第二百九話 心蝕む毒
まだ体調はちょっとよくなんないですが、クリスマスプレゼント的なアレです!
メリクリ!
リスティアの対戦相手、帝国の〈アルマ・レオハルト〉が率いるチームのメンバーは、全員が真剣さはありつつも、一様に和やかな表情で試合に臨んでいた。
それは、リスティアにとってプラス要素だ。
なぜなら……。
(――これで、彼らが自らを蝕む「毒」を認識している可能性はほぼ消えましたわ)
もしも「毒」の存在に気付いていたのなら、そんな穏やかな顔をしていられない。
それは単純に「毒」の影響が軽視出来ない、というだけではなく、もし毒を盛られたことに気付いたのなら、その下手人であるメイや、それを命じたリスティアに敵意を向けないはずがないからだ。
(万が一の、ほんの薄く細い可能性として、わたくしを騙すために演技をしている、という可能性もありますけれど……)
それでも敵意を無理に抑えようとすれば、それは行動の端々に表れる。
しかし彼らの表情はまるで自然で、いかにも「当たり前に勝てる試合に、当たり前に勝つためにやってきた」という感情しか読み取れない。
それはそれで、普段のリスティアにとっては癇に障るものではあったが、
(今はせいぜい、上位者のつもりでいればいいですわ。そういう相手を地に引きずり下ろした瞬間が、何より一番楽しいのですから!)
今のリスティアにとっては、最高の勝利を彩るエッセンスにも等しかった。
自然と、口角が吊り上がる。
(うふふふ。健気なことですわねぇ)
それに、リスティアの機嫌をよくする要因は一つだけではなかった。
今までどこか抵抗の意志を残していたメイド服姿の少女が、今は進んでリスティアの策に協力している様子が見えたこともそうだ。
「メイのためにも、絶対、勝ってくるよ」
「はいっ! アルマ様のこと、信じてます!」
恋人のごとき甘さで繰り広げられる会話に、リスティアは笑みを抑え切れなかった。
(そのメイが裏切っていたと気付いた時、奴らの顔がどんな風に歪むか……うふふふ)
全てが自分の思い通りに進んでいる。
その確信の下、リスティアは勝負の舞台に立った。
※ ※ ※
戦いを前に、会話はなかった。
「では、第二回戦第一試合! 特区リスティアチーム対、帝国レミナチーム、試合開始!!」
審判の開始宣言と共に、アルマたちのチームが緩やかに動き出す。
アルマ一人が前へ、残りの四人は「今回は出番を譲る」と言いたげに後ろに下がった。
(なるほど? 「例の魔法」で一瞬で勝負を決めてしまおうという作戦ですわね。……好都合ですわ)
対して、リスティアはまずは首元に手をやって、下位魔法を防ぐための光魔法〈ホーリー・ブレス〉を発動……させない。
(だって、その必要はありませんもの)
それは、下位魔法を防ぐ魔法は、アルマの撃つ第十一階位魔法〈サンダーフラッシュ〉に効果がないから。
……だと、観客は思っただろう。
けれど真実は違う。
――〈アルマ・レオハルト〉はこの試合では、一切の魔法を撃つことが出来ない。
それが、リスティアたちだけが知る「真実」だ。
リスティアは笑みを浮かべると、今も彼らを蝕んでいるであろう「毒」に思いを馳せる。
――大会を勝つ上で有効な「毒」とは何か。
それは、リスティアを悩ませた課題の一つだった。
まず、飲んだだけで相手の気力《HP》を奪うような劇毒。
これは論外だ。
自らの不調はすぐに気付いてしまうし、飲んでからの時間に効果が左右されすぎる。
同様の理由で、魔力を減らすような毒もまた不適格。
麻痺や鈍足など、相手を不調に陥らせるものはそれらよりはマシだけれど、これも発現すればすぐに分かるし、すぐに治せてしまう。
理想的なのは、試合に確かに影響するが、自覚症状がなく、治しにくいもの。
――そして辿り着いたのが、〈魔技封印〉だった。
この〈魔技封印〉は、かかると魔法と武技が両方使えなくなる状態異常。
同じく魔法や武技を阻害するものとして、〈沈黙〉という魔法を封じる状態異常や、〈忘却〉という武技を封じる状態異常はあるが、言葉が話せなくなるなどの戦い以外の弊害があって露見しやすく、薬ですぐに治せてしまう。
しかし、〈魔技封印〉は違う。
ごくごく一部のモンスターだけが使ってくるというこの状態異常は非常にマイナーで、それゆえか対応する回復アイテムがなく、何よりも「魔法や武技が使えない」以外に、状態異常にかかっていることを示す症状が何一つないのだ。
ゆえに、試合直前にこの〈魔技封印〉を引き起こす「毒」が入ったクッキーを食べれば、「毒」を盛られた者は自分が状態異常にかかっていることなど知らずにリングに上ってくる。
(そう。今のあなたたちのように、ねぇ!!)
