第百七十四話 謎の錬金ショップ
スフィナ・コレクト。
〈ファイブスターズ〉の一人で、天才錬金術師。
彼女に頼んで、錬金術について教わろう、と思っていたんだけど、
「――学校、来ないじゃん!」
肝心のスフィナは、昼休みになってもクラスに姿を現さなかった。
そんな僕を見て、トリシャは悪びれもせずに笑う。
「あはは。まあ、そりゃそうだよ。彼女、特例で登校を免除されてるからさ。わたしも何度か接触しようと思ったんだけど、試験の時くらいしか出てきてないんじゃないかな」
「免除って……」
あいかわらずめちゃくちゃな学校だけど、この世界観ならそれがまかり通ってしまうのだろう。
しかし、それはスフィナという女子生徒が優秀な錬金術師だという証明でもある。
(これは、長期戦になりそうだなぁ)
セイリアやファーリと同じ〈ファイブスターズ〉である以上、スフィナはヒロインキャラなのはほぼ間違いがない。
まともに話をするには連続イベントをこなさないといけないタイプか、あるいはゲームへの登場が後半なのか。
どちらにせよ、セイリアやファーリのようにちょろ……い、いや、偏見なくすぐに気を許してくれるタイプではなさそうだ。
(とはいえ、困ったな)
僕が錬金術に注目しだしたのは、素材が貯まってきたというだけでなく、自己強化のためでもある。
トリシャの伝手を大いに頼りにして、訓練用の薬を大量に仕入れようと思っていたのだけれど、これは……。
「――レオ、水臭い。薬のことなら、わたしに聞くといい」
思考に沈み込んでいた僕に、背後から声がかけられた。
振り返った先に見えた長く青い髪と、授業をサボりたいと全身で訴えている猫背は、間違いなく僕のクラスメイト、ファーリのものだ。
「ファーリ? もしかして……」
一縷の希望を抱いて問いかけた僕に、ファーリは自信満々にうなずく。
「錬金術なら、わたしも一家言ある。なにをかくそう、わたしは睡眠薬のエキスパート」
「そう、なんだ。でも、なんで睡眠薬?」
思いがけない情報だったけれど、なんだか妙な付録までついてきた。
僕が思わずそう尋ねると、ファーリは「簡単なことだよワトソンくん」とばかりに自慢げに語り始めた。
「眠れば魔力が回復する。魔力が回復すればいっぱい魔法が使える。つまり、睡眠薬を飲めば魔法がうまくなる。……完璧な理論!」
「そ、そうかな? ……そうかも」
いくら魔法のためとはいえ、そこまでやるか、とは思ったけれど、ファーリの魔法への傾倒っぷりを考えると、あながち冗談とも言い切れなかった。
「ずっと使ってたら効きが悪くなってきたから、今では十倍まで濃縮した特製睡眠薬を作れる!」
むふん、と胸を反らすファーリだけれど、対照的に僕はドン引きしていた。
(いや、睡眠も状態異常だから、仕組みは分かるけど……)
この世界、状態異常攻撃を受けるとわずかにその状態異常への耐性が上がる。
ただ、一回で上がる量は微々たるものなので、僕みたいに自分のステータスが見られる人間でもなければ、普通は気付かない。
それを自覚出来るほど睡眠薬飲んでたのって、どう考えてもやばいんじゃないだろうか。
(そういえば、ファーリの昔のあだ名……)
思いがけず、眠り姫の闇を覗いてしまった気分だった。
とはいえ、情報提供自体はありがたい。
「え、ええと、じゃあファーリは材料さえあれば薬が作れるってことかな」
「もちろん。睡眠薬ならまかせて!」
その元気のよさに流されてうなずきそうになって、でも、ギリギリのところで何かが引っかかった。
おそるおそる、尋ねる。
「……ちなみに、睡眠薬以外の薬とかは?」
「まったく作れない!」
「だろうね!!」
まあ、そんなことだろうとは思っていた。
ファーリは筋金入りの魔法バカだ。
必要のない薬の調合なんて、覚えているはずないに決まっている。
ただ、僕の対応は、ファーリの気分を害したようだった。
「む。レオはわたしの恩人。錬金術が必要なら、今からちゃんと覚える」
心外だ、とばかりに言い募るファーリ。
気持ちは嬉しいのだけれど、頼む内容を考えると、ファーリを付き合わせるようなものでもない。
「え、ええと……」
僕が煮え切らない態度でいると、ファーリはさらに攻勢をかけてきた。
「む。それでもダメなら、いい店も知ってる」
「お店? 錬金術の?」
「そう。透明化薬もあそこで買った」
続くファーリの言葉に、僕は思わずうなってしまった。
(あの問題だらけの透明化薬、かぁ。色々アレだけど、効果だけ見るならすごい、のかな?)
