第百七十三話 そして崩壊の鐘は鳴る
同一作品に僕っ子が二人!?
来るぞアルマ!
「……いつ見ても悪趣味ですね、ここは」
広大な学園の敷地の隅、生徒も用途を知らない異様な建築物が、そこには建っていた。
不思議な形の屋根に、無秩序と言えるほどに乱雑に突き出た何本もの煙突。
誰が見ても異様と思える建物に、しかしフィルレシア皇女とスティカの二人はためらいなく近づいた。
そのまま扉の近くにあったボタンを押すと、ほどなくしてドタバタという音がして、重厚な扉が軋む音と共に、奥から一人の女性が姿を現す。
「――やぁ! 誰かと思ったら我らが皇女様じゃないか! ようこそようこそ!」
銅色の髪と、スマートな眼鏡と白衣を纏った小柄な少女が、皇女に向かって気さくに手をあげる。
――彼女こそが〈ファイブスターズ〉の一人、スフィナ・コレクト。
フィルレシア第一皇女と同学年の少女であり、第一帝国学園の一年生。
そして、国への貢献と引き換えに学園から登校を免除された、学園公認の「引きこもり」だった。
※ ※ ※
「ちょうどよかったよ。どうも連日の徹夜がたたって知らぬ間に意識を手放していたようでね。君が起こしてくれなければ、また無為に研究時間が削られてしまうところだった」
家の中に招き入れられたフィルレシアたちは、乱雑に積まれた本に眉をひそめてから、少女に招かれるままに来客用の椅子に腰かけた。
「……そこまで限界なら、素直に寝た方が効率は上がるのでは?」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと待ってね」
思わずといったように口を挟んだスティカを片手で制し、小柄な茶髪の少女はどこからか毒々しい色のドリンクを取り出すと、それを一気に飲み干した。
「んああああああ! 効くぅぅぅぅ!!」
それから、薬剤が身体に染み入るのを味わうかのように、楽しげに身震いをする。
「……あいかわらずですね、貴方は」
皇族を前にしてのその奇行には、フィルレシアも呆れたようにそうこぼすしかなかった。
「それはご挨拶だね、皇女様。僕の頭脳は日々、進歩を続けているというのに」
ただ、本人はどこ吹く風。
薬の効果で活力を取り戻した顔で、誇らしげにそう言い放つ。
「そういうところが、あいかわらず、なのですけど」
処置なしとばかりに肩を竦めたフィルレシアに、スフィナは曇りない笑顔で口を開く。
「いやだなぁ。僕は皇女様の忠実な家臣だよ。……あなたが、弟を治療してくれている限りは、ね」
だが、その一言で空気は変わった。
すっと目を細めたフィルレシアが、真剣な声色で尋ねる。
「……彼の容態は?」
「目覚める様子はないね。あいかわらずの小康状態、といったところかな」
その言葉にフィルレシアはしばし目を閉じると、小さくうなずいてから立ち上がる。
「先に、治療を済ませてしまいましょうか。……今日は少し、秘密兵器もありますからね」
強く握りしめられたフィルレシアの細い指。
そこには真っ白なミニチュアの竜が、ちらりと顔を覗かせていた。
※ ※ ※
光魔法を使用した治療が終わり、応接間に戻ってくると、フィルレシアはスフィナに頭を下げた。
「フィルレシア様!」
驚いたスティカが慌てて声をあげるが、それを制して、フィルレシアは口を開く。
「ごめんなさい。魔法がいつもより深く入った感触はあったのですが、それでも、やはり……」
今日の治療に、いつも以上の効果があった手ごたえはあった。
それでも、スフィナの弟を完治させることは出来ず、彼のまぶたが開くことはなかった。
頭を下げるフィルレシアに対して、スフィナは首を横に振った。
「いいんだよ。もともと魔法による治療で完治するとは思っていなかったし、弟の表情はかつてないほどに安らいでた。十分、十分!」
「……そう、ですか」
どことなく達観した様子のスフィナに困惑しながらも、フィルレシアは引き下がった。
――魔蝕症。
それが、スフィナの弟を襲った病の正体だ。
高濃度の魔力に晒されることで発症する、不治の病の一つ。
いかなる治療も効果を及ぼさないが、唯一、光属性の魔法を使うことで症状を一時的に緩和させられる。
