第百七十六話 一味違う客
(う、疑われてる……?)
店にやってきたアルマ・レオハルトがじっと何かを窺うように自分を見ている間、スフィナは内心気が気ではなかった。
(で、でも〈鑑定偽装〉の装置はちゃんと動いてる。だから大丈夫……なはず!)
仮に〈ディテクトアイ〉をつけていたとしても、それで抜ける情報は、「名前」と「位階」だけ。
むしろその二つが誤魔化せている以上、自分を疑う余地は何も使わなかった時よりもないはずだ。
そう、思うのに……。
「ぅ、うぅ……」
スフィナの奥、見えない何かを見通そうとしているようなアルマの眼光に、膝が笑ってしまっていた。
(な、なにか言わないと……)
正体を疑われているなら、自分がスフィナ・コレクトだと気付かれる前に弁明をしなければならないし、アルマ・レオハルトに対しては言ってやりたいこともあった。
しかし、目の前に見知らぬ人がいると思うと、どうしても口が動かなかった。
(――それもこれも、全部僕におかしなものを作らせようとする奴らが悪いんだ)
スフィナだって、好きで人見知りになった訳ではないし、最初から人見知りであった訳でもない。
(だけど、毎回ろくでもない薬ばっかり注文してくる貴族とばっかり会っていたら、人嫌いになるのも当然じゃないか!)
そもそも、毒薬の材料を集める、というのはそう簡単なことじゃない。
何しろ、〈エレファンキラー〉や〈バブルポーション〉のような錬金術で生成するような毒は、大抵が魔物の素材を必要としている。
魔物がドロップ品を落とすことは非常に稀なのに、必ずしも狙った素材を落とすとは限らない。
ものによっては出現する季節が限定される魔物の素材が必要であるのに、放置していれば当然素材は劣化する。
そんな素材を複数個、全て新鮮な状態でそろえなければならない。
……どう考えても、割に合うような行為じゃないはずなのだ。
それだけの情熱と労力、あるいは金銭や権力を使ってまで毒を求めるような人たちのことを、スフィナはどうしても理解出来なかった。
いや、したくなかったのだ。
だからこそ、スフィナは錬金術に傾倒した。
錬金術を理由に人との関わりを避けて、そうして上がった錬金術師としての腕前と名声によって、またろくでもない人間が寄ってくる、という負のスパイラル。
どうせ、このアルマという少年も、同じに決まっている。
そんな諦めにも似た気持ちで、スフィナはアルマを見やると、黒いローブ越しに二人の目が合った。
「え……」
思わず、戸惑ってしまう。
(……まっすぐな、目)
やましさを抱えている人間は、どうしてもそれが視線に表れる。
けれど、スフィナが向き合ったこのアルマという少年には、全くそれが感じられなかった。
いや、それどころか、その瞳には、ほかの誰にもない「輝き」があった。
それはさながら、光の道を行く勇者のような……。
自らの進む道が正しい道であると確信を持った、英雄の瞳。
そして、彼女がそうして戸惑っているうちに、彼が動く。
「作ってもらいたいものがあるんです! 材料を持ち込みしたら、なんでも作ってもらえるって聞いたんですけど……」
思いがけない、まっすぐな言葉。
それに、感化されたかのように……。
「……つ、くれる、もの、なら」
スフィナの口が半ば勝手に動いて、たどたどしいながらも、肯定的な言葉を返してしまう。
(適当に丸め込んで、帰ってもらうつもりだったのに……)
それでも、口にしてしまった言葉は戻せない。
「そうですか、よかった!」
素直な笑顔に、スフィナは不覚にも呆けてしまった。
それは、今までの貴族やその子息たちが浮かべていた、どこか後ろ暗い笑みとはやはりまるで違う。
「どう、して……?」
思わず、口からそんなつぶやきが漏れてしまって、ハッとする。
明らかに、店員の分を超えたような言葉。
けれど……。
「――守護りたいものが、あるから」
アルマは、そんな質問にも嫌な顔一つせず、答えをくれた。
この人の守りたいモノというのが、人なのか、国なのか、誇りなのか、それは分からない。
でも、なんだっていい気がした。
(……そう、か)
スフィナは、気付いた。
気付かずには、いられなかった。
(この人は、違う。私利私欲から、僕に毒薬を作れと頼んできた貴族の奴らとは、目の輝きが、まるで……!)
だから、だろう。
「ご注文、は?」
久しく、口にしていなかった言葉。
人見知りであり、錬金術に傾倒しながらも、錬金術の仕事には熱意を持てなかったスフィナが、自分からその言葉を口にしていた。
我知らず熱くなっていくスフィナの視線の中で、彼はそれに応えるように、笑う。
そうして、
「だったら、これで――」
アルマは一抱えほどの大きさはある袋を、ドスンとカウンターに置いて、
「――〈バブルポーション〉を百個、お願いします!!」
ほかの有象無象とは桁の違う要望を、訴えてきたのだった。
格の違いを見せつけていく!