第百九十四話 御旗の下に
学園交流戦の説明のため、と会議室に新入生が呼び集められた。
いつものメンバーと会議室前まで行くと、集まった生徒は十人。
〈ファイブスターズ〉と僕たちのほかに、
「よぅ、レオハルト。やっぱりお前も呼ばれたか」
「ディークくん!」
ディークくんを筆頭に、クラスの男子が三人やってきていた。
男子生徒とこういう場で会うのは、なんだか新鮮な感じだ。
(この学校、ギャルゲー世界なだけあって女子の存在感がすごいからなぁ)
もちろんクラスメイトだから話をしないって訳じゃないんだけど、ちょっとヒロイン勢に押され気味なところがある。
女性陣はヒロイン補正なのか、総じて男性陣より初期レベルも高く、魔法の適性や特殊能力の面でもかなり優遇されているのを感じる。
むしろ〈世界一ファクトリー〉ならプレイアブルキャラよりもお邪魔キャラを強くするイメージがあるから、その辺り割と優しい仕様だな、なんて思うくらいだ。
「っと、そうだ。これ、オレも使わせてもらってるぜ」
「あっ! それは……」
ディークくんがちらりと見せてきた指の間には、安物感のある二つの指輪。
間違いなく、無限指輪だろう。
「おかげでオレでも多少は魔法が使えるようになった。ありがとよ」
ニカッと嫌みのない笑みを浮かべるディークくん。
なんというか、本当に人間力が高い。
(この世界がギャルゲーじゃなくて乙女ゲーとかBLゲーだったら、きっと大人気だったんだろうなぁ)
なんてバカなことをつい思ってしまうほど、よく出来た奴だ。
僕もディークくんに何か言葉を返そうとして、
「……ちっ」
しかし、それを遮るような露骨な舌打ちの音が聞こえて、思わず動きを止める。
「無駄話をしているならどけ!」
そう言って僕を押しのけて部屋に入っていったのは、おそらくさっきの舌打ちの主。
ディークくんと連れ立ってやってきた男子生徒の一人で、すれ違った一瞬に見えた彼の手には、なぜだか布に包まれた大きな筒のようなものが握られていた。
(確か、〈ファイブスターズ〉の一人と婚約してる人だっけ? ええと、名前は……)
僕とは関わりの薄い相手で、まだほとんど話したこともないから名前がとっさに出てこない。
その割に敵意マシマシな態度だったよなぁと首をひねっていると、ディークくんが肩をすくめて口を開く。
「……わりぃな。オーヴァルはいわゆる『指輪難民』って奴みたいでさ」
「え、あ、ああ。ありがとう、大丈夫だよ」
そういえば彼は、オーヴァルって名前だった。
すっかりド忘れしてしまっていた名前を運よく聞けたことにひそかに安堵していると、
「まあ、悔しいがこの〈アルマリング〉は画期的だからね。手に入れられなければ腐るのも分からなくはないさ」
まるで指輪を嵌めた指を見せびらかすようにして、気障な仕種でスチャッと眼鏡の位置を直したのは、クール系眼鏡男子のルークス。
彼は指輪を嵌めた手を眺め、
「これさえあれば、ファーリ・レヴァンティンにも……」
と一人闘志を燃やしているけれど、起きてる間中ずっと魔法を使っているような魔法ジャンキーに、無限指輪の補助程度で勝つのは、流石にちょっと厳しい気がしなくもない。
と、オーヴァルくんではないけれど、あまり会議室前で固まっていてもしょうがない。
「まあ、とにかくオレらも入ろうぜ。……オーヴァルの奴が呼ばれたのは、ちょっと気になるけどな」
ディークくんに促され、僕らはちょっとだけいつもと違うメンバーと共に、会議室の中に入っていったのだった。
※ ※ ※
中に入ると、まだ説明役の教官は来ていないようだった。
(まぁた遅刻か、あの人……)
ネリス教官の信頼度はすでにマイナスに振り切れている。
今さらこの程度で何か思ったりはしないが、本当に少しはまともになってほしい。
(まあ今回は、それだけ大したイベントじゃない、ってことなんだろうけど……)
席に座って待っているうちに、だんだん不安になってくる。
僕はちょっと席を引くと、後ろに座っているトリシャにこっそりと耳打ちをした。
「あ、あのさ、トリシャ。前の武術大会みたいに、今回の交流戦も実は百周年で……とかないよね?」
トリシャは油断していたのか、「ひゃふっ!?」と耳を押さえ、「い、いきなり変なことしないでください!」と一瞬だけお嬢様言葉に戻って抗議したあと、それでも律義に質問に答えてくれた。
「交流戦が百周年? ってまっさかぁ。この交流戦って割と最近始まったものだし絶対ないよ。……どうして?」
「い、いや、それは、特別な賞品とかあるのかなって……」
