第百八十八話 たった一つの冴えたやり方
波乱の誕生日から、二週間ほどの時間が過ぎた。
毎日の〈バブルポーション〉愛飲によってついに僕の即死耐性はマックスになったし、裏山の一部を吹っ飛ばしてしまった件についてもなんとか乗り切った。
あとは次の学校行事に向けて頑張るだけ、と思っていたのに……。
「あ、出てきたぞ!」
昼休み、授業が終わって教室から抜け出した途端に、僕は群がってきた学生たちに周りを取り囲まれる。
「レオハルト様! 今日も素敵ですね! お肩をお揉みいたしましょうか?」
「君がアルマくん、だね? 実は、私の実家から耳寄りな話が……」
「ゆ、指輪! 指輪あるんだろ? くれよ!」
どいつもこいつももみ手せんばかりの丁寧さで(一部例外もいるけれど)近づいてきているものの、その目的ははっきりとしていた。
――僕の持つ「無限指輪」だ。
父さんが「無限に初級魔法を使える指輪」の存在を公開してからこちら、こういう指輪目当ての生徒が僕に群がってくるようになってしまったのだ。
それというのも、どうも父さんが指輪の存在を伝える際、一緒に発見者として僕の名前を大々的に公表してしまったらしい。
(発表するとは聞いたけどさ。こんなのは聞いてないよ、父さん!!)
さらに悪いことに、どういう経緯でそうなったのか、無限指輪は巷では〈アルマリング〉と呼ばれ始めているなんて話も聞く。
学園が異様に噂話の広がりが早いのもあいまって、僕が無限指輪の発見者だということは学校中に知れ渡ってしまっていた。
(見つけ方と一緒に公表したんだから、すぐに需要は収まると思ったんだけど……)
僕が考えていたよりも、エンチャント装備を手に入れるハードルは高いみたいで、今は圧倒的な無限指輪不足。
貴族の子息が多く、そういうものを入手しやすい環境にいるはずの学園生にも多くの「指輪難民」が発生しているらしい。
貴族はプライドの高い生き物だが、同時に強さにも貪欲。
だからこそ、発見者であり、無限指輪の件を公表したレオハルト家の僕に頼めばあるいは、とこうやって群がってきているのだ。
(実際、無限指輪の予備はあるっちゃある……けど)
その数は三十個ほど。
流石に学校中に行き渡らせるほどの数はないし、不用意に誰かに渡したら、今度は渡さなかった方に恨まれそうだ。
それに、何より……。
(――下手なことしたら、原作が壊れちゃうよ!!)
いや、あれだけ大々的に指輪を公表して今さら何を言ってるんだ、と思われるかもしれないが、指輪をきっかけに、学園の力関係や状況が変わったらまずい。
それは別に、僕に不利な変化だけでなく、有利な変化だって同じだ。
困っている状況を何とかするのがイベントになるかもしれないし、何をいじればどう原作に影響するかは原作ミリしらな僕には分からない。
下手をすれば、善意で魔法を上手く使えない人に指輪を渡して魔法の技量を伸ばしたことが、めぐりめぐって原作の展開やイベントを壊すことにもつながりかねないのだ!
(……ん?)
今、なんとなく頭の片隅に引っかかる要素があった気がするが、たぶん考えすぎだろう。
とにかく、今はこの場を離れるのが先決。
「ま、間に合ってますから!」
自分でもよく分からない断り文句を告げて、集団を抜け出す。
人波をかきわけてどうにかいつもの道場へたどり着いて、僕はやっと息をついた。
(……これで一安心、だけど)
部室であるこの道場には、招かれた人しか入れない。
昼休みの間は、一応これで乗り切れるはずだけど、最近は道場の入り口で出待ちされるようになったりもしていて、今から憂鬱だ。
「レオっち、お疲れー。いやー、人気者はつらいですなー」
顔を曇らせる僕に、軽い調子で声をかけてきたのはトリシャだった。
横にはこちらを心配そうに見つめるレミナや、パンをもっきゅもっきゅと食べながらこちらに手を振るセイリアに、昼食そっちのけで魔法の練習をしているファーリもいる。
「他人事だと思ってさ。こっちは毎日大変なんだよ」
そう愚痴をこぼすと、トリシャも苦笑する。
「あはは。見るからに苦労してそうだもんね。まあ、こっちにもたまーに流れ弾来るし、なんとかしたい気持ちもないでもないんだけど……」
トリシャの調整能力をもってしても、この流れは抑えられないようだ。
対して、一人だけご満悦そうなのはファーリだった。
「んふ。わたしは大手を振って教室でも魔法を使えるようになって、嬉しい」
これみよがしに無限指輪をつけながら、にんまりとほおを緩める。
「流石に教室では『あっちの指輪』は使えない。けど、無限指輪が使えるだけでも授業中の内職がはかどる」
「いや、授業は真面目に受けなよ……」
こんな状況になっても彼女たちは平常運転だ。
それはまあ救いと言えば救いだけれど、それで問題が解決する訳でもない。
(流石に、なんとかしないとなぁ)
ある程度時間を置けば沈静化はするとは思うけど、僕の周りに無駄に人が集まっているせいで、イベントが潰れてしまうなんてことになったら、目も当てられない。
深刻そうな僕の様子に、ようやく真面目に力を貸してくれる気になったのか、
「んー。誰か信用出来る人に管理を任せる、っていうのは?」
トリシャはそんなことを提案してくれるが……。
(……それはそれで、問題ありそうなんだよね)
僕が一番信用しているのは、聖人君子の見本とも言われているレイヴァン兄さんだ。
兄さんならきっと、指輪を世のため人のため、正しい用途で活用してくれるだろうけど……。
(ダメだ! 逆にいい影響が出すぎて、原作を壊してしまう恐れがある!)
