第二百五話 実現不可能な命題
サブタイトル、「第三学園の悪夢」とちょっと迷いました
僕が口にした、突然の作戦変更宣言。
一番先に我に返って僕に向き直ったのは、トリシャだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、レオっち! 作戦会議では、初戦はじっくりやるって……」
トリシャ情報によると、第三学園は「速さ」を売りにしたチームで、トリッキーな戦術を使う。
チーム戦に慣れる意味でも初戦はじっくりと戦おう、という作戦を立てていた。
ただ……。
「状況が、変わったんだ」
そこで、僕は少し躊躇ったあと、声を潜めて言った。
「――このプレートには、仕掛けがされている」
驚くチームのみんなに、僕はアイテム鑑定で見た結果を伝えた。
「信じられないかもしれないけど……」
最後にそう付け加えると、代表するようにディークくんが首を振った。
「いや、さっきの試合はおかしかったし、その方が納得出来る。というか、今さらお前を疑ったりしねえよ」
「ありがとう、ディークくん」
お礼の言葉に、照れたように手を振ってから、表情を硬くしてディークくんが尋ねる。
「とはいえ、だ。対策がいるってのは分かるが、そこは普通に審判に訴える、とかじゃダメなのか?」
ディークくんの言葉に、僕は首を振った。
「もちろん告発はするつもりだけど、やるなら徹底的に、相手を追及する準備や根回しを済ませてからにしたい。この程度の細工だと、単にプレートに整備不良があった、とか言って言い逃れされちゃうかもしれないしね」
僕が言うと、そういう方面に明るいトリシャは、納得したようにうなずいた。
「そっか。わたしたちが圧倒的な力で勝ち抜いて、相手が焦ってもっと派手な仕掛けをしたところを捕まえる、ってことだね」
「うん。出来るなら、それが理想かなって」
僕が言うと、
「……まったく。君はあいかわらずやることが派手だな」
ディークくんの隣にいた眼鏡の少年、ルークスくんが呆れたように眼鏡をくいっと持ち上げたが、反対するつもりはないようだった。
「プレートの仕組みを考えると、向こうが何かする隙を与えずに勝負を決めるのが一番安全なんだ。だからこそ……」
「プランD。それぞれの最大火力を叩きこんで、奴らに介入する暇を与えない、か」
チーム戦において、人数差は何よりも重要な要素になる。
だから、これまでの練習の中で僕らが一番重視したのは「隙を見せた相手に確実に必殺の一撃を放つ」訓練だった。
主に魔法や武技の発動速度を上げ、結果、どんな状況でも二、三秒ほどの隙があれば、痛烈な攻撃を叩きこめるようになった。
今回のこの速攻は、いわばその集大成になる。
「――待った。一つだけ、懸念点がある」
ただそこで、一人冷静なルークスくんが口をはさんだ。
「万が一、相手が開幕と同時に仕掛けを起動させたらどうする? 流石に相手を一撃で倒せる威力の攻撃となると、最低でも二秒程度のタメがいるぞ?」
その心配は、もっともだ。
けれど、その穴を埋める作戦も、僕はすでに考えていた。
「大丈夫。その二秒間は、僕が稼ぐよ。だから最初の二秒間、みんなには目をつぶって攻撃の準備をしてほしい」
「目をつぶるって……。お前、何をする気なんだ?」
呆れたようなディークくんの物言いに、僕は唇の端を持ち上げて、答えた。
「大したことじゃないよ。ただ……向こうの〈聖女〉様に、『光』の魔法を扱えるのは自分たちだけじゃないって、教えてあげようと思ってさ」
※ ※ ※
プレートを着け、試合会場に向かう。
壇上に上がる途中、隣のトリシャが緊張感のない様子で、話しかけてきた。
「ねぇレオっち。あそこのモニター、試合が終わるまでの時間も計測されてるって知ってた?」
「いや……」
そう言われてモニターを見ると、確かに時間を計っているような箇所があった。
そんな僕を眺めながら、トリシャはいたずらっぽく続ける。
「昔、レオっちのお父様である英雄、〈レイモンド・レオハルト〉様が敵リーダーを一太刀で斬り伏せて、六秒っていうとんでもない最速記録を打ち立てたんだって。でも、もしこの作戦が成功しちゃったら、わたしたちが伝説を塗り替えちゃうことになるかもね」
挑発的なトリシャの言葉。
けれど、今の僕にはそれがなぜか心地よかった。
「――僕たちなら、出来るさ」
躊躇いなくそう口にして、僕は決戦の場へと足を踏み入れる。
ここまで来れば、もう言葉は要らない。
僕らは対戦相手、ニンジャをモチーフとしたような、特徴的なコスチュームの第三学園の選手たちと向かい合う。
先頭に立つ彼らのリーダーはいかにも「くせもの」と言った雰囲気で、まともに戦ったならば、あるいは振り回される未来もあったかもしれないと思わされた。
(……悪いね)
けれど、これからの僕らの作戦なら、敵がどんな策を用意していようが、関係ない!
「――第一回戦第二試合、はじめ!!」
審判の声が聞こえた瞬間に、僕は誰よりも早く、動き出す。
右手を突き出し、放つは神速の雷撃。
「――〈サンダーフラッシュ〉!!」
瞬間、僕の視界が真っ白に染まった。
この技こそが、光属性を使わずに光を操る、風の第十一階位魔法。
前方広範囲に激しいスパークを放ち、敵の目を潰す技だ。
高位魔法ではあるものの、殺傷能力はほとんどなく、ただ一瞬敵の目をくらますだけ。
しかし、放つのが雷である以上回避は不可能で、何より「激しい光を放つ」という副次効果がある。
暗い部屋の中で練習した時、あまりのまぶしさに視界を塞がれ、「目がぁ! 目がぁぁ!」と叫びながら転げまわったのは記憶に新しい。
そして大事なことは、魔法自体は前方範囲にしか及ばないが、発生した光は観客席にも届く、ということ。
つまり、
(――これでこの試合を監視している奴らがいても、目がくらんで数秒間は仕掛けを動かせない!)
手にしたのは、値千金の隙。
「みんな、今だ!」
作戦成功を半ば確信し、そう叫びながら振り返った僕は、そこで異変に気付いた。
(えっ?)
レミナたち……僕のチームメンバーたちが、誰一人動こうとしていない。
ただ目を見開き、まるでメデューサにでも魅入られたかのように、固まってしまっている。
(まさか、例の仕掛け!?)
急速に、胸の中に焦燥感が沸き上がる。
みんなが動けないのなら、せめて僕だけでも、敵チームの相手をしないといけない。
そう思って、視線を前方に戻した時、
「……なっ!?」
今度こそ、僕は驚愕する。
(消え、た!?)
先ほどまでは確かにそこに立っていたはずの敵チーム。
忍び装束をまとった彼らが全て、忽然と姿を消していた。
(目を離した一瞬で回り込んだ!? それとも、姿を隠す魔道具か!)
とにかく、この状況はまずい。
僕はせめて、動けない味方に警告をしようとして、
「みんな、気を付――」
けれど、その判断はあまりにも遅すぎた。
いや、その時にはもう、全ては終わっていたのだ。
僕が必死の警告を伝える、その前に、
「――しょ、勝負あり! 勝者、第一学園レミナチーム!!」
審判による試合終了宣言が行われ、僕はそこでようやく、最初の〈サンダーフラッシュ〉で相手チームが全滅していたことに気付いたのだった。
塗り替えられる伝説!