この学園に入学して初めての大規模イベント、〈捧剣練武大会〉では、第百回の記念で〈魔王〉撃破のためのあからさまな重要アイテムが賞品として用意されていた。
今回も同じようなことになっていたらまずい……と思っての質問だったけれど、
「あー。交流戦は今年で三十一年目とかだったかな。何も節目じゃないし、特別な賞品とかも出ないと思うよ。そもそも、〈捧剣練武大会〉が百周年だった方がレアっていうか……」
「そうなの?」
僕が尋ねると、トリシャは嬉々として解説を始めてくれた。
「まず、『突出した個人を育てるための学園』って考え方自体が、この第一学園発祥で……」
トリシャの話を要約すると、帝国が英雄学園を運営し始めて成功したから、ほかの国でも似たような学園がぽんぽこと生まれてきたらしい。
だからこの帝国の学園が一番歴史が古いのだとか。
「ついでに言うと、〈捧剣練武大会〉自体がうちの学園独自の大会だしねー」
トリシャが話してくれたところによると、〈捧剣練武大会〉という名前の大会がほかにないだけでなく、「魔法禁止の武闘大会」をやっているのは今は帝国の学園だけらしい。
いや、もちろん武闘大会というアイデア自体はほかの学園も真似していたらしいけれど、ほかはもっと魔法に力を入れている学園が多く、魔法だけの大会や武技と魔法両方使える大会はあっても、武技オンリーの大会は今のところ帝国でしか開かれていないんだとか。
「まあ、うちの国はなんというかその、ちょっとだけ脳き……パワー系の人たちが多いからね」
た、たぶん魔法キャラだけじゃなくて物理キャラにも輝く機会を与えたかったとか、そういうゲーム的な理由もあると思う。
……うん。
(でもまあ、そういうことなら安心だ!)
前回の武術大会の賞品である〈剣の栄光〉が〈魔王〉への鍵になったのは、あれが百周年のために用意された「特別なトロフィー」だったから。
「魔王に至る鍵」というのが〈終焉の封印窟〉の扉を開く鍵だとすると、この鍵は少なくとも何かの魔道具のはず。
……逆に毎年の優勝者に配られる、普通に鋳型に金属を流し込んで作ったような量産型トロフィーで扉が開かれるとすると、封印って一体なんなんだよという話になる。
(まあ、あの百周年でもらった〈剣の栄光〉がなんなのかっていうのも、まだいまいち分かってないんだけど……)
遺跡で見つかった魔法の品をそのままトロフィーとしたとか、そういう話なのかもしれない。
(それに……)
ついでに言えば、〈世界一ファクトリー〉が真エンドの条件にするアイテムなら、それは前回の〈剣の栄光〉くらいの入手難易度になる、というのは想像出来る。
(あの大会は、今思うとすさまじい無茶ぶりだったよね)
百周年記念のアイテムだから今年にしか入手チャンスがなく、少なくともゲームであれば「優勝した人に交渉して優勝賞品を譲ってもらう」なんて無理だろうから、勝ち抜いて優勝するしか入手手段はなかったはず。
つまりは「三年生を含めた猛者が出てくる大会に、ゲーム開始一ヶ月の状態で優勝しろ」とかいう無理難題を押し付けられた訳で、〈魔王〉を倒す真エンドルートに行くというのはそれくらいの難易度が平然と求められるということだろう。
――逆に次の交流戦は、言ってみればちゃんと育成が済んでいればほぼ勝ち確のヌルゲー大会。
こんな足切り確認みたいな大会の報酬に、やり込み度が求められるであろう真エンドに必要なアイテムを置くはずがない。
(流石の絶対原作守護るマンも、今回ばかりは気を抜いていても大丈夫そうだな、ヨシ!)
全く穴のない自らの推測に安堵して、リラックスして椅子に座り直した直後。
「――いよーぅ! 集まってっかぁ?」
教員とは思えないノリでネリス教官がやってくると、機嫌よさそうに僕らを眺めまわした。
が、ある一点を見たところで、その眉が歪む。
「……あん? オーヴァルてめえ、なんでここにいんだ?」
彼女がガンをつけるように彼をにらむ。
でも人数的には正しいはずだし、彼がここにいるのは別に……。
(……あ、いや、そうか)
交流戦の出場人数は十人で、ここに集まった生徒も十人だから、特に不思議に思わなかった。
でも、冷静になるとおかしい。
――だって、この場にはスフィナがいない!
また錬金術店をやっているのか、この大事な日にも彼女は当然のように欠席。
流石にヒロイン兼強キャラである〈ファイブスターズ〉が選ばれないはずがないから、スフィナがこの場にいない以上、集まるのは九人になるはずなのだ。
(じゃあ、オーヴァルくんがここにいるのは、彼の独断?)
