第百九十六話 聖女vs聖女
(――な、なんだよ、こりゃあ!!)
次の学校行事であり、〈魔王〉の鍵をかけた大事なイベントである〈学園交流戦〉。
そのチーム分けを聞いた瞬間に、僕の頭は真っ白になった。
片方が〈ファイブスターズ〉になった、というのは分かる。
原作ゲーム的に、そこが固定チームになる、というのはありえなくはないからだ。
むしろ問題はもう一つの、僕が所属するチーム。
(――モブキャラのレミナがリーダーになるって、どういうことなのさ!!)
これがほかのキャラなら、まだ理解出来た。
主人公である僕でも、トリシャでも、なんだったらディークやルークスたち男性陣でもいい。
……それでも、レミナだけはありえない!
レミナには重要キャラの印である「図鑑マーク」がない以上、モブキャラなのはほぼほぼ確定。
だとするとこれは、間違いなく「原作にはない展開」ということになる。
なってしまう。
(僕は、何を間違った? 僕は原作を守れてるはずじゃ、なかったのか?)
あまりの事態に僕が混乱していると、楽しげな様子を隠せない教官が、ニヤニヤと笑いながら言う。
「驚いてるところ悪いが、こいつは決定事項だ。〈ファイブスターズ〉をチームとして出場させろっていうのもそうだが、レミナをリーダーにってのも学園長からの指示でね。私の権限じゃあ変えられねえんだよ」
「学園長が、どうして……」
ひとかけらも悪いと思ってなさそうな表情でそう口にする教官に、食い下がる。
「ま、私もよく分からねえけどな。どうも学園長の頭越しに勅命が降りてきたらしいんだわ」
「勅命って、まさか……」
皇帝が、このイベントに関わってきた、のか?
「ま、大方自分の娘を、いや、『自国の聖女』の力をお披露目したかったんじゃねえか」
その言葉に、ハッとしてフィルレシア皇女の方を見る。
やはり彼女も思うところがあるのか、難しい顔でチーム表をにらんでいた。
(そうか。レミナはAクラスで唯一の平民で、入学時のレベルも僕に次いで低かった)
流石に僕が強くなったという情報は上にも届いているだろうから、そうなるとAクラスで一番弱そうなのはレミナと考えられてもおかしくはない。
(まさか、僕が原作での想定よりも強くなりすぎたから、フィルレシア皇女が確実に勝てるように弱そうな人材をリーダーとしてあてがった? それにしては、中途半端ではあるけど……)
かといって、もう一つのチームにあまりに弱すぎるメンバーを集め、皇女と当たる前に負けてしまっては、帝国の威信も地に落ちる。
「他国の学園には負けず、しかしフィルレシア皇女が確実に勝てるライン」として考えたのが、Aクラスの最高戦力は備えつつ、レミナをリーダーに据えることだったのかもしれない。
「ま、学園長だの以前に私がそのチームを変える気なんて毛頭ないから、無駄なこと考えるのはやめて、そのメンバーでどうやって勝つかを考えるんだな。見応えのある試合になりそうなチーム分けになって、私としちゃあ愉快な限りだからよぉ」
邪悪な笑顔でそう言い切って、ネリス教官はスキップでもしそうな足取りで会議室を出て行ってしまった。
そして、
「――思うところはありますが、仕方がありません。少し、セイリアさんとファーリさんをお借りしますね」
次にフィルレシア皇女が立ち上がると、視線だけで自分のチームメンバーを招き寄せる。
「う、うん」
後ろ髪引かれる態度で、ちらちらと僕の方を気にしながらセイリアがそれに続き、
「ん。じゃあレオ。またあとで」
全く気にした様子を見せずに僕に手を振ったファーリが、その後ろにつく。
そして最後に、
「……ご迷惑を、おかけします」
翠色の髪をなびかせた儚げな少女が僕たちに一礼をすると、入り口の方へと歩いていく。
ただ、僕とすれ違う、一瞬に、
「――ありがとうございます」
「え?」
僕にしか聞こえないほどに小さな声でそうつぶやくと、そのまま皇女たちの方へと歩いていってしまった。
(今のは……)
ただ、それを問いただす暇もなかった。
図らずも会議室の入り口で揃った五つ星を従え、フィルレシア皇女は最後に僕らの方を振り返ると、
「――では、素敵な決勝戦にいたしましょう」
もう決勝で戦うことが決まったような口ぶりで一礼し、部屋を出て行ったのだった。
※ ※ ※
その後、残された僕らは今後の大まかな方針などを話し合ったものの、そう簡単に答えが出ることでもないし、会議室をずっと占有している訳にもいかない。
あまり具体的なことは決まらないまま、詳しいことは後日、となって解散した。
(……彼女が〈ファイブスターズ〉最後の一人、か)
教室へと帰りながら思うのは、意味深な感謝の言葉をささやいて去っていったエメラルド色の髪をした少女。
確かサスティナス将軍の娘で、名前は〈メイリル・サスティナス〉。
彼女ともクラスメイトではあるけれど、婚約者であるオーヴァルと共に過ごしていることが多く、やはり接点は少なかった。
(さっきのは、どういう意味だったんだろう)
特に感謝されるようなことはしていないと思うのだけど、どうにも情報がなさすぎる。
(……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないか)
僕らはレミナをリーダーにして、あの学年最強チームと戦わなきゃいけないことが決まったのだ。