とりあえず、活路が見えた。
何しろヒロインの一人が利用している店だ。
これは期待出来る、と思ったんだけど、
「あれを買ったのは、偶然この街で見つけた店。ただ、店がやってるかは運しだい。むしろ、ほとんど休業してる」
どうもその店は、こだわりシェフの隠れ家レストランみたいな気まぐれ経営をしているらしい。
「ああ、その店ならたぶんわたしも知ってるよ! たまーに店が開いてて、その時は貴重な薬を買えるっていう……」
流石は情報通のトリシャ。
当然のように情報は持っていたようだが、それでも解決にはまだ届かない。
ただ、そこで、
「――あら。そのお店なら、私も知っていますよ」
真打登場、とばかりに、本日二人目の乱入者が現れた。
「……フィルレシア、皇女」
突然の殿上人の登場に、トリシャはひゅっと息を漏らしたまま呼吸をしていないが、そう心配することにはならない……はずだ。
以前演習で話した時、僕は彼女の求める〈ホワイトドラゴンリング〉を無償で提供した。
それも、流石に何もエンチャがついてない指輪を渡すのは申し訳ないかなと思って、適当に外れ効果の中で害のないものがついている指輪を選んで渡したようなぼんやりとした記憶がある。
セイリアやファーリに聞いたところ、演習では早速指輪をつけて戦っていたようだし、フィルレシア皇女との関係も、初めの頃よりはよくなっていると思いたい。
その予想を裏付けるように、フィルレシア皇女は笑顔で口を開いた。
「実は、そのお店の店主とは、個人的な知り合いなんです」
「え……」
世間は狭いというかなんというか、驚く僕に、彼女は嫣然と笑うと、こう告げた。
「貴方には、借りもあります。……そうですね、三日後に、その店を訪ねてください。口利きという訳ではないですが、その日に店を開くように、『お願い』してみます」
「ど、どうも?」
皇女の「お願い」ってそれもう命令じゃないだろうか。
なんてことは思ったが、まあ面と向かって言えるはずもなく、
「では、よしなに。……その出会いが、お互いにとって良きものになると信じていますよ」
激励とも釘刺しとも取れる言葉を残して、去っていってしまったのだった。
※ ※ ※
三日後。
「……ここ、かな?」
ファーリからもらった、往年の抽象画家がキャンバスに地獄を描き出そうとしたかのような地図……をそっと脇にどけて、道の特徴がしっかりまとめられている上に、要所要所で可愛い猫のイラストが「ここで左に曲がるニャ」などと道順まで丁寧に書き記してくれているトリシャの地図を頼りに、僕は「例の店」にたどり着いた。
ただ、
「……ここで合ってる、よね?」
見つけた店は、隠れ家にしてもいかにもボロボロで、周りの街並みと比べてボロボロすぎて逆に目立っているレベル。
正直、うさんくささしか感じなかった。
「し、失礼します!」
しかし、ひるんでばかりもいられない。
僕が勇気を出して店内に踏み込むと、
「……いらっしゃい」
蚊のなくような声が僕を迎えると共に、僕はカウンターに座る人影に気付いた。
(うわっ!)
全身を黒マントで隠した、怪しい人物。
僕は反射的に、〈ディテクトアイ〉でその素性を探っていた。
そして、
LV 3 イーパン・ジーン
その結果に、僕は眉をひそめる。
(あ、あやしい……!!)
名前もレベルも、どこからどう見ても、ただの一般人だ。
でも……。
(――どうして一般人のステータスの横に、重要キャラにしかつかないはずの「図鑑のマーク」がついてるんだ?)
僕の初めての錬金術入門は、どうやらすんなりとはいかないようだった。
ガバガバセキュリティ!
果たして謎の錬金術師の正体は何フィナなのか!
待て、次回!!