第二百二十五話 今夜は、帰したくない
「う、ぁ……」
突然自分に麻痺ナイフを当ててしまって倒れたメイリルさんに驚いた僕だったけれど、「数分間指一本動かせず、ただ震えるだけの人形になる」という言葉通り、五分ほど待っていると、少しずつ痺れが取れてきたようだ。
話すことくらいは出来るようになったと判断して、僕は口を開いた。
「ええと……同じクラスのメイリルさん、だよね?」
すでに彼女が麻痺した時に思いっきり名前を呼んでしまったし、そもそも相手の正体が分からないなら、麻痺させた時点で覆面を奪って顔を確かめないのは不自然だ。
今さら彼女の正体が分かっていないフリをするのは無理がある。
本来のイベントでも、なんやかんやあってメイリルさんと協力する流れになると予想しているし、こうなればもうその可能性に賭けるしかない。
「……はい」
僕の問いかけに彼女はしばらく考え込んでいるようだったが、やがて観念したようにうなだれた。
震える手で覆面を取り、その素顔を晒す。
「やっぱり……」
現れたのは、クラスで見かけた顔。
ファイブスターズの最後の一人である〈メイリル・サスティナス〉のものだった。
「……ごめん、なさい」
覆面をつけていた時の強気な暗殺者ムーブはどこへやら。
しおらしい仕種で頭を下げると、それきりしゃべらなくなってしまった。
(……さて、どうしたもんかな)
正直、僕はあまり怒ってはいなかった。
あの麻痺ナイフ――〈バジリスクファング〉は確かに性能通りの強力な麻痺効果を発揮していたが、それは逆に言えば、僕を傷つけたり殺したりすることなく、純粋にアイテム目当てで脅しにきた証拠のように思えた。
このうなだれた姿を見ても分かる通り、根は優しい人間なのだと信じたい。
(……それに、メイリルは〈ファイブスターズ〉。つまりはヒロインだし、ね)
世界一ファクトリーが描くヒロインは、たまに主人公と敵対するようなキャラもいるが、そういうキャラでも最終的にプレイヤーが好きになってしまうような魅力のあるキャラが多い。
――世界一作品のヒロインには、根っからの悪人は絶対にいないのだ!
(まあ、これが悪役とかライバルになると、たまーにガチで邪悪なキャラとかもいるんだけど……)
とはいえそれもごくごくわずかな例外だし、ほぼ確定ヒロインなメイリルさんには当てはまらない。
「ねえ、メイリルさん。事情を話してくれないかな? 君がこんなことをしたのは、よっぽどの理由があったと思うんだ」
「そ、れは……」
言いよどむメイリルさんに追い打ちをかけるように、つぶやく。
「――サスティナス領の、暴風」
僕がそう口にすると、メイリルさんの肩がビクッと震えた。
(……やっぱり、そうか)
あの旗の説明文を思い出す。
《統風の魔旗(貴重品):帝国西部の暴風を鎮めるために必要な魔法旗。魔王に至る四つの鍵の一つ。「たとえ、この身を闇に堕としても……」》
彼女の反応を見るに、やはり最初ににらんだ通り、彼女は故郷の異変を解決するために旗を必要としていたようだ。
……ただ、そうなると気になるのは「たとえ、この身を闇に堕としても……」というフレーバーテキスト。
詳細は分からないが、もしこれがメイリルさんの台詞だとしたら、彼女は何か、大きな代償を支払う覚悟をもって、この課題に挑んでいることになる。
その背景については、絶対に把握しておきたい。
「僕だって、全く事情を聞いていない訳じゃないんだ。でも、出来ればメイリルさんの口から話してほしい」
半分はハッタリを交えながら促すと、彼女は覚悟を決めたようにうなずき、探り探りに話し始めた。
「……これは、一族のものにしか伝えられていないことですが、私の故郷であるサスティナス領は〈精霊の祝福〉がかけられた特別な地で、そこで生まれた精霊様は、特別な力を授かります」
「精霊って、〈精霊の儀〉で呼び出す、あの?」
僕に力を貸してくれている〈ティータ〉や、〈サラマンダー〉などを思い浮かべながら言うと、彼女は困ったように首を振った。