別なことに気を取られているような余裕はない。
(フィルレシア皇女の秘密がどんなものかは分からない、けど……)
それを抜きにしても103というレベルだけで侮れないし、「光魔法の使い手」というだけで厄介だ。
光魔法は燃費の悪さにこそ目をつぶれば、ほかの属性よりも一段階も二段階も強力なものが多い。
(それに、こっちのリーダーがレミナ、っていうのもちょっと怖いところなんだよね)
セイリアのオーパーツみたいな刀や、ファーリの高速詠唱も、敵に回ると怖すぎる。
体力の低めなレミナがまともに食らってしまったら、一発でダウンして敗北、なんてこともありえる。
「大変なことになっちゃったねー」
僕が対策を考えていると、軽い口調で話しかけてきたのはトリシャだった。
「あらためて敵として見ると、〈ファイブスターズ〉ってめちゃくちゃ強そうなんだよね。ちょっと気がめいってきたよ」
僕の弱音に、トリシャは「あはは、そりゃ大変だ」と楽しげに笑ったあと、
「……でも、あんまり近くばっかり見ていると、思わぬところで足をすくわれるかもしれないよ?」
ほかの生徒に聞こえないようにきゅっと身を寄せて、そんな言葉を口にした。
それは、考えてもいなかった可能性。
(でも……そうか)
このゲームのヒロインと予想される〈ファイブスターズ〉は、大抵の男キャラよりも軒並み強く設定されている。
当然、彼女たちに勝つというのはハードルとしてはかなり高い。
この難易度の高さと、優勝賞品が〈魔王〉関連の品だということを絡めて考えると、〈ファイブスターズ〉打倒はおそらく「真エンドルート」のための勝利条件で、二周目以降のプレイヤー向けの要素だ。
じゃあそれを目指さないならこのイベントは楽にクリア出来るのか、と言えば、〈世界一ファクトリー〉がそんなぬるい難易度設定をするはずがない。
初周のプレイヤーがギリギリクリア出来るような、「通常ルート」向けのハードルがあるはずだ。
それがどんなものかは分からないけれど、事前情報があるなら聞いておくべきだろう。
僕が姿勢を正すと、トリシャは口を開いた。
「これは確定情報じゃないから、そのつもりで聞いてほしいんだけど……」
そう前置きして、トリシャはぽつぽつと話し始める。
「一時期ね。〈特区〉の学園に、『光魔法の使い手が現れた』って噂があったんだ」
「えっ!?」
寝耳に水な情報に、僕は思わず声を出してしまった。
光魔法と言えば、僕が主人公専用魔法ではないかと疑ったくらい希少な魔法。
……いや、今となっては僕以外にもフィルレシア皇女や、モブキャラのはずのレミナですら使えるのでちょっとその希少性に疑いが生まれてきたけれど、とにかく「光魔法を使える」となれば、原作ストーリーに影響を及ぼすようなキャラの可能性も高い。
「誤報だってことですぐ立ち消えたんだけど、ほら、やっぱり光魔法って気になるからさ。ちょっと詳しく調べてみることにしたんだ」
彼女はちらり、とレミナの方に視線をやったあと、いつもよりも神妙な顔で言葉を続ける。
「それからしばらくは情報は出てなかったんだけど……。やっぱり、人の口には戸が立てられないもんだね。最近、特区の学園に〈聖女〉がいるって噂が急速に広まり始めてきた。どうも『光魔法の使い手』は、本当に実在していたみたいなんだ」
「〈聖女〉……!」
飛び出してきたワードに、僕の心臓がドクリと跳ねる。
「聖女」という言葉は、こういうRPG的な世界観においては特別な意味を持つ。
ギャルゲーであればメインヒロイン、乙女ゲーであれば主人公の立ち位置にだって収まることもある、非常に重要な役どころだ。
(まさかここに来て、いきなりの追加ヒロイン、とか?)
思い浮かぶのは、存在が想定されながらも、いまだ不在の釘野声のヒロイン。
もし校外に追加のヒロインがいるのなら、交流戦を機に出会う可能性もゼロじゃない。
「そ、その人がどんな人なのか、分かる?」
この世界はゲームを基に作られた世界であるから、キャラ付けによってその人物の立ち位置や重要度が類推出来る。
僕が慌てて尋ねると、トリシャの顔が少しだけ曇った。
「う、ん。彼女は帝国の出身らしくて、その線で結構情報自体は入ってきたんだ。ただ、信じてもらえるかどうか……」
「トリシャの言うことなら、信じるよ」
僕が即座に返すと、トリシャは少しだけホッとした顔をした。
(……でも、信じてもらえないような人、か)
光魔法を使う聖女で、「信じられないような特徴」となれば、普通ではありえない効果の回復魔法を使う、とか、あるいは信じがたいほどに美しい、とかだろうか。
もしくは、信じられないほどに慈悲深い、という線もあるかもしれない。
とにかく、その特徴によって、原作におけるその人の立ち位置が予測出来るはず。
「じゃ、じゃあ話すけど、話半分に聞いてね。えっと、調査によると、その人は――」
情報の漏洩を恐れたのか、もう一度素早く左右に視線をやると、トリシャは覚悟を決めたように僕の方へと身を乗り出す。
そうして、期待半分、恐れ半分で待ち受ける僕の耳にトリシャはそっと唇を寄せると、こう、ささやいた。
「――金髪をドリルみたいに巻いた吊り目の元侯爵令嬢で、おーっほっほっほって笑うんだって!」
……いや、その〈聖女〉、絶対にニセモノだよ!!
突然の偽聖女!!