第百九十五話 チームバトル
牧歌的なイベントかと思われた〈学園交流戦〉。
ただ、そのイベントで優勝校が手にする「旗」の説明文には、到底看過出来ないことが書かれていた。
《統風の魔旗(貴重品):帝国西部の暴風を鎮めるために必要な魔法旗。魔王に至る四つの鍵の一つ。「たとえ、この身を闇に堕としても……」》
この記述を信じるなら、この旗が二つ目の〈魔王〉に至る鍵。
真エンドの条件だ。
ただ、それ以外にも気になるのが、「帝国西部の暴風を鎮める」という部分。
さっき言っていた風精という奴に関連しているのだろうけど、これもやはりイベントの匂いがする。
それに……。
(フレーバーテキストって言うのかな。一つ目の鍵の〈剣の栄光〉といい、最後の一文がいちいち不穏なんだよね)
今までのゲーム経験上、こういうのはこのアイテムの前の持ち主とか、アイテムを作った人などの、「過去にこのアイテムと縁が深かった人」のエピソードを語っているものが多い。
だとしたら、どんな悲劇的なことが書かれていてもゲーム本編に実質的な影響はないから、そこまで気にする必要はないはずなんだけど……。
(ゲームに関係している可能性もゼロじゃないし、少し気を付けておこうか)
しかし今はとにかく、「旗」を手に入れることを考えないといけない。
(ややこしいことになっちゃったなぁ)
僕はなんとなく、うちの学校が優勝したら旗が手に入るような気になっていたけれど、そんな簡単な話じゃない。
フィルレシア皇女は、「自分のチームが優勝したら旗をサスティナス家に貸し出す」と約束していた。
(サスティナス家、ってさっきのオーヴァルくんだよね)
態度を見る限り、いかにも横柄な貴族の息子、って感じで、旗を貸してくれるとはとても思えない。
だとしたら、
(――僕たちのチームがフィルレシア皇女のチームに勝って、優勝旗を手に入れるしかない!)
皇女様が約束したのはあくまで「私のチームが優勝したら」という前提。
もし僕らのチームが優勝すれば約束は無効になるはずだし、優先的に旗を使いたいと言っても認められるはず。
(ああもう、敵チームが弱いから、簡単なイベントになると思ったのに!)
まさか、校外の人たちと戦う大会で、校内の人間が最強の障害になるというのは流石に盲点だった。
こんなの、ほかのゲームなら設定のミスを疑うところ。
でも、「〈世界一ファクトリー〉のゲームならこのくらいやる」という嫌な方向での信頼があった。
……だとしたら、この交流戦は絶対に負けられない。
LV250のナニカを抱えているフィルレシア皇女の秘密は気がかりだけど、秘密であればこそ、試合で表立って見せはしないはず。
(僕もだいぶ強くなったし、僕の仲間……特にセイリアやファーリは着々と力をつけている。きっとこれならなんとかやれる、よね?)
湧き上がる不安を押し込めるようにして、僕は教官が話し出すのを待った。
「――あー、説明の前に時間取られちまったが、まずは大会のルールについて解説すんぞ」
考えがまとまったところで、教官の話に耳を傾ける。
「この交流戦は、五人対五人のチーム戦。一対一を五回やるとかじゃなくて、五人が同時にリングに出て戦う形式だな。特殊なのは、それぞれのチームが誰か一人リーダーを決めて、そのリーダーがやられたら負けってところだ」
ちょっと危ういルールに思えるけれど、逆に言えば相手のリーダーを集中攻撃したら勝ちだから、そこは良し悪しと考えておこう。
「試合では決闘なんかと同じで、やられたら怪我する前にリングの外に放り出されるようになってるから、身体の心配はしなくていい。あ、ただ、減った気力とかの測定方法についちゃ、開催国の特区の方で新しい魔道具を用意してるようでさ。面白そうだからオーケーしておいたぜ!」
いい仕事した、とばかりに笑顔を見せる教官だけど、ライバル校が仕込んだギミックとか、普通に考えて罠の匂いしかしない。
この人ほんと余計なことしかしないなー、とは思うけれど、このくらいは想定内だ。
(――何か仕掛けがあるにしても、そんなの関係ないくらいの火力で押し通せばいい!!)
