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第百八十七話 轟く勇名



 ――冒険者ギルド。


 国家を越えて組織され、個性的な戦士たちが日々の糧を得て、己が武勇を誇る活動拠点。

 和製のRPGに出てくる冒険者ギルドをそっくりそのまま形にしたようなその組織が、帝国にも存在していた。



「――どういうつもりだよ爺さん!」



 その中でも、帝国全ての冒険者ギルドを束ねるギルド本部の会議室に、怒声が響き渡る。


「今、魔物の大量発生でどこもやべえのは知ってんだろ! こんな時期に招集なんて何考えてやがんだ!」


 元Aランクの冒険者であり、今は帝都近郊の街のギルドマスターを務めるグリッツという偉丈夫が、自分を呼び寄せた男に食ってかかっていた。


 ほかの街のギルドマスターであるグリッツが、帝都に来ることはめったにない。

 だが、帝都にあるギルド本部からの招集により、街の危機につながるような緊急の案件を抱えているギルドを除いて、全ての街のギルドマスターやサブマスターがこの一室に集まっていた。


 だが、爺さんと呼ばれた男、帝国全ての冒険者ギルドを束ねるグランドマスターは、その抗議に臆する様子もなく怒鳴り返す。


「そんなもん儂も知るか! ただ、ギルマス全員集めてこの日の正午にこの箱を開封しろって言われただけだ!」

「誰だよ、んな馬鹿な指示を出しやがったのは!」


 そこで、グランドマスターはグリッツを見てわざとらしくため息をつくと、



「――レオハルト公爵様と皇帝陛下の連名だ」



 目の前の封をされた箱、そこに記された署名を見せつけるように、そう言い放った。


「レオハ……え、英雄様!?」


 当代のレオハルト公爵と言えば、帝国の冒険者の憧れであるかの〈英雄〉のことだし、皇帝陛下の勅命となれば逆らうことは絶対に許されない。


「で、グリッツ。お前さんはこの招集に不服があるって?」

「い、いや、その、文句がある訳じゃねえんだよ。た、ただ、急なことだから動揺しちまってよ」


 しどろもどろになって弁明するグリッツを最後にギロリとねめつけると、グランドマスターは時計を見た。


「……時間だな」


 彼は封のされた箱を慎重に開けると、まずはその一番上に入っていた書類を手に取り、読み始めた。


「ふむ……」


 その姿は荒くれ者揃いの冒険者を束ねるにふさわしい、堂に入ったもの。

 だが、


「お、おいおい。こいつぁ……」


 読み進めるにつれ、豪胆で知られる彼の顔に驚愕と動揺が広がっていく。


「じ、爺さん? そんなにやべえことが書いてあったのか?」


 こわごわと尋ねるグリッツに、グランドマスターは首を横に振った。


「ああ、いや、やべえはやべえが、悪い話じゃあねえよ。どうも我らが〈英雄〉様がまたやってくれたようだ。と言っても、発見したのはその息子らしいがな」

「発見?」

「まあ、お前には話すより試した方が早い」


 首を傾げるグリッツに向けて、グランドマスターは箱から取り出した「何か」を二つ、放り投げる。


「おっとっと。……って、何かと思えばこりゃ〈鉄の指輪〉じゃねえか!」


〈鉄の指輪〉は、初心者向けダンジョンの魔物が落とす、特に効果のない指輪だ。

 仮にもAランクまで上り詰めた冒険者に、改まって渡すようなものではない。


「どういうつもりだよ爺さん! あんたもとうとう耄碌して……」


 グリッツは当然、抗議しようとするが、


「いいからそれをつけて、〈ブリーズ〉の魔法を何度か使ってみろ」

「……やりゃあいいんだろ、やりゃあ」


 グランドマスターの有無を言わせない眼光に押され、しぶしぶと指に二つの〈鉄の指輪〉を嵌める。


「魔法なんざ使うのは久しぶりだな」


 グリッツは見た目通り、魔法よりも肉体で戦う前衛タイプ。

 それでも初級魔法程度なら使えなくもない。


「あーっと、………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉!」


 一体どういうつもりだと首を傾げながら、〈ブリーズ〉の魔法で何度か風を起こす。

 久しぶりに使う詠唱のたどたどしさも、生まれるそよ風も、指輪をつけていない時と変わりはない。


「で、これがなんだってんだ?」


 もの問いたげに視線を投げかけるグリッツに、グランドマスターは表情を変えずに続ける。


「もう一度だ」

「おいおい! さっきの根に持ってんのかよ、爺さん! オレに魔力がほとんどないのは爺さんも知ってんだろ!」


 グリッツは魔力量が生まれつき少なく、武技を使う魔力(MP)すら惜しんで、ほぼ肉弾戦だけでAランク冒険者にまで上り詰めた男として有名だ。

 初級魔法を数回使っただけで魔力切れになることは、よく知られていた。


