第百九十話 似た者兄弟
「お礼、って……」
唐突なフィルレシア皇女の言葉に、僕は戸惑った。
確かに以前、彼女には光属性の魔法の威力を上げる〈ホワイトドラゴンリング〉を渡した。
彼女は「そのリングに二億までならお金を出す」なんて言っていたから、世間的には貴重なものだというのも分かるんだけど……。
(――でもこっちの実感としては、単なる在庫処分なんだよね)
ドラゴンリング系は〈終焉の封印窟〉でたくさん手に入ったため、エンチャントにこだわらないならドラゴンリングは大量にあって、その中の二つを渡しただけ。
流石にエンチャントなしのを渡すのも悪いかな、と思って土壇場で何かしらのエンチャントがついたものを選んだはずだけど、それだってもうなんの効果だったか思い出せないほどの外れエンチャントだった。
適当に渡したものでここまで感謝をされると、嬉しさよりも申し訳なさが勝ってしまう。
「お気持ちは嬉しいですが、本当に気を遣われなくても……」
僕の戸惑いを察知したのか、彼女は僕の両手を放すと、少しだけ表情を崩した。
「少し、性急すぎましたね、すみません。ですが、それだけ貴方には……いえ、貴方たち兄弟には感謝をしていることを分かっていただきたくて」
「兄弟? 兄さんにも、ですか?」
どうしてそこにレイヴァン兄さんが出てくるのかと首を傾げると、あら、と皇女は口を押さえた。
「そういえば、言っていませんでしたか? 私は子供の頃に、貴方のお兄様に助けていただいたことがあるんです」
「レイヴァン兄さんが、皇女様を……?」
意外なつながりに一瞬だけ驚いてしまったけれど、レイヴァン兄さんならそのくらいやってのけるだろう。
(何しろ兄さんは僕みたいなインチキじゃない本当の天才! 能力どころか人格も最高の、完璧超人だからね!)
あの兄さんなら、子供の頃に少女の一人、なんだったら十人や二十人くらいは救っていても不思議はない。
「今思えば、愚かな話なのですが……」
幼少期、まだ精神的に未熟だったフィルレシア皇女は、孤独に精神を病みかけていた時期があったらしい。
そこにさらに野心ある侯爵家の陰謀が重なって塞ぎ込んでいる時、兄さんが白馬の王子様よろしく現れ、颯爽と皇女様を救ったのだとか。
(さっすが兄さん!)
なぜか一人だけ少女漫画か乙女ゲーのようなことをしている気がするけれど、それでこそ僕の兄さんだ。
(やっぱりレイヴァン兄さんは、〈フォールランドストーリー〉でも重要なキャラだったんだろうな)
家族の中で唯一、重要人物である印の「図鑑マーク」がついているのは伊達じゃない。
(僕の前世の記憶が六歳まで目覚めなかったのは、結果的によかったかも)
記憶があったら、知らない間に兄さんに影響を与えてしまって、幼少期のフィルレシア皇女と兄さんのイベントを潰してしまった可能性もある。
その場合、最悪はフィルレシア皇女が学園に来なくなって原作が破綻……。
もしくはそこまではいかなかったにしても、皇女の性格が今よりも荒んで「人なんて所詮駒でしょう? 人体実験? もちろんやるわよ! オーホッホッホ!!」ってな感じなやべー奴になっていた未来もありえる。
「どうか、なさいましたか?」
僕が妄想の悪役令嬢フィルレシアに震えていると、邪念を察知したのか、彼女の目がいぶかしげに細められる。
「あ、い、いえ! それで、貴族の問題はどうなったのかなと思って……」
ごまかすように適当な話題を振ると、彼女はこともなげに答えた。
「ああ、それでしたら円満に片付きました。陰謀もほぼ未遂だったので処刑は可哀そうと、家ごと国から放逐するに留められたそうです。今は特区の方で元気に再起を図っているようですよ」
「……そ、そうですか」
胸キュンエピソードのはずなのに、どうにもほのぼの出来ないのはお国柄ゆえか。
まるで「いいことしたなぁ」って顔で微笑んでいる皇女様から目を逸らし、僕は慌てて次の言葉を探した。
「ええと、あ、そうだ! でしたら僕の分もまとめて、兄さんの方にお礼をしてもらうということに……」
渡りに船、とばかりに僕はそう水を向けたが、それを聞いたフィルレシア皇女はなぜか楽しそうにクスリと笑った。
「ふふ、それが実は……」
最近になって学園で会う機会があり、フィルレシア皇女は意を決して兄さんに昔の話を切り出したらしい。
しかし、助けた事実についてはごまかされた上に、
『本来の私は、誰かを救えるほど立派な人間ではありませんよ。それでももし、子供の頃の私が殿下を助けたというのなら……。それは弟に支えられ、腐らずに前を向くことが出来た結果でしょう。恩を感じるというのなら、どうか弟に返してやってください』
とだけ言い残し、去っていったらしい。
(――なにそれイケメンすぎる!)
僕の方が胸キュンしてしまいそうだ!
ただ、兄さんにドキをムネムネさせている場合でもなかった。
「そういうことなので、貴方にはやはり、二人分のお礼を返さなくてはなりませんね?」
「うぐ……」
これが、あまりにも優秀すぎる兄を持った弊害というものか。
皇女様の笑顔の圧力が、僕にのしかかってくる。
(こうなったら、適当に何かを言っておくといいんだろうけど、困ったな)
正直、何も思いつかない。
貴重な装備品や、お金といったものなら、僕でもなんとかなる。
それに、あまりに大きなことや人間関係に関わるようなことを頼むと原作に変な影響を与える恐れがあるから、下手なことは頼めないし……。
「無理にややこしく考えずに、素直に自分が一番欲しいものをおっしゃってくれればいいんですよ?」
悩んでいるのを見て取ったのか、フィルレシア皇女は優しく助言をしてくれた。
そうして、あらためて考える。
(僕が、ほしいもの……)
一番欲しいのは原作の平穏だけど、流石にそれは皇女様にお願いしても意味がない。
自分の戦力強化についてはやったばっかりで、今のところ不足は感じない。
なら次は、と考えた時に、セイリアやファーリ、トリシャやレミナの顔が、パッと思い浮かんで……。
「……あっ」
それに思い至った時、思わず声が漏れていた。
「これ」なら自分だけじゃどうにもならないことで、だけどおそらく、フィルレシア皇女の負担にもならない。
いや、実際にどうなのかは彼女に確認しないといけないけれど、ちょっとした贈り物へのお礼としては、ちょうどいいのではないだろうか。
考えをまとめて顔をあげると、フィルレシア皇女と目が合った。
「欲しいものが、見つかったみたいですね」
なぜだか嬉しそうな彼女に、僕はうなずいて、答える。
「――僕たちに、皇族用の〈精霊の御所〉を使わせてもらえませんか?」
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