なにせ、僕にはとっておきの「奥の手」がある。
誕生日で家に戻った時、故郷の山を削り取った、僕の「全力」の一撃。
まさか、魔法に耐性があるはずのあの岩をぶち抜いてしまうとは思わなかったけど、今となってはあの威力が頼もしい。
(……まあ、ほんとのとこは、実用性って面ではかなり疑問は残るけど)
あの「全力」の攻撃を敵に向かって放てれば、そりゃあほとんどの相手は消し炭になるだろうし、それこそ〈魔王〉にだって通用するかもしれない。
だけどあの突き抜けた威力は、僕のリソース全て、つまりは「MP全部と最大HPのほぼ全て」を、あの一発のために使い尽くしたからこそ出せたもの。
(実戦で使うには、流石にちょっと問題がありすぎるんだよね)
まずもって普段使いするには威力が強すぎるし、格闘ゲームで言う超必殺技のような立ち位置にならざるを得ない。
でも、必殺技と考えるとコスパが悪いなんてもんじゃないし、何よりも「タメ」の時間が長いのが致命的な欠点になる。
(その上、生命力を魔法に注ぎ込んでる時の〈獅子の魂〉エフェクトがすっごい目立つんだよね)
目の前で真っ赤なエフェクトを出しながら棒立ちでいれば、「これから大技を撃ちます」と大声で喧伝しているようなものだ。
戦闘の最中に最大威力を目指すのは、あまり現実的じゃない。
――ただし、こういう試合のように「事前の準備」が出来る状況なら別。
試合の直前にHPMPを全て魔法に注ぎ込んで、開始直後に「全力」の攻撃を放てる状況を整えてしまえばいい。
試合前ならHPがいくら減っても負けにはならないだろうし、上手くいけば開幕一秒とかで戦いを終わらせられる。
(これも真剣勝負。世界の命運がかかっているんだ。卑怯とは言うまいな)
そんな風に、心の中で皮算用をしていると、
「あと、試合中は申請した装備以外のアイテムは使用禁止。ついでに事前に強化魔法やらアイテムやらを使ったり、攻撃の準備したりってのも禁止だから、ぜっっったいにやるなよ!」
「えっ!?」
無慈悲な教官の言葉が、僕の完璧な計画を打ち砕く。
「な、なんで……」
思わずそんな言葉を発してしまったが、それに応えたのは、教官ではなくて、後ろにいたトリシャだった。
「ええと、昔はそういうルール、なかったらしいんだけどね。それをいいことに、好き勝手した人たちが過去にいたらしくって……」
例えば、試合中はアイテムが使用禁止だからと、直前にパワーアップ系のアイテムを使いまくって試合に臨んだり……。
お互い開始宣言前に魔法を準備して開幕と同時に放つのが当然の戦術となって、開幕数秒で決着がつく試合が頻発したり……。
悪質なところだと、自国の宮廷魔術師が事前に準備した魔法を、自分の魔法だと装って使ったり……。
とにかく「実力を競い合う」という大会の趣旨からはどんどん外れてきたために、規制されたらしい。
「比較的最近だと……『攻撃を受けると、そこから三十秒間敏捷が上がる』って能力を持っていた仲間に、試合開始直前にチームメイト全員が殴りかかってボコボコにした、って事件があってね。会場は当然ドン引き。上がった敏捷を披露する前に、チーム丸ごと失格になったそうだよ」
「そ、それは……ひどいね」
いきなり相手チームが仲間をリンチし始めたら、対戦相手の人はさぞびっくりしただろうと思う。
そのあんまりな絵面を想像して、僕がうなずくと、
「っだよな! ひっどいよな!」
なぜかネリス教官がすっごい勢いで食いついてきた。
「ほんっと、審判の奴ら頭固いのばっかでさぁ! いたいけな新入生が必死で考えた作戦を違反行為呼ばわりして一発退場だぜ! ひどすぎるよなぁ! おかげで私ら初戦敗退だぞ!」
いや失格になったのって学生時代の教官かよ!!
と、叫びそうになって、ぐっと飲み込んだ。
この人はもうこういうアレだから、構うだけ損だ。
(と、というか、まずいぞ!?)
そうなると、「全力」の攻撃を放つのは一気に難しくなる。
急に変わった風向きに焦る僕だったけれど、本当の慌てるようなことが起こったのはここからだった。
「んじゃ、次は、チーム分けだが、これはもう『上』からの指示で決まってる。一つ目のチームは……フィルレシア殿下!」
「はい」
立ち上がったフィルレシア皇女に、教官はそれが決定事項かのように、あっさりと告げる。
「お前がリーダーになって、一つ目のチームを率いろ。メンバーは……残りの〈ファイブスターズ〉、全員だ」
「なっ!?」
考えていなかった、けれど考えるべきだった事態に驚愕する。
「アルマくん……」
「レオ……」
僕とは別のチームに指名されたセイリアとファーリが、不安そうにこちらを見る。
それに対して、僕が何も答えられないでいるうちに……。
「で、だ。すると必然的に、残ったメンバーが二つ目のチームってことになるんだが、こっちにも注文が来ててな」
教官は真っ赤なボサボサ頭をガシガシとこすると、面倒くさそうに一人の生徒に視線を向けた。
「……え?」
目が合った「少女」が、自分がなぜ注目されているのか理解する暇もなく、宣告は降される。
「――レミナ・フォールランド。二つ目のチームのリーダーは、お前だ」
不可解な任命!!