有能すぎるのがマイナスというのも変な話だけれど、そんなリスクは冒せない。
僕が考え込んでいると、今度はレミナが声をあげた。
「あ、あの、先生に話して、おさめてもらう、とか」
「なるほど……」
それは確かに正攻法だ。
ただ、それにきちんとした抑止力があるかは不明だ。
この学園は生徒同士の争いにはほとんど不介入だし、先生も有能ではあるけれど、癖の強い人物が多い。
(……特に、「あの人」なんかはなぁ)
思い出すのは、特徴的な赤いボサボサ髪。
僕らの担当教官であるネリス教官は、無限指輪の件が公表されたあと、真っ先に寄ってきた人の中の一人だ。
しかも当然、リングの件について事実関係を確認する、とかではなく、
「な、なぁ? お前さ、例のアルマリング、だっけ? お前の名前ついてるくらいだから、たっくさん持ってんだろ? ちょーっとだけ分けちゃくれないか?」
普通に生徒にたかろうとしてきたのだ。
しかも台詞が明らかに転売目的。
「強くなるため」とか、「生徒の訓練のため」とかではないのがいっそ清々しい。
「頼むよ! マナポーションに金使いこみすぎて、今月ちょおーっとピンチなんだよ! 私を助けると思って、な?」
と、まとわりついてくる教官を苦労して引きはがしたのは、今も記憶に新しい。
「んぐ。……ならさ。もういっそのこと、指輪全部捨てちゃう、とか」
別の切り口からそうアドバイスしてくれたのは、パンを食べ切ったセイリアだった。
「それも、ありっちゃありかなぁ」
一瞬だけ、それもいいかなと思ってしまったけれど、
「それをすてるなんてとんでもない! そのくらいなら全部わたしがもらう!」
すごい剣幕で反対してきたファーリに苦笑して、僕は首を振った。
「冗談冗談。第一、捨てたって解決にならないだろうからね」
もったいない、以前に「捨てた」なんて言ってもそれが周知されなければ意味がないし、ファーリのように「捨てるくらいならなんでくれなかった!」みたいな抗議をしてくる人もいるだろう。
「はー。どれも一長一短って感じで、なかなかこれ、っていう解決策は見つからないねぇ」
そう、トリシャが苦笑混じりに言った時、
(……んん? 待てよ)
僕の脳裏に、閃くものがあった。
バラバラで一長一短に思えるみんなのアドバイス。
でもそれを、一つにまとめたら……。
「レオっち?」
不意に黙り込んでしまった僕に首を傾げるトリシャに、尋ねる。
「――あのさ、トリシャ。居場所を知りたい人が、いるんだけど」
※ ※ ※
道場から出ると、案の定出待ちファンよろしく待ち構えていた「指輪難民」たちが、一斉に僕に押し寄せてきた。
いつもなら顔をしかめるところだけど、これも一時のことと思えば我慢も出来る。
僕は大名行列のように難民たちを引き連れて、目的の場所へと向かった。
「あ、いたいた」
生徒たちでにぎわう食堂で、僕の目が捉えたのはあいかわらずの赤いボサボサ頭。
「ネリス教官!」
生徒たちに交じって、貧乏ゆすりをしながらうどんをすすっていた彼女は、僕の呼びかけに顔をあげると、すぐにニヤッと口の端を上げた。
「なんだよ、有名人様じゃねえか。お、もしかして私に指輪をくれる気になったかぁ?」
いつもなら思わず顔をしかめるような軽口。
でも今だけはそんな教官に、僕は満面の笑みを返すと、
「はい! もちろんです! ネリス教官は、僕が一番尊敬している先生ですから!!」
と、大げさな身振りでうなずいた。
「え……は?」
ネリス教官は傍若無人に見えて、自分の想定にない出来事に弱い。
教官が予想外の返しに固まっている間に、僕はすかさず彼女の手を取ると、
「――じゃあ僕の持っている指輪を三十個! 全部教官に渡しますね!」
食堂中に聞こえるほどの声で宣言して、指輪の入ったポーチを押し付けた。
そうして、
「や、嬉しいけどいきなり……って、な、なんだ、おまえらは? え、あ、ちょっまっ――」
押し寄せてきた難民たちに埋もれ、すぐに見えなくなってしまった教官に向かって、僕は両手を合わせる。
……学園でもっとも人の多い昼時の食堂で、ここまで派手なことをしたのだ。
異様に噂が出回るのが早いこの学園のことだ。
これで明日の朝にはもう、僕が持っていた指輪の所有権が誰に移ったかは、全校生徒の知るところになるだろう。
「ダ、ダメだ! こ、この指輪は全部私の……な、なにをするきさまらー! ぐわああああああ!!」
――こうして厄介なものをネリス教官に捨てた僕は、背後から響く断末魔の声をバックに、にっこりと笑みをこぼしたのだった。





