第二百八話 必勝の策
体調管理気を付けよう、と思った矢先に38度台の熱出しちゃってめちゃくちゃ焦りましたが、薬で怖いくらい元気になったので更新です!
交流戦第二試合。
特区のリスティアチームと帝国のレミナチームの試合が始まる直前、リスティアは人払いした通路でチームメンバーと向かい合っていた。
「本当に、こんなもん使わなきゃいけないのかよ」
チームメンバーの一人、一番軽薄そうな剣士の男の、普段の態度に似合わない言葉。
しかし、それがリスティアに感銘を与えることはなかった。
「さっきからそう言っているでしょうに。時間がありませんの。四の五の言わずにさっさと使ってくださる?」
「け、けどよ! いくら強いったって相手も同じ一年生だ! 絶対負けないって気持ちで食らいつけば……」
なおも渋る剣士の男に、リスティアはイライラと手を振った。
「ご高説は結構。それともあなたは、気合や根性であの雷の魔法が防げるとでも言いますの?」
「そ、それは……」
観念した様子で目を瞑ると、
「……どうなっても知らないからな」
負け惜しみのようにそう言って、手にしたアイテムを握り潰す。
だが、それを見るリスティアの視線は冷たかった。
(女々しいことをグダグダと。いくら剣の腕が立つからといって、外様を起用したのは間違いでしたわね。今後のための知見といたしませんと)
苛立ちが募るが、頭を振って余計な考えを追い出す。
残りのメンツに振り返って、促す。
「さ、時間がありませんわ。わたくしたちも使いますわよ」
そうして、リスティアを含む残りの面々も、一斉にアイテムを使用する。
(ふふ……。ともかくこれで、帝国の人間相手でも地力で負けることはないはずですわ)
リスティアチームが一斉に使用したもの。
その中身は、特区の支配者という特権を利用して調達した、強力なパワーアップアイテムだ。
(かなり高くはつきましたが、念のため二試合分用意していて正解でしたわね)
本来なら対フィルレシア戦に取っておくはずだった奥の手。
当然アイテムを使った強化も、試合前の強化も大会のルールには反している。
しかし、街ごと「鑑定」を封じたこの時、この場所においては、どんな強化を行っていても、それを客観的に見分ける方法は存在しない。
そして、このアイテムを使った強化すら、大会開始前から、いや、ルール制定の時からすでに計画していたことだった。
(このために強権を使ってまで試合時間を短くしたのですから、存分に役に立っていただきませんと)
時間経過で消える強化の効果時間は、基本的に五分だ。
ならば、単純に試合中に強化魔法を使うだけなら、試合時間は五分にすればいい。
それでもリスティアが試合時間を五分よりもさらに短い四分としたのは、これが理由だった。
さらに……。
リスティアがちらりとエリックの方を見ると、発明家の少年は、怯えた様子でコクリとうなずいた。
(仮に魔法や武技の技術で劣っていたとして、このプレートの性能なら、万が一にも負けはありえませんわ)
外様の二人には伏せてはいるが、プレートの耐久力は元の二十倍に、逆に相手のプレートの耐久力は元の十分の一にしてある。
(流石に魔力の方は、あからさまに不正が透けてしまうからいじれませんけれど……)
攻撃にどの程度のダメージがあるかなど、外から見ていて分かるものではない。
思ったよりも威力が高かった、偶然クリティカルな場所に当たった、などと抗弁すれば、どうにでもなる。
オマケにこちらは開催国で、会場は完全に特区応援一色だ。
少しばかり不自然な点があったとしても、押し通してしまえばこっちのものだ。
(仮にもこちらは国の要人。疑惑程度のレベルでは、真偽魔法もかけられないはずですわ)
何よりも、初めて帝国を破った英雄、それも〈聖女〉となれば、リスティアに手を出せる者などいなくなる。
(……不安材料があるとしたら、やはり〈アルマ・レオハルト〉ですわね)
過去の報告を見直したところ、彼は〈刀〉という武器の使い手で、離れた距離から一瞬で敵を斬りつける〈絶影〉と、タイムラグがあるものの、望んだ場所を斬りつける〈次元断ち〉、という二つの特徴的な技が使えるとの記述があった。
もしこれらの技を効果的に使ってリスティアだけを狙われたら、あるいは二十倍のプレート強度でも安心は出来ないかもしれない。
(確実を期すのであれば、やはりあの「策」が必要ですわ)
リスティアが「自分の玩具」と明言してやまないメイという庶民を使った最後の策。
苦肉の策ではあれど、ハマりさえすれば絶大な効果を発揮する謀略。
(最後の一押しが、あの庶民次第というのがいささか気に入りませんけれど……)
メイという少女は、リスティアの持つ権力に屈してはいても、心のどこかに常に善性を残し続けているようにリスティアは感じていた。
両親を人質に取った以上万が一はないと信じていても、彼女が土壇場で錯乱して裏切りはしないか、いささか不安ではあった。
(あぁまったく! わたくしがあんな下女に気をもまされるなんて!)
