第二百十話 届かぬ手、届いた魔法
体調ようやく回復しました!
いえまあ完治はまだなんですが、ここから更新ペース上げていきます!
リスティアには、意味が分からなかった。
「な、なにが、どうして……」
魔法の一斉攻撃によって、仕留めたと思ったアルマ・レオハルト。
それがなぜ視界の外にいて、そして、味方の一人を倒しているのか。
しかし、その思考時間は、アルマ・レオハルトに決して与えてはいけない隙だった。
「――二人、と」
なんの前触れも、予兆もなかった。
唐突にアルマの姿がリスティアの視界から消えると、その声が背後から響いた。
慌てて振り返った先にあったのは、またしても剣を振り切ったアルマと、倒れるリスティアチームの剣士の姿。
プレートを確かめるまでもない。
一瞬の間に気力《HP》を全て刈り取られた彼は、リスティアが見守る前で決闘場から強制退去させられていた。
(あ、ありえませんわ! あの男は、仮にもうちのチームで一番の実力者だったんですわよ!?)
軽薄な態度の割に正義感が強く、チームに入れるのにも苦心した相手だ。
けれど、トーリやコシなどといったリスティアの取り巻きたちに比べれば高い位階と、何よりも優れた戦闘センスを持っていた。
そんな男を相手に、抵抗すらさせずに倒しきるなんてことが出来るのだろうか。
(いいえ、それ以前に、彼のプレートは……)
細工によって、通常の二十倍の耐久を持つようにしていた。
それを、ほんの一瞬、おそらくは一撃で全損させたとしたら……。
(――格が、違う)
その事実に、リスティアは戦慄した。
(ですが、それよりも……)
何よりも不可解なのが、アルマのあの瞬間移動だ。
確かにアルマ・レオハルトが、敵の前に一瞬で移動する武技〈絶影〉を使えることは知っている。
だが、今の彼は〈魔技封印〉によって武技を封じられているはず。
「ど、どうして! どうしてあなたが武技を……」
使えるのか、と言いかけて、ハッと押し黙る。
それは、アルマたちに「毒」を盛ったことを自白することとほぼ同義だ。
しかし、アルマはその事実に気付かなかったように、ただ、首を傾げた。
そして……。
「――武技なんて、使ってないよ?」
あくまで淡々と、まるで事実を語るかのように、そう口にする。
「そんなはず……」
そう言いながらも、リスティアは湧きあがる違和感に続く言葉を飲み込んだ。
(……そうだ)
情報にあった〈絶影〉は刀の技。
なのにアルマは普通の剣を持っている。
武技を使うには、どんな人間でも例外なく一人残らず、その技の名を口にする必要がある。
なのに彼は、一言も技名らしき言葉を口にしていない。
それだけじゃない。
武技は一度使えば五分間は同じものは使えないし、そもそも、目の前の青いプレートは、アルマが全く魔力を消費していないことを如実に表している。
最悪の予感に、震え始める手足。
けれど、リスティアはそれを払いのけるように、叫んだ。
「わ、わたくしたちが武技もなしにやられたなんて、そんなことありえませんわ! 今のわたくしたちは、たとえ〈ファイブスターズ〉が、位階80を超えるような者が相手でも渡り合えるように準備してきた! それが、あなた程度の……」
必死の叫びに対する、返答は、
「――レベル112」
リスティアの、近く、ごく近くで、聞こえた。
彼女がヒュッと喉を鳴らし、振り返るよりも早く、ドサリ、ドサリ、と人の倒れる音が聞こえる。
「調査不足だったね。今の僕のレベルは、112あるんだ」
「……は?」
目の前の光景が、少年の言葉が、リスティアの脳を焼く。
まるで、アルマの言葉を裏付けるように……。
さっきまでリスティアの両隣を固め、彼女を守っていたはずのチームメンバーの二人、トーリとコシが、地面に倒れ伏していた。
「さて、これで、残るはあなただけだけど……」
ゆっくりと剣を突きつけられて、ようやくリスティアは、現実を知る。
(――本当、なんですわね)
思えば、怪しいところは最初からあった。
鑑定妨害をかける前、リスティアは子飼いの人間に、他チームの選手の位階を調べるように命令していた。
ただ、〈アルマ・レオハルト〉についてだけは「調査機器の不調により測定失敗」となっていたのだ。
あれはきっと、「位階112」などという非現実的な結果をリスティアに伝えて不興を買うことを恐れた部下が、そのまま握り潰したのだ。
(この男には、勝てない……)
位階112ともなれば、それはもはや国のトップに比肩する領域。
一介の学生が、たかだか薬でドーピングした程度でどうにか出来るはずもない。
今、リスティアがまだこの場に立っていられるのは、アルマが手加減をしているから。
まるでリスティアとの間で発生するやりとり全てを、どうあっても最後までしゃぶり尽くそうとするように、あえて様子をうかがっているからに過ぎない。
だから……。
「――これだけは、使いたくなかったのですけれど」
リスティアは、最後の手札を切る
右手で左の手首を握って、左手を突き出す。
……左手首につけた腕輪は、本当の本当の奥の手。
リスティアでは逆立ちしても使えない「火の第九階位魔法」を放つ一回限りの使い捨て魔道具。
試合での魔道具使用が禁止な上に、この魔法は魔力の消費が多すぎるため、本来ならこの試合のルールでは使えないもの。
(流石に試合中にこれを使うのはリスクが大きいですわ! けれど!)
それでも、アクセの中には魔力消費を抑えるものもある。
エリックにリアルタイムでプレートの表示をいじらせて、ギリギリまでプレートの魔力を消費したように見せかければ、言い逃れ出来ない範囲ではない。
「これが、わたくしのとっておき……」
左手首につけた使い捨ての魔道具が砕け散り、代わりに左手に熱が集まる。
当然リスティアがその手を向けるのは、不敵な表情で立つアルマ……では、ない!
(――狙うのは、後ろのあの庶民の女!!)
ズレた照準に、アルマもワンテンポ遅れて気が付く。
(でも、もう遅い!)
この魔法でもアルマに届かないことは目に見えている。
ならば、彼を狙わなければいい。
この戦いはチーム戦。
どんなにアルマが強くても、チームのリーダーとなっているレミナとかいう庶民を倒せばそれで試合は終わる。
「――〈ソニックフレア〉!!」
熱くなった手の平から炎の魔法が飛び出し、本人でさえ視認出来ない速さで飛んでいく。
「――しまっ」
反射的に飛び出す炎を止めようとアルマが手を伸ばすが、それが失敗だった。
少年が自らの失策を悟った時にはもう、全ては手遅れで、
「――わたくしの勝ち、ですわ」
勝ち誇るリスティアの言葉を裏付けるように、レミナの眼前に大きな火の花が咲いたのだった。
反則技の総合商社や!
長かったリスティア戦も次回で終わり!
毎日更新じゃないと許されない引きをしたので、明日更新です!