見た感じ彼は生粋の貴族で、言っちゃ悪いが傲慢そうな印象がある。
もしかして大会のメンバーに選ばれなかったことに不満があって、文句でもつけに来たのでは、なんて思ったんだけど、
「――そ、それは魔法旗を持つサスティナス家の代表として、私が交渉に来たからだ!」
どうやら、そう単純な話ではないらしい。
彼は一方的にそう言い募ると、教官に向かって挑むような攻撃的な視線を向けた。
「代表ってよぉ。お前はまだサスティナス家の婿候補ってだけで正式な家の人間じゃねえだろ。そもそも……」
「いえ、構いませんよ、教官」
呆れた様子の教官の言葉を遮ったのは、さらなる上位者だった。
「――私が、皇室の『代表』としてお話を伺いましょう」
笑顔を浮かべたフィルレシア皇女が、その場を引き取る。
優雅な所作で前に立つその姿は、完璧の一言。
オーヴァルも対抗するようにフィルレシア皇女と向き合うが、少なくともその立ち姿についていえば、風格も、気品も、全てが皇女に見劣りしていた。
「サスティナス家に話があるのはこちらも同じ。代表として来たというのなら、『旗』の返却について、お話しさせていただかなければ」
フィルレシア皇女の冷たく整った笑顔に、一瞬だけオーヴァルは怯む様子を見せたが、やはり譲れないものがあるのだろう。
虚勢を張るように声を張り上げて、訴える。
「は、旗を渡すのは構わない。だがその前に、例の件について殿下にしっかりと確約をいただきたい」
「例の件とはどのお話でしょうか?」
わざとらしく首を傾げるフィルレシア皇女に、オーヴァルは分かりやすく顔を真っ赤にした。
「ま、前にも散々話しただろう! 外での下らんお遊戯が終わったら、すぐにその旗を返してもらう、という話だ!」
「あら、返してもらう、というのはおかしな話ですね。この旗はあくまで、交流戦で優勝した学園に『預けられる』もの。まるでこの旗の正当な所有者であるかのような物言いは……」
「とぼけないでいただきたい!」
皇女の言葉を途中で遮り、オーヴァルが激発する。
「あの旗は、この十数年間、一度も他国に渡ったことがない! 実質的には我が国のものであるものと同義だ! それに、殿下も〈サスティナスの風精〉の被害は知っているはず! あれが『私』の手にあってこそ、かの地の平穏は守られるのだ!」
激しい身振りと共に声を張り上げるオーヴァルだが、皇女の冷たい笑みは微塵も動かない。
ただ、話を最後まで聞くと、「それで終わりですか」とばかりに、ゆったりとした動作で唇に指をあてて、
「……まあ、構いませんよ」
あまりにあっさりと、うなずいた。
そこで彼女は、視線をオーヴァル……よりも少し奥に向け、そこに立っている彼の婚約者に微笑む。
「『彼女』は共に戦う仲間ですから、その貢献に報いるのも皇室の務め。私たちのチームが優勝を果たした暁には、旗は必ずサスティナス領に預け、帝国が旗の所有権を保持する間はその扱いを一任すると約束しましょう」
自分の肩越しに婚約者に視線を向けられ、オーヴァルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに尊大に鼻を鳴らした。
「ふん。言質は取ったぞ。……なら、しばらくこれは預けておいてやる」
そう言って皇女に押し付けたのは、布に包まれた筒。
押し付けられた拍子に布が解け、中から小さめのサイズの旗が現れた。
(あ、なるほど)
それでようやく、話が見えてきた。
(あの旗がオーヴァルくんの家にとって大事な魔道具で、交流戦の優勝校が所有権を持つトロフィー的なもの、って考えでいいのかな)
ちらりとトリシャに視線をやると、完全に理解している顔。
サスティナス領とか風精とかいうのはよく分からないから解説してもらいたいけれど、流石に今事情を聞く訳にもいかないだろう。
「もう私の用事は済んだ。失礼する!」
せかせかとした足取りで、オーヴァルが部屋を出ていこうとする。
その時に婚約者に一言もないのは、なんだか感じ悪いなぁと思うけど、僕はもう、オーヴァルのことをほとんど気にはしていなかった。
それよりも……。
(たぶんあれって、イベントアイテム、だよね)
なんでだろう。
なんでか分からないけど、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
布を解かれ、その真の姿を現した真っ青な旗から、目が離せない。
(まさか、そんなことない、とは思うけど……)
僕は予感に突き動かされ、皇女の手に残った旗に向かって、視線を集中させる。
「……あ、はは」
途端に浮かび上がったその説明文を見た瞬間、僕の口はひくりと引きつった。
《統風の魔旗(貴重品):帝国西部の暴風を鎮めるために必要な魔法旗。魔王に至る四つの鍵の一つ。「たとえ、この身を闇に堕としても……」》
……もしかしてこのイベント、負けられないのでは?
二つ目の鍵、登場!