第二百二話 飛んで火に入る夏の鳥
ちょっと無理しすぎたのか、体調が……
明けて翌日。
交流戦当日の朝は、にぎやかな少女の声で始まった。
「――やっほー! レオっち起きてるー? みんな大好き、トリシャアラームだよー!」
騒がしい声に共感性羞恥を刺激され、僕は慌てて部屋を出た。
「ト、トリシャ! 声が大きいって!」
「お、ちゃんと起きてたんだ。感心感心!」
僕は抗議の声を上げるが、トリシャはどこ吹く風。
「まだ集合の時間には早いよね。いきなりどうしたのさ」
僕が尋ねると、トリシャはちょっとだけ照れたようにほおをかいて答えた。
「え? やー。昨日、チームで集まった時、レオっちが上の空だったからさー。この美少女トリシャちゃんが、ビシッと気合を入れてあげようかなーって」
「それは……」
確かに、昨日はフィルレシア皇女の話と、交流戦の思わぬルール説明の話で、そのあとの話し合いもあまり集中出来なかった。
いや、それどころか、今も……。
「というかさー。レオっちともあろう者が、なーんだか冴えない顔してるよねー。昨夜、あんまり眠れなかった?」
ググッと顔を近付けて尋ねてくるトリシャに、僕は顔を逸らすしかなかった。
「う……。まあ、心配事が多くてさ」
僕を悩ませていたのは、当然交流戦のこと。
問題は、あのプレートだけじゃない。
考えれば考えるほど、この交流戦のルールは、僕にとって不利だった。
もともと僕の強みはHPの多さと、MPが足りなくなった場合に最大HPを削ってスキルを使える〈獅子の魂〉の効果が軸になっている。
だから、ただでさえMPが0になったら強制敗北の決闘ルールとは相性が悪いのに、プレートの導入で頼みのHP量にまで制限が課せられてしまったのは痛い。
それに、プレートのせいで潰れた作戦が、もう一つ。
「……ここだけの話、さ。実際には使う気はないけど、もし使ったらどんなチームにも勝てるだろうって技が一つだけあったんだ。でも、それもダメになっちゃって……」
「必勝法って奴? 面白そうじゃん! 聞かせてよー!」
ウザ絡みの典型のように、鬱陶しく僕の腕をつかんで揺さぶってくるトリシャ。
ただ、彼女ともそれなりに長い付き合いだ。
こういう時のトリシャがあえて陽気に振る舞って、僕を元気づけようとしてくれているということくらいは、僕にだって分かった。
だからこそ、
「ほら、一度は無理だって思った作戦だってさ! 二人で考えれば、いい解決策が思いつくかもしれないし!」
ほらほらーと僕を急かすトリシャに、気持ちが動いた。
この「技」は明らかに原作ゲームから逸脱した力で、よっぽどのことがなければ使うつもりのない、文字通りの「奥の手」だ。
本来なら、誰にも話さずに心に秘めておくべきもの。
でも、これだけ僕のことを思ってくれている彼女なら、と、そんな風にも思ってしまった。
僕は降参とばかりに両手を上げた。
「分かった、分かったって。でも、これは本当に他言無用で頼むよ?」
「……ん。シーカー家の名に、誓って」
それまでのおちゃらけた雰囲気が嘘のような、真剣な誓約。
それに力を得て、僕はついに重い口を開いた。
「ええと、まずは、僕の誕生日のこと、覚えてる? あの日さ。僕の実家の裏山が一部吹っ飛んだ、っていうのは、トリシャなら知ってるよね?」
僕がそう言うと、トリシャは困ったように小さくうなずいた。
「あー、うん。あれねー。うちの方でも、結構話題になってたよ。一体何があったんだー、って」
他家の裏山の事件を当然のように知っているのはなんだか怖いけれど、それなら話が早い。
「あれさ。やったの、僕なんだよ」
「へっ!?」
事前準備に数十分もかけた、掛け値なしの僕の全力。
〈フルチャージショット〉と名付けたあの一撃を、思い出す。
「で、それをさ。この交流戦で使おうと思ってたんだ」
「ほへぇっ!?」
いいタイミングで相槌を打ってくれるトリシャに乗せられたのか、僕の口調にも自然と熱がこもってくる。
「あ、とは言ってももちろん、そんな技をほいほいノーリスクで撃てる訳じゃないよ。全力で撃つには『タメ』に時間はかかるし、本当は事前に準備を完了して試合開始と同時にぶっぱするのがベストだったんだけど……」
その戦法は、教官に「事前に攻撃の準備をするのは禁止」と言われたことで、潰えてしまった。
でも、それでもなんとか……。
例えば、敗北がMPの減少をトリガーに発動するなら、最初からMPのない状態で行くとか、それが無理でも何かしらの〈獅子の魂〉の代替手段を考えて〈チャージ〉が出来ないかとか、ギリギリまで色々考えていた。
「……でも、さ」
あくまで〈フルチャージショット〉の威力の高さは、僕の潤沢なHPあってのもの。
だから――
「――あのプレートでHPが制限されちゃったから、どんなに頑張っても山を吹き飛ばすほどの威力が出せないって、決まっちゃったんだよ!!」
僕は、血を吐くように叫んだ。
もちろん、試合の中で全力の一撃を、限界まで威力を上げた〈フルチャージショット〉を撃つのが現実的じゃないのは分かっていた。
それでも、撃ったら絶対に勝てるだろう手段がある、と言うのが心の支えになっていたのに、あのプレートの一件で、その芽すら完全になくなってしまったのだ!
「えーっと……」
僕が抱えていたこと、言いたかったことは、これで全部吐き出した。
何も解決はしていないのに、少しだけ軽くなった心地の僕に、トリシャは困ったような顔で向き直る。
「その、なんて言うのが正解か、分からないけど……」
そうしてもじもじと、何度か言葉を選ぶように躊躇ってから、口を開くと、
「この交流戦にプレートが導入されたこと、初めてよかったって思ったよ」
「人の話聞いてた!?」
しっかり者ながらもどこか抜けている彼女らしい、ズレた答えを返したのだった。
ということで、今回は箸休め回!
次回から交流戦開始です!
お楽しみに!