第百八十話 帰郷を前に
「……のどかだなぁ」
セイリアが奇声をあげながらボム次郎をしばき倒し、ファーリがぶつぶつと呟きながら壁に魔法の弾丸を撃ち続ける、いつもの放課後。
午後の陽気にあてられながら、「そろそろボム三郎の出番かな?」なんて思っている時に、事件は起きた。
「……ん?」
首元に違和感を覚えて視線を下に向けると、床に転がる白い宝飾品。
慌てて首に手をやると、いつもつけていたネックレスの留め具が壊れて、トップの装飾部分が落ちてしまったようだった。
「レオっち、どうかしたー?」
寄ってくるトリシャに、僕は壊れてしまったネックレスを見せる。
「いや、ネックレスが落ちちゃってさ」
「うわ、見事に壊れちゃってるね」
トリシャはアクセサリにも詳しいのか、僕の手からひょいっとネックレスを取り上げると、検分し始めた。
「これ、留め具が装飾に埋め込まれてるタイプだね。ほらここ、装飾が割れて留め具が外れてるみたい」
「あー。戦いの時も着けたまんまだったからなぁ」
身体は回復魔法で癒やせても、道具はそうはいかない。
どこかのタイミングで攻撃が当たって、知らない間にダメージを受けていたんだろう。
原因は分かったけれど、これではちょっと直せそうにない。
「……大事なものなの?」
心配そうに尋ねてくるトリシャに、僕はなんと答えていいか、数瞬迷う。
「実用性がある訳じゃないから、壊れて困る訳じゃないけど。まあ、大事と言えば大事、かな」
アクセサリではあるが、このネックレスは装備品じゃない。
能力面に影響はないはずだ。
「……む。もしかして、女の人からの贈り物、とか?」
いつの間に近寄っていたのか。
先程までは一心不乱に魔弾の壁打ちをしていたはずのファーリがニュッと現れて、妙に真剣な顔で追及してくる。
「まさか。父さんからの誕生日プレゼントだよ。確か、『魔除けのお守り』とか言ってたかな」
僕自身に記憶はないけど、僕も子供の頃は身体が弱かったみたいな話を聞いたことがある。
だからそういうのを心配して、父さんは僕に魔除けを贈ってくれたのかもしれない。
「まあでも、ある意味ちょうどよかったかな。週末に一度家に戻るつもりだから、その時にネックレスのことも話すよ」
「んむ? 用事?」
きょとんとした顔のファーリに、横からトリシャが口を挟んだ。
「誕生日じゃない? ほら、レオっちの誕生日って次の週末だったよね」
「……そうだけど、なんで僕の誕生日知ってるのさ」
僕が問いかけると、トリシャは不思議そうにコテンと首をかしげる。
「そりゃ、クラスメイトだもん。顔と名前と誕生日くらい覚えてるよ」
さらっと当たり前のように言ってのけるトリシャ。
その後ろのレミナに視線を向けると、困ったように首を横に振っているので、それが当たり前なのは常識ではないみたいだ。
何も、他人の誕生日なんてそこまで気にすることじゃないだろう、と思っていたんだけど、
「……むぅ。不覚」
ファーリも何か感じるものがあったのか、いつも眠たげな眼を険しくさせているし、
「ちょ、ちょっと待って! アルマくんもうすぐ誕生日なの!?」
さらに、部屋の反対側でボム次郎と戯れていたはずのセイリアまでやってきて、って……。
「ちょっ! ボム次郎! 赤くなってる! 爆発しそうになってるから!」
――このあとめちゃくちゃボム次郎を殴った。
※ ※ ※
それからも、僕が今までもらった誕生日プレゼントについて根掘り葉掘り聞かれたり、壊れたネックレスを代わる代わる妙に真剣に観察されたりと、どこかあわただしい空気の中で、出発までの日々は過ぎていった。
そして、誕生日前日。
「――お久しぶりです、坊ちゃん!」
聞き覚えのある御者さんの声に、僕はほおをほころばせる。
帝都の一角で僕を待っていたのは、僕が帝都にやってくる時にも使わせてもらった、「あの」馬車。
そう、あのレベル77の馬が引く、公爵家仕様の特別製馬車だ。
「また、お世話になります」
そう言って、懐かしの馬車に乗り込む。
「ははは。飛ばしますんで、しっかり掴まっていてください」
なんて威勢のいい台詞と共に、馬車は動き出した。
(なんだか懐かしいなぁ。あの時の僕はレベルがまだ25しかなくて、レベル77の馬を見て驚いていたんだっけ)
入学からまだ三ヶ月も経っていないのに、もうずいぶんと昔のことのように感じるのは、過ごしていた日々が濃密すぎるせいか。
77レベルの馬に驚いて、250レベルの精霊に腰を抜かしていた僕も、激しい戦いを重ね、今やレベル108。
こんなこと、出発前の自分に言ってもとても信じてはくれないだろう。
ふと後ろを振り向いて思い出すのは、学園に残っているであろう兄のこと。
(……兄さんも、来ればよかったのになぁ)
実は、レイヴァン兄さんも一緒に帰らないかと誘ったんだけど、
「すまないね、アルマ。僕も可愛い弟の誕生日を祝ってあげたいんだけれど、学園でやらなくてはならない仕事が多くてね」
という仕事人間みたいな台詞を言われて、断られてしまった。
せめて、少し先の兄さん自身の誕生日には帰ってね、と言ったんだけど、苦笑いで返された辺り、しばらく帰省の予定は立たなそうだ。
(ま、その分は僕が楽しんでこないとね!)
思えば、学園ではいつどんなイベントが起きるか、不用意な行動が原作を歪めてしまわないか、常に気を張っていた。
一時とはいえゲームの舞台から離れ、原作を気にせずに過ごせると考えると、いい気分転換になるかもしれない。
(一つだけ気になるとすれば、僕の家族やルリリアが、どれだけ原作ゲームに関わっているか、だけど……)
流石に「主人公」であるアルマ・レオハルトの家族だ。
ゲームでも重要なポジションにいることは想像に難くない。
今回の里帰りは、それを見極めるのも目的の一つだ。
ただ……。
(僕の帰省はイレギュラー。だからここでゲームに関わってくる、ってことはきっとないよね?)
今この時だけに限定すれば、彼らがゲームに影響する可能性は、非常に低いように思える。
――よぉし! 久しぶりにゲームのヒロインがいない場所で、自由を満喫させてもらおうか!
気持ちよく晴れた空の下、僕は大きく伸びをして、束の間の平穏に浸ったのだった。
ヒロイン不在の休日!
果たしてアルマくんは原作の呪縛から逃れられるのか!
次回はなぜかセイリア視点になる予定!