しかし、策が成っているかどうかは本番を迎えてみなければ分からない。
「ッ! 行きますわよ!!」
リスティアは苛立ちからガジガジと爪を噛みながらも、通路を抜けた。
――おおおおおおお!!
会場に姿を見せた途端に、歓声が響く。
それに気をよくしながらも、リスティアの目は油断なく相手チームを探していた。
「なっ!?」
そこで飛び込んできた予想外の光景に、リスティアは思わず声をあげてしまった。
――帝国チームのエース、アルマの隣に、捜し人であるメイド服の少女がぴったりと寄り添っていたのだ。
リスティアは一瞬だけ裏切りを考えた。
が、次の瞬間にメイが起こした行動に、その考えを即座に捨てた。
なぜなら、
「――ア、アルマさま。あ~ん」
メイは衆人環視の中、バスケットから取り出したクッキーを、手ずからアルマに食べさせたのだ。
そう、「毒」の仕込まれたクッキーを。
(あのクッキーは、わたくしが大金をかけて用意したこの世にあれだけしかない特注品! この短時間で似たものを用意することも出来ませんわ!)
ということは間違いなく、あのクッキーはリスティアが渡した「毒」入りのものだということ。
そして、さらに決定的なことに、
――ペコリ。
リスティアの視線に気付いた彼女は、明確にリスティアに向かって、小さく頭を下げたのだ。
(ふ、ふふ、くふふふふっ! やるじゃぁありませんの!)
まさかこんな形で彼女がリスティアに作戦成功を伝えてくるとは、リスティアも思っていなかった。
これはリスティアにとって、あまりにも嬉しい誤算だった。
「ふ、ふふ……。ふふ……おーっほっほっほっほ!」
「リ、リスティア様!?」
抑え切れずに高笑いが漏れるけれど、リスティアはもはや気にしなかった。
(本当にバカな男。色に溺れ、自分が何をされたのかも理解出来ぬまま、沈むがいいですわ)
そして、愉快なのはそれだけじゃない。
(「恩人に不義理は出来ない」とか、出る前は散々、渋っていましたけれど……)
顔を赤らめながら寄り添うメイの姿は、さながら恋する乙女。
いや、まるで男に心酔しきったメスの表情だ。
事情を知らなければ、リスティアでさえそれが演技だとはつゆほども考えないだろう、というほどに真に迫ったものだった。
しかし、リスティアが出した指示はクッキーを食べさせることまでで、それ以上の指示は出していない。
つまり彼女は、自分の意志で、自分の利益のために、他人を騙すことを選んだということ。
(これであなたはもう、わたくしからは逃げられませんわ!)
先ほどの剣士の少年もそうだが、やはりどれだけ口では正々堂々を謳って、悪事を嫌うポーズを見せたとしても、人は利益に逆らえない。
結局は誰しも、自分の身が可愛いのだ。
(あぁ、最高ですわよ、メイ。あなたから価値あるものを全て奪うまで、しっかりと使って差し上げますからね)
善い人の皮を被った女を決定的に堕としてやった達成感に、リスティアはしばし酔いしれた。
「リ、リスティア様? そろそろ……」
「ええ、征きましょうか」
おずおずと切り出すトーリの言葉に、リスティアは鷹揚にうなずく。
全ての策は成った。
これで何が起こったとしても、もはや自分の勝ちは揺るがない。
(フィルレシアに、帝国にこんな田舎の国まで追いやられて幾星霜。ようやく、ようやく積年の恨みを晴らす時がやってきましたわ!)
自分たちが「毒」によって蝕まれていると気付いた時、そして、そのために格下と思っていたリスティアたちに負けた時、彼らは一体どんな表情を浮かべるのか。
リスティアはもう、一秒たりとも待ちきれなかった。
(――さぁ! 最ッ高のショーが、始まりますわ!!)
開幕!
次回更新は風邪の状況次第!
こちらはインフルコロナではなかったのでギリ助かりましたが、皆さんも体調にはお気をつけを!