「いいから、やってみろ」


 それでも微塵も揺るがぬグランドマスターの視線に根負けし、どうにでもなれとばかりにグリッツはふたたび手を持ち上げる。


「分かったよ! ………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。……ありゃ?」


 何かがおかしい。

 そう気付いたグリッツに、ふたたびグランドマスターの指示。


「……もう一度だ」


 グリッツも、今度は逆らわない。

 まるで魅入られたように、呪文を繰り返す。


「………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。………………〈ブリーズ〉。あ、あぁあ?」


 グリッツは混乱していた。


 自分が唱えられる初級魔法の数は、いいとこ四回だったはず。

 一回や二回なら数え間違いや誤差の可能性もあるが、もう十回は魔法を放っている。


 これは明らかな異常だ。


「こ、こいつはどういうことだよ! オレがこんなに魔法を使えるはずがねえ!」


 そう叫んで、グリッツは自らの手元に目を落とす。


「この指輪の力なのか? だけど〈鉄の指輪〉には、特別な効果は何もないはずじゃ……」

「確かにその指輪は、雀の涙ほどの防御力以外になんの恩恵もない〈鉄の指輪〉だ。ただ、そこにかかっている〈エンチャント〉が違う」


 その言葉に、グリッツは眉を寄せる。


「エンチャントってのは、たまーに装備につくおもしれぇ効果のことだよな?」

「ああ。レオハルト公爵家がその研究を行っていたのは知っているか?」


 グランドマスターの言葉に、会議室にいた何人かが、「そういえば、レオハルト公爵家が低ランク指輪を高く買い取ってくれるって話はあったな」などと、自らの心当たりを口々につぶやいた。


「聞いたことは、あるけどよ。でも、エンチャントを調べる、なんて、金持ちの道楽じゃねえかって……」


 少なくとも世に知られている限りは、装備についたエンチャントの効果を知る魔法などはない。


 実際に身に着けてみて検証する以外にエンチャント効果を特定する手段はないが、低ランクの装備については、装備につくエンチャント効果も弱いことからあまり行われていなかった。


「しかしこれが、その成果だ。その指輪についているのは、長年の研究によってレオハルト公爵家が新しく発見した『エンチャント』。その効果は……」


 そこで、グランドマスターはにやりと笑うと、



「――『二つ揃うと、初級魔法の魔力消費をなくす』、だそうだぜ」



 そのとんでもない効果を、はっきりと口にした。


「は、はぁぁ!? あ、ありえねえだろ、そんなの!!」


 グリッツは、興奮のあまり立ち上がった。


「じゃあ、魔力のほとんどねえお前が、あれだけの回数魔法を使えたのを、一体どう説明する?」

「そ、そりゃ……」


 言葉に詰まるグリッツに、グランドマスターはとつとつと告げる。


「仕組みとしちゃあ、単純だ。この指輪は魔法に使う魔力を少しだけ減らしてくれる効果があるらしい。だからその指輪を二つ『重ねる』と、もともと消費魔力の少ねぇ初級魔法に限り、魔力消費がゼロになるってワケだ」


 真実味のあるその説明に、会議室はにわかにざわめきだす。

 誰もがその「とんでもない指輪」の効果に魅せられ、その活用法を考え始めていた。


 各支部のギルドマスターの目に熱がこもる中、口火を切ったのはやはりグリッツだった。

 苛立ちから一転、期待を隠さない様子でグランドマスターに尋ねる。


「じゃ、じゃあ、もしかして、アレか? 今回オレらがここに集められたのは、その指輪を貸し出してもらえるってことだったり……」

「いいや、そんなケチくせぇ話じゃねぇぞ」


 そこでグランドマスターは、大仰な身振りで手を振ると、


「公爵様と皇帝陛下は、この偉大な発見を帝国の発展のために広く普及させることを決心してくださった! その先駆けとして、各地にこの『無限エンチャントのついた指輪』が下賜される! 貴族家や学園、そしてオレたち冒険者ギルドもその対象だ!」


 会議室で、おおおおお、と地鳴りのような野太い歓声があがる。

 グランドマスターは手でその喧騒を収めると、「しかし」と続けた。


「指輪には、数に限りがある。だから……この指輪が与えられるのは、各支部に『一つずつ』だ!」

「は、はぁああ!?」


 その言葉の意味を理解した瞬間、先程の歓声とは真逆の落胆と、建物を震わすほどの怒号が会議室に満ちる。


 代表するように、グリッツが声をあげた。


「ふ、ふざっけんなよ、爺さん! こんなすげえもん見せられてお預けさせようってのか!? それともあれか? 貴族の連中の本当の狙いは、こいつを使ってギルド間に諍いを……」

