第二百二十話 最後の一撃
誰もがもう出番はないだろうと思っていたリスティアさん、再登場です!!
「……そろそろ、ですわね」
特区の外縁部に存在する、魔列車の乗り場。
そこに、フードをかぶり、人相が見えないようにして「何か」を待つ少女の姿があった。
そんなフードの少女に、隣に立つ年かさの女性がいさめるように語り掛ける。
「お嬢様。くれぐれもおかしなことは……」
「心配なさらないで。わたくしも自分の立場くらい心得ていますわ。わたくしはただ、見送るだけ。そういう約束でしたものね」
彼女こそはかつての特区の支配者であり、試合の不正によって様々な意味で交流戦を賑わせた少女、〈リスティア・ロブライト〉。
本来であれば、彼女は沙汰が下るまで屋敷で軟禁、一歩も外には出られないはずだったが、御付き兼監視役のマリアの計らいにより、ほんのわずかな時間の外出を許されていた。
(本当に甘い、ですわね)
このマリアというメイドは、リスティア体制下にあってもその実直さで処分を免れたいわゆる「善の人」。
しかし、
(――だからこそ、御しやすい)
彼らを動かすのに、大仰な工作や、練り上げた細工など要らない。
リスティアが、彼女のウソを見抜くために用意された〈真偽の球〉を使い、
「最後に自分が迷惑をかけた帝国チームの姿を一目だけでも見たい」
「彼らの前に姿を見せるつもりはないし、もちろん害するつもりは一切ない」
「自分は一生特区から出られないだろうから、こんな機会は二度とない」
そう涙ながらに訴えれば、マリアはその気立てのよさからあっさりとほだされ、リスティアが屋敷を抜け出せるように手引きをしてくれた。
(まあこれほどに警備がザルなのは、わたくしが何も出来ないと思われているからでしょうけれど)
金も権力も失い、自慢の魔道具も接収されたリスティアという個人は無力だ。
全てを失った今のリスティアに協力する人間などおらず、多少優秀とはいえ、学園の一年生が一人で出来ることなど高が知れている。
今のリスティアがなりふり構わずにフィルレシアやアルマを害そうと動いても、彼らにほこり一つつけることは出来ないだろうと、リスティア自身が確信していた。
(ですからわたくしは、そんな短慮は起こしませんわ)
目的は、本当に「視る」こと。
そこにウソはない。
ただ、マリアが想像しているよりも少し深く視る、というだけの話。
もちろんリスティア自身、これが愚行だとは理解している。
こんなことをしても、自らの状況は何も好転しないとも。
けれど、
(――このまま引き下がれるはず、ありませんわ!!)
それでは到底、彼女自身の心が納得しなかった。
流石に決勝戦を見ることは出来なかったが、人伝に聞いた話では、アルマ・レオハルトは無敵と思われた〈ファイブスターズ〉を破り、あのフィルレシアすらも降参させて、優勝したという。
そんなことが、学園に入学するまで無名だった少年に出来るはずない、というのがリスティアの見立てだ。
(何か不正が、カラクリがあるはずですわ!)
そう、そうに違いない。
だって、そうでなければ、あの試合で感じた恐怖が、畏怖が、リスティアの脳裏に蘇って動けなくさせてしまうから。
だからリスティアは、絶対にアルマ・レオハルトという存在を、その実力を、認める訳にはいかなかった。
(……わたくしには、一つだけ残された切り札がある)
かつてエリックが開発し、しかしあまりにも貴重な素材を必要とすることから、完成品を一つ作った時点で研究を中断させた魔道具があった。
それは、鑑定妨害の研究の副産物として生まれた、至高の鑑定アイテム。
――名前すらついていないそのレンズは、使い捨ての鑑定アイテムである〈おてがルーペ〉のいわば究極版。
一度だけしか使えないが、映したものの位階や名前、気力や魔力をはじめとした能力全般はもちろんのこと、対象が今身に着けている装備や、使用可能な技、果ては魔法や武技の熟練具合までをも克明に映し出す。
今回の交流戦前にフィルレシアに使うか随分悩んだものの、あまりの貴重さから使用を断念した秘蔵の品だが、数多の魔道具が接収される中で、一見して魔道具と分からず、殺傷力もないこのレンズだけは監査の目を逃れることが出来た。
(――最後に残されたこのレンズで、アルマ・レオハルトの正体を、欺瞞を暴く! それが、わたくしの最後の使命ですわ!!)
だから彼女は、じっと待つ。
今の彼女が持つ、唯一の牙が突き立てられる瞬間を。
(――来た!)
どうやら、マリアの情報は正しかったらしい。
魔列車に向かって歩みを進める帝国の面々を、彼女の両目は確かに捉えていた。
「お嬢様、あまり長くは……」
マリアがそわそわと語りかけるが、リスティアはそれをわずらわしそうに手で制す。
(まだ、まだですわ。アルマ・レオハルトが都市の外に出たあとでないと……)
帝国の……いや、アルマの兄、レイヴァン・レオハルトの意向により、都市での鑑定妨害の術式は継続されている。
帝国のチームの優勝が確定的になった状況での鑑定解禁は帝国の利になりえない、という判断だったのだろうが、それが今のリスティアにはもどかしい。
(魔列車に乗り込む直前、そこを、捉えられれば……)
レンズを握りしめ、その時を待つ。
「お嬢様、そろそろ……」
焦れたマリアがもう一度口を開いた瞬間、
(――今ですわ!)
リスティアは流れるような仕種でレンズを取り出し、それを右目にあてがう。
歪んだ笑みで、レンズ越しにアルマ・レオハルトの姿を捉えて、
「……ぁ?」
思考が、停止した。
「……ぁ、ぅ、え?」
視神経を通って叩き込まれる情報を、脳が処理しきれない。
ただ、その意味を理解した瞬間、
「――ぅ、ぷ、げええぇぇぇぇ」
リスティアはその場にうずくまり、路上に胃の中身をぶちまけていた。
「お嬢様!? 何があったのです!? お嬢様!!」
メイドの声がしても、何も答えられない。
天と地が逆転して、呼吸の仕方も分からない。
ガチガチと歯がぶつかり合う耳障りな音がして、やっと自分が震えていることに気付く。
(あれは、あれは、なんですの?)
震えが止まらない。
アルマ・レオハルトの評判は、大袈裟なものばかりだと思っていた。
けれど、けれど……。
(違う違う違う!! そんなものじゃない! あいつは、あれは、人間じゃ、ない!)
天才や英雄なんて言葉はまるで的外れで、怪物や化け物なんて言葉では、到底足りない。
そう、そうだ。
彼を表す言葉、そんなものがあるとしたら、たった一つだけ。
「魔、王……」
分からせ完了!