視線だけで合図を送り、作戦通りの動きをするように配下に指示を出す。
リスティアの命令によって、リスティアチームの四人は、剣士も含めた全員が魔法の練り上げに入った。
(〈アルマ・レオハルト〉がどんな歴戦の猛者であっても、魔法が発動しないことに気付けば隙が生まれるはず。そこを叩く!)
もしかすると、観客の何人かは魔法の不発に違和感を覚えるかもしれないが、問題ない。
魔法が失敗することなどよくあることであるし、試合本番ならなおさらだ。
(今のわたくしたちの力は、アイテムの力で跳ね上がっていますわ。それを、細工で十分の一の耐久にしているプレートにぶつければ……)
一発退場以外の結果は、ありえない。
自分たちが、この大会における最強の出場者を葬る想像に、リスティアの胸は昂った。
……しかし。
そこでリスティアは、違和感に気付く。
(どういうこと、ですの?)
魔法を撃つために前に出たはずのアルマが、いつまで経っても止まらない。
いや、おかしいのはそれだけではない。
(剣? なぜ、剣を……?)
駆け出しの冒険者が使うような、いかにも数打ちの安物の剣。
それをだらりと下げながら、アルマ・レオハルトがゆっくりと歩を進めてきていた。
(まさか、魔法を撃つつもりがない? 武技で戦うつもり?)
ここへ来ての予想外の行動に、リスティアたちのチームメンバーに動揺が走る。
けれど、
「注視!! わたくしの合図で、一気に仕掛けますわよ!」
それでもリスティアは揺るがなかった。
あの「毒」が封じているのは、魔法だけではない。
(魔法でも武技でも同じ! あの男が武技の発動失敗に動揺した隙を狙う! 何も変わりませんわ!)
自信を声に乗せ、チームの動揺を一瞬にして収めた。
だが、〈アルマ・レオハルト〉はその思惑をも超えてくる。
(何を、何を考えていますの!?)
〈アルマ・レオハルト〉の歩みは、止まらない。
気付けば試合場を半ば過ぎ、もはやリスティアチームに半包囲されるような距離にまで、彼は近付いていた。
(……まずい!)
理性よりも先に、本能がリスティアに叫ばせた。
「――今ですわ! 撃ちなさい!」
声に一瞬遅れ、
「〈フレイムランス〉!」
「〈ウォーターランス〉!」
「〈ウィンドランス〉!」
「〈ストーンランス〉」
放たれる色とりどりの光。
アイテムによって増幅された能力は、彼らに今までまともに扱えなかった第四階位の魔法の行使を可能にした。
四属性全てにばらけさせたその魔法は、その一つ一つが必殺の威力を秘める。
(――取った!!)
四筋の魔法が交錯し、爆発。
思わずリスティアが勝利を確信し、拳を握りしめた直後、
「――まずは、一人」
視界の外から、聞こえるはずのない声がした。
(そんな、そんなはずはありませんわ!)
今の〈アルマ・レオハルト〉は武技も魔法も使えない。
だから今の魔法で、確実に〈アルマ・レオハルト〉を仕留めた。
その、はずだ。
だからこそ、〈アルマ・レオハルト〉の声が横から、それも、さっきまで彼が立っていた場所から遠く離れた仲間の位置から聞こえてくるなどありえない。
けれど……。
迷いを振り切るように視線を向けた先にあったのは、信じがたい光景。
「……は?」
剣を振り抜いた姿勢のアルマ・レオハルトと、驚愕の表情を浮かべながら消えていく、リスティアチームの男の姿だった。
始まる!