「静まれ!」


 グランドマスターの一喝で、会議室の喧騒は一瞬で収まった。

 沈黙にしみこませるように、グランドマスターはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「そうじゃねえ。聞けばすぐに納得する話だ。むしろちゃんと理解すれば、感謝して公爵家に足を向けて寝れなくなるくらいの恩情だぜ、これは」

「ど、どういうことだよ? だって、この指輪は二つねえと……」


 グリッツの言葉を、グランドマスターはあえて肯定した。


「そうだ。そこが肝なんだよ。……よく考えてみろ? この指輪は『二つ揃わないと、魔力消費がなくならない』。そして、お前らの手元には正しいエンチャントがついていると分かっている指輪が『一つ』ある」


 そこで、話を聞いていた数人が「あっ」と声をあげた。


「……勘のいい奴ぁ、もう分かったみてぇだな」

「わ、分っかんねえよ、爺さん! もったいぶらずに説明してくれ!」


 悲鳴のようなグリッツの言葉に対して、グランドマスターは両手に一個ずつ指輪を持ち上げて、口を開く。


「いいか。この『配られた指輪』と、自力で調達した『効果の分からねえ指輪』を嵌めて、初級魔法を使うんだ。その時、もし魔力消費がなくなっていたら――」


 そうして彼は、二つの指輪を空中でカチンとぶつけて、




「――その指輪こそが、新しい『無限エンチャントの指輪』だ」




 まるで悪魔のような顔で、笑った。


「あ、あぁ……」


 そこでようやく、グリッツも理解した。


 あの公爵様、かつての〈英雄〉は、自分たちに「便利な指輪」を与えただけじゃない。

 その「見つけ方」まで、教えてくれていたのだ、と。


 誰もが呆然と、あるいは陶然とする中で、グランドマスターの指示のもと、各ギルドに一つずつ指輪が渡される。


 その指輪は単なる鉄であったり、あるいは錆びていたりするものもあったが、誰もがそれを、まるでこの上ない宝物のように、大切にしまい込んだ。


「……とまあ、話はこんなところだ。何か質問はあるか?」


 グランドマスターの言葉に、答える者は誰もいない。

 誰もがこの新しい「玩具」に、そしてその「玩具」の入手方法に、頭をいっぱいにしていた。


 そうして、グランドマスターが解散を宣言した瞬間、


「急げ! 戻ったらすぐに初級ダンジョンの討伐隊を作るぞ!」

「馬車ぁ!? んなとろいもんに乗ってられるか! 走って帰るぞついてこい!」

「今動ける冒険者パーティを最優先で調べろ! 金はAランク依頼の倍出すと言ってやれ!」


 爆発するように、ギルドマスターが会議室の外へと飛び出していく。


「はぁぁ。馬鹿どもが……」


 その様子に、グランドマスターは嘆息した。


「どうせダンジョンの敵は有限。魔物が指輪を落とす確率なんて知れてるし、今から急いだところで大差ねえってのに」


 部屋に残った本部に所属する職員たちは、あんな指輪を見せられても踊らされることなく泰然と構えるグランドマスターに、改めて尊敬のまなざしを向ける。


「では、私たちは通常業務を……」


 そうして、普段の仕事に戻ろうと書類を手に取った職員に、


「あ、何言ってやがんだ? 今日はギルドなんざ閉じて、急いで街に出るぞ!」

「……は?」


 慌てて部屋を飛び出したギルマスたちと同じ、いや、それ以上に無茶苦茶なことを言い出して、



「――職員総出で今すぐ防具屋とアクセサリー屋を押さえるぞ! エンチャント付きの指輪、全部買い占めちまえ!!」



 誰よりもはっちゃけた様子で、会議室の外に駆け出していったのだった。







 ――この日を境に、帝国では空前の「魔法ブーム」が到来。


 その立役者となった「無限に初級魔法を使えるようになる指輪」は、やがてその発見者の名を取って〈アルマリング〉と呼ばれるようになり、帝国全土に瞬く間に広がっていったのだった。

アルマくん、全国区に!

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かっこいいアルマくんの表紙が目印!
書籍二巻、11月29日より発売中!
二巻
ついでににじゅゆも


― 新着の感想 ―
[気になる点] 『アルマリング』という響きが、どうにも胡散臭く感じるのは何故なのか??
[良い点] 皆が楽しそうでいいですね。 [一言] ウスバーさんって、以前、電子だと物が目の前に無いので所有してる感が無いって仰ってませんでしたっけ。 別の作者さんだったかしら……。
[良い点] なるほど!! 見つけ方!! 確かに!! 流石グランドマスター、老練で草w
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