「いえ、〈シルフ〉や〈サラマンダー〉のような名前を持つ精霊ではなく、それより小さく、気まぐれな〈名もなき精霊〉。私たちの一族は、そういった小さな精霊を使役するのが得意なんです」
「そういえば、交流戦で……」
彼女が精霊しか使えないはずの〈シルフィードダンス〉や、〈シルフィカーテン〉のような聞きなれない魔法を使っていたことを思い出す。
「はい。私は……才能に恵まれませんでしたが、私の先祖様は自由に風の精霊を操り、その力でもって魔物から領地を守り抜いたそうです。その時に生まれたのが、サスティナスを永遠に守護する名もなき精霊様、〈サスティナスの風精〉、です」
確か、〈サスティナスの風精〉という言葉は、メイリルさんの婚約者である、オーヴァルも口にしていたような気がする。
自動で領地を守る精霊、というと、ガーディアンとか召喚獣みたいなものだろうか。
「〈精霊の祝福〉のおかげで、あそこで生まれた風精たちは消えることがありません。そのおかげで、サスティナスの地は魔物に領土を奪われることなく、今日まで存続することが出来ました。ですが……」
そこで彼女は、ぐっと唇を噛んだ。
「長すぎる戦いの日々と、増え始めた闇の魔力が、風精様たちを狂わせてしまいました。特に最近、帝国中の魔力濃度が異常に高まったことで、風精様は過去の盟約すら見失い、完全に〈狂った精霊〉と化してしまったんです」
長い時間をかけて、敵になってしまったかつての守護者。
いかにも世界一ファクトリーが好きそうなテーマだ。
「それって、倒したりとかは出来ないの? やっぱり、宗教的な理由とかがあったり……」
僕が尋ねると、彼女はつらそうに首を横に振った。
「風精様には物理的な攻撃と、私たちが一番得意とする風の魔法が効きません。そして、仮に何とか倒したとしても、あの地には〈精霊の祝福〉があります。倒してから数時間もすれば、倒したはずの風精様は蘇り、また近くにいる生者を空から襲い始めるんです」
「それは……」
思わず、絶句する。
物理攻撃無効で、一部の属性攻撃しか効かない上に空を飛びながらひたすらゾンビアタックしてくる敵。
想像するだけで、確かにめちゃくちゃ厄介そうだ。
「――その風精様を唯一退けられるのが、サスティナスの一族が操る〈統風の魔旗〉、なんです」
メイリルさんが、まっすぐに僕を見て、そう口にした。
「なる、ほど。事情は、分かったよ」
ただ、それだけ聞いてもなお、分からないこともある。
「どうして、こんな性急なことを? ちゃんと正式に頼んでくれたら、力を貸したのに……」
僕が尋ねると、ふたたびメイリルさんは顔を伏せ、俯いてしまった。
「……ごめん、なさい。それは、私の身勝手な都合、です」
彼女はそう言うが、メイリルさんが軽い理由でこんな乱暴な手段を取るとも思えなかった。
じっと答えを待つと、彼女はようやく重い口を開いてくれた。
「まず、サスティナス家からの正式な要請は、出来ません。私の婚約者で、次期当主候補のオーヴァル様に、禁じられているからです。『夏休みになるまでは誰も〈統風の魔旗〉にもアルマ・レオハルトにも、接近することは許さん』と」
「な、なんで? 今、領地ですごい問題が起こってるんだよね?」
訳が分からなくなって尋ねる。
しかし、その返答もまた、謎を深めるようなものだった。
「それは……今からの一週間が、彼にとっての鬼門で、私にとっての最後のチャンスだからです」
「最後の、チャンス?」
なぜだか嫌な予感を覚えた僕がオウム返しに尋ねると、彼女は自嘲気味に笑って、言った。
「――はい。夏季休暇までに旗の使い手になれなければ、私は……彼と『結婚させられてしまう』んです」
結婚するのか、俺以外の奴と・・・
あ、それと性懲りもなくGPTでゲーム作りました
https://chatgpt.com/g/g-682ef1bba8d08191a173afc3d7ca5ff0-san-jiao-guan-xi-simiyureta
今回は何のひねりもない恋愛もの!
ですが、だからこそGPTのパワーが感じられて刺さる人にはめっちゃ刺さると思いますのでぜひ!!