」
こういう検証はゲーマーのお家芸だ。
「あ、は、はい!」
状況の変化に戸惑っていたようだが、僕が旗を差し出すと素直に受け取ってくれた。
しかし、
「ごめん、なさい。やっぱりダメ、みたいです」
彼女が持っても、旗には何の変化もない。
「旗を扱える人が持つと、はっきりと分かるものなの?」
「はい。選ばれた人が直接旗を手にすると、布が淡く輝いて、風がなくてもわずかにはためくんです。私も実際、オーヴァル様が旗を光らせていたのを見たことがあります。でも、私では……」
彼女の言う通り、〈統風の魔旗〉の先端の布部分はぺたんとしおれたように垂れ下がったまま、色にも変化はない。
ただ、それは試す前から予想していたこと。
申し訳なさそうにしている彼女には悪いが、「そりゃそうだろうね」という感想しか持てなかった。
(あ、そういえば、オーヴァルくんが旗を布でくるんで持ってきたのは、素手で持つと光っちゃうからだったんだ)
なんていう微妙な気付きを得つつも、僕はさらに質問を重ねる。
「旗が使える条件は、『精霊との対話能力』と『風魔法』の両方が備わっていること、でいいのかな?」
「は、はい。それは間違いありません」
僕が触っても何の反応もしていなかったし、やっぱりサスティナスの血を引いていることは前提条件になるということか。
その上で、「風魔法の力」というのが具体的になんなのかで対処法も変わる。
ちょっと考えてから、続けて問いかける。
「やっぱりオーヴァルくんの方が、メイリルさんより風の魔法が得意なのかな? 普通の風魔法は第何階位まで使える?」
「風魔法は、私が第七階位。オーヴァル様は、第五階位まで、です」
と、意外な答えが返ってきた。
「え、メイリルさんの方が風の魔法得意なんだ」
「得意、というのとは少し違うかもしれません。ただ、アルマさんの指輪でたくさん練習出来ましたから」
「……へ?」
唐突に出てきた僕の名前に驚いてしまったが、すぐに彼女が言っているのが〈アルマリング〉……つまり、第零階位魔法を無限に使えるようになる、無限指輪のことだと気付く。
「交流戦の前、こっそりとお礼を言ったの、覚えていますか? アルマさんがあの指輪を配ってくれたおかげで風魔法がオーヴァル様より上達して、少しだけ、結婚までの猶予が出来たんです」
「あ、そういえば……」
すれ違いざまにお礼を言われたことがあった気がする。
それって、無限指輪のおかげで助かったことのお礼だったのか。
ただ……。
(そうなると、「風魔法を扱う力」っていうのは、「現在の風魔法の熟練度」じゃなくて、「風魔法の適性」を指している可能性が高いな)
そうでなければ、今のメイリルよりもレベルの低い魔法しか使えないオーヴァルが旗を扱えることに説明がつかない。
そして、「魔法の適性」を上げるのは、「魔法の熟練度」を上げるよりも、はるかに難易度が高い。
「……やっぱり、無理、ですよね」
僕の態度から、それを感じ取ったのだろう。
落胆を隠して無理して笑顔を見せようとするメイリルさんだったけれど、それは早計というものだ。
「いや、むしろ好都合だよ」
「え……?」
今よりも若いオーヴァルが次期当主に選ばれたのだから、現在の能力よりも素質を見るものだというのは予想はしていた。
「まあとりあえず、これで魔法の適性を測っちゃおうか」
「え? えっ?」
メイリルさんが「えっ?」しか言えなくなっているうちに、僕は強引に〈エレメンタルトーテム〉の魔法契約書を押し付け、彼女に魔法適性検査を強行するのだった。
※ ※ ※
「……なるほど」
検査の結果は、以下の通り。
火:C
水:C
土:―
風:B
ヒロインにしてはちょっと物足りない感じはあるが、素直に風が一番得意で土が苦手属性という普通の結果が出た。
「あ、あの!? 魔法の適性を検査出来るなんて話、今まで一度も聞いたことがないんですけど、これ……!」
メイリルさんは動揺した様子で何かを言っているが、でも今はそんな事はどうでもいいんだ。
重要なことじゃない。
「……うん。これならなんとかなりそうだ」
大事なのは、これなら適性を上げることが出来そうだという事実。
「なんとかなる、って……」
恐れていたのは、メイリルさんの風魔法適性がS以上で、それ以上を求められていた場合。
でも、Bならまだやりようがある。
僕は改めてメイリルさんに向き直ると、ついに今回の秘策を持ち出す。
「これからメイリルさんに、とっておきの〈魔法契約書〉を渡す。それを使えば、メイリルさんの風魔法適性を上げられると思う」
「そ、んな、魔法が……?」
混乱する彼女に差し出すのは、新しく特区で仕入れた魔法契約書。
みんな大好きエレメンタルシリーズの新たな仲間。
その名も――
「――第二階位魔法〈チェンジエレメンタライム〉。僕が知る限り、魔法適性を変えられる唯一の魔法だよ」
※ ※ ※
わずかに押し問答があったものの、無事に〈魔法契約書〉をメイリルさんに使ってもらうことに成功し、今は説明タイム。
「この魔法は、確かに魔法適性を変えられるけれど、代償として魔法や武技の類が一切使えなくなる。攻撃方法も実質ずいぶんと限られて……まあ、細かいことは使ってもらった方がいいかな」
ただ、明らかにそわそわとしているメイリルさんの様子に、僕は説明を早々に打ち切った。
(まあ、それはそうだよね)
この結果次第で、彼女を悩ませていた問題が解決するかもしれないし、あるいは単なるぬか喜びで終わるかもしれない。
彼女にとっては運命の分岐点になる訳なのだから、おとなしく説明なんて聞いていられるはずがない。
だから僕はあらゆる説明をすっ飛ばし、ただ使用方法だけを伝える。
「この〈チェンジエレメンタライム〉も〈エレメンタルトーテム〉と同様に、属性で詠唱が変わるんだ。風属性の適性がほしいなら、〈チェンジ・スカイライム〉と唱えて。それで、結果が分かる」
彼女は小さくうなずくと、目を閉じ、厳かにその言葉を唱えた。
「――〈チェンジ・スカイライム〉」
変化は、劇的だった。
「これ、は……」
メイリルさんを中心に風がはためき、渦巻いていく。
それは彼女の服を、体にまとわりつくように吹き荒れ、すさまじい風の勢いに、僕は思わず目をつぶった。
そして、魔法を唱えてから、数秒。
「……メイリル、さん?」
風の収まった気配に、おそるおそる目を開ける。
見開いた目に映ったのは、驚くべき光景。
目を開けるとそこにはもう儚げな少女の姿はなく、ただ、鮮やかなエメラルドグリーンのボディを持つプルプルの〈スカイスライム〉がいて……。
「お、旗が光ったな、ヨシ!」
僕がそのスライムに優しく旗を突っ込むと、旗は見事に発色し、風もないのにはためいたのだった。
……ちなみにその後。
五分の効果時間が切れて人間に戻ったメイリルさんに〈風の極意〉のついた指輪を装備させたらあっさり旗が光り出し、ブレイズスライムくらいに真っ赤になったメイリルさんに肩をポカポカと叩かれたのだが、それはまた別のお話。
スピード解決!
メイリルさんの明日はどっちだ!