第百八十三話 特異体質
「――すっかり遅くなっちゃったな」
部屋いっぱいにあふれていた「誕生日プレゼント」をなんとか平らげ、たくさんの「おみやげ」をもらってイングリッド家をあとにした時には、もうすっかり日が落ちてしまっていた。
「もう! 調子に乗ってあんなにたくさん食べるからよ!」
「い、いや、でもあれは……う」
そんな風にしかりつける精霊の少女に弁解しようとした瞬間、僕は身体の不調を感じて思わず腹を押さえた。
「ど、どうしたのアルマ? もしかして、おなか痛くなっちゃった?」
さっきまでぶつくさと文句を言っていたティータが慌てて近くまで飛んできて、僕の顔を覗き込む。
僕が顔を青くしているのを見て、ティータはぷんすかと怒り出した。
「やっぱりあんなにたくさんの〈ルナ焼き〉を食べるなんて無茶だったのよ! 心配しないで、アルマ! あのルリリアとかいう奴には、アタシから一発ガツンと言って……」
「ま、待って、ティータ! 違うんだ!」
暴走し始めかけたティータを、慌てて止める。
「僕が具合が悪くなったのは、食べ過ぎじゃないんだ。そうじゃなくて、その、単純に……」
言いよどんでいると、まるで急かすように僕のおなかがぐぅぅぅと音を出して、
「おなか減ったな、って」
「……は?」
ティータは僕を、理解不能なものを見るような目で見たのだった。
※ ※ ※
この事態を引き起こしたのは、僕の「ゲームキャラ」としての性質が関係している。
僕が自分のこの「体質」に気付いたのは、無限指輪を手に入れて、本格的に魔法の熟練度上げに勤しんでいた頃。
初級魔法ならMP消費なしで魔法が使えるけれど、違う魔法を使えば当然その分だけMPを消費する。
そこで減ったMPをオヤツで少し回復させようと、好物の〈フルーツポンチ〉を食べて「うまああ!」と叫んだあとに、妙なことに気付いた。
《フルーツポンチ(食料): たくさんのフルーツが入った豪華なおやつ。HPとMPを10%ずつ回復し、満腹度が50上がる。》
説明にはっきりとこう書かれているのに、食事の前後で自分のステータスを見ていると、満腹度が40%しか増えていなかったのだ。
もう一度〈フルーツポンチ〉を食べてみて、それが偶然じゃなかったことを確認。
それからほかの食料系アイテムも食べて満腹度の上昇を監視したところ、一部の食料アイテムでは、満腹度の上昇が説明よりも少ないことに気付いたのだ。
では、満腹度が上がりにくい……いわば、満腹度ボーナスがつく食料と、そうでないものの違いはなんなのか。
その特定にも、そう時間はかからなかった。
満腹度にボーナスがつくのは全て、食べた瞬間に「うまあああああ!」となる食料。
――つまり僕、〈アルマ・レオハルト〉の好物だったからだ。
一番分かりやすかったのは、〈ドーナツ〉。
僕はこの〈ドーナツ〉が大好きで、食べた瞬間に「うまあああ!」となる。
けれど、レオハルト公爵領でしか売られていないご当地お菓子〈レイモンド揚げ〉は、〈ドーナツ〉とアイテム効果も材料もほとんど一緒で、形だけがちょっと違う程度のはずなのに、〈ドーナツ〉ほどの悪魔的なおいしさは感じないし、満腹度の増加にボーナスもつかない。
どうやらゲーム上で〈アルマ・レオハルト〉の好物というのが事前に設定されていて、それを食べた時のみ満腹度にボーナスがつき、表記の八割だけの上昇で済むらしい。
(これだけでも、嬉しい発見だったんだけど……)
無限指輪の前例を知っている僕は、すぐに悪用方法を思いついてしまった。
好物を食べた時の満腹度の上昇値は、端数切り捨てにされる。
――なら、満腹度の上昇が1しかない好物を食べて上昇量を1未満にしたら、一体どうなる?