それを理由にスフィナとフィルレシアは協力関係を築き、定期的な治療と引き換えに、優先的にその発明品を回してもらっていた。
フィルレシアとしては、治療で症状の緩和だけでなく、完治を目指せれば、と思っていたのだが……。
「それよりびっくりしたよ! まさか、〈ホワイトドラゴンリング〉とはね!」
そんなことは気にしていないと示すかのように、スフィナはフィルレシアの指を指し示すと、興奮した様子でまくしたてる。
「それに、その指輪からはそれ以上の力を感じるよ! もしかすると、何か魔法を補助するような〈エンチャント〉もかかってるんじゃないかな?」
「そう……なのでしょうか?」
言われて、フィルレシアは無意識に指輪を撫でながら、困ったように眉を寄せる。
それに対して首をかしげるのは、スフィナだ。
「それ、宝物庫から持ってきたんでしょ? 来歴とか効果とか、聞いてないの?」
その言葉に、フィルレシアはこの指輪が帝室のものだと勘違いされていることにようやく気付いた。
とはいえ、詳細は明かせない。
彼女は言葉を選びながら答えた。
「その、これはちょっとした縁があって、人から譲り受けたもので……」
「譲られたって、まっさかぁ! どう見ても国宝級以上の代物だよ? どんな聖人なのさその人!」
テンション高く笑うスフィナに困惑しながらも、フィルレシアは「やっぱり彼には手厚く手厚く、お礼をしなければ」と内心で決意を新たにする。
「……フィルレシア様、そろそろ本題を」
そんなカオスな場を収めるように、そっとスティカがフィルレシアに耳打ちをした。
「そう、ですね。……スフィナ。今日は、魔導局からの要請を伝えるために来たんです」
切り出したフィルレシアに、スフィナもようやく笑いを止める。
そんな彼女に対して、フィルレシアは事務的な口調で説明を始めた。
「内容は、いつもと同じです。例の『処置』を受けるように、と。ただ、これはまだ要請であって強制ではないので、無視することも……」
これは、魔導局に義理を通すためのパフォーマンス。
受け入れられるはずのない、いつもの無意味で空虚なやりとり。
その、はずだった。
しかし……。
「――僕に、処置を受ける意志がある、と言ったら、どうする?」
今日ばかりは、違った。
「な、にを……」
それを口にしたスフィナの表情に冗談の気配はなく、その瞳は透徹した色をたたえて、フィルレシアを見返していた。
「……実は、さ。古文書の中から、魔蝕症の治療薬の作り方を見つけたんだ」
「えっ!?」
だから、魔法による治療の効果が出なくても落胆していなかったのか。
フィルレシアは納得と共に祝福の言葉を言いかけて、スフィナの表情が決して明るくないことに、気付く。
「薬を作るのに必要な素材が問題なんだ。ほかの材料なら、どうにでもなる。だけど一つだけ、皇家の力を借りないと、どうしても集められないものがあって、ね」
「だから、魔導局の要請を受けて素材を融通してもらう、と?」
フィルレシアの言葉を肯定するように、スフィナはうなずいた。
それを見て、フィルレシアは首を振った。
「馬鹿げています。『処置』というのはそんな甘いものではありませんよ。いくら入手の難しい素材だと言っても、伝手を辿って時間をかければ……」
「もちろん、僕も今すぐ諦めるつもりはないよ。ギリギリまで粘るつもりはある。でも……」
スフィナの表情を見て、フィルレシアも認識を改めた。
「そんなに……。貴方がそれほどまで悩むほどに、入手の難しいものなのですか?」
その問いに、スフィナは自嘲気味に笑みを浮かべると、皮肉気に語り始める。
「有史以来、初代聖女様だけが採取に成功した特殊素材、と言えば分かるかな?」
「まさか……」
途端に顔を青ざめさせるフィルレシアに、彼女は最悪の報せを告げる。
「――この世にたった一つ、魔導局の特殊保存室にしか現存が確認されていない幻の素材、〈世界樹の葉〉だよ」
話は聞かせてもらった! 原作は崩壊する!!
果たしてスフィナの窮地を救うことは出来るのか!
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