その答えこそが、僕が〈ルナ焼き〉をあれほどまでにたくさん食べられた理由。
……そう、つまり。
「――僕は〈ルナ焼き〉をいくら食べても、一切満腹にならない『体質』だったんだよ!」
胸を張って、ティータにそう伝えたのだけれど、
「えぇぇ……」
ティータはただ、ドン引きするばかりだった。
「……アルマってさ。実は人間じゃなかったりしないわよね?」
「正真正銘の人間だよ!」
どこからどう見ても人間だし、ゲーム主人公ということを考えると、人間代表とすら言える人間の中の人間だ。
いや、僕も自分で何を言っているんだかよく分からなくなってきたけど、流石に部屋いっぱいの〈ルナ焼き〉を食べたくらいで人外扱いはひどすぎると思う。
(……まあそのおかげで、人間離れした力を手に入れた、っていうのは間違ってもないかもしれないけど、さ)
今日のことだけじゃない。
この「体質」と〈ルナ焼き〉こそが僕の強さの根源だ。
無限に食べられて、制限なくHPを回復出来るアイテム。
これは最大HPをMPの代わりに使える僕にとって、無限のMPを手に入れたに等しい。
何しろ〈ルナ焼き〉さえあれば僕は無限に魔法や武技の練習が出来るし、途中に食事の時間が取れるなら、たとえ百連戦をしたって魔力切れになることがない。
――僕にとって〈ルナ焼き〉は、無限の魔力を備えた〈賢者の石〉にも等しい存在なのだ。
ただ、いまだに答えが出ていないのが、明らかにバグっぽいこんな裏技がどうして放置されたまま残されていたのかということ。
このゲームを作ったと思われる〈世界一ファクトリー〉は、あまりにも影響が大きいバグやグリッチはすぐに修正するはずだから、この裏技は発見されなかったか、もしくは大した問題がないと見逃されたことになる。
(うーん。ゲームだと〈ルナ焼き〉の入手手段が限られてたから、とかなのかな?)
普通の原作主人公は、僕のようにルリリアに大量の〈ルナ焼き〉をもらったりはしていないのかもしれない。
でも、〈ルナ焼き〉なんて学園の購買でも売っていたし、ゲームで入手手段がなかったというのはちょっと違和感がある。
まあ、ゲームでは「最大HPを消費して魔法を使う」のは本来は戦闘中しか出来なかったはずだから、戦闘中には使えない〈ルナ焼き〉による回復では熟練度上げは出来ない。
だからこの裏技は見逃された、と考えれば、絶対ありえない話ではないのかもしれない。
ただ……。
(ほかの脇役ならともかく、アルマは主人公なんだよね。よりにもよって主人公の魔力が実質無限に回復出来る裏技なんて、すぐに対策されそうなものだけど……)
やっぱり、何か違和感がある。
何かとんでもない勘違いをしているような居心地の悪さを感じて、僕はしばらく考え込んだけれど、答えは出なかった。
(……まあ、今悩むことでもないか)
食べ物のことを考えすぎたせいか、余計におなかが減ってしまった。
何しろ今日はずっと〈ルナ焼き〉を食べていたから、実質的には何も食べてなかったのと同じなのだ。
(父さんたちは、まだ待っててくれてるかな?)
今日は遅くなるというのは伝えていたけれど、もしかすると何かしら残しておいてくれているかもしれない。
どちらにしろ、ここで考えていても何も始まらない。
とりあえず家に帰って、誕生日が終わらないうちに両親に会おうと、屋敷に踏み込んで、
「え? み、みんな!?」
そこに待ち構えるように立っていた、あまりにも見覚えのある四人の姿に、僕は玄関で立ちすくんだ。
セイリア、ファーリ、トリシャ、レミナ。
こんなところにいるはずのない彼女たちは、僕の姿を認めると、なぜだか一斉に駆け寄ってきて、
「「「「お誕生日、おめでとう!!」」」」
見覚えのありすぎるデザインのネックレスが三本、僕の目の前に突き出されたのだった。
増殖するネックレス!!