第百七十一話 帝国の事情
ティータ、覚えていますか?(人物紹介書いた時は作者も忘れてました)
善は急げ。
僕は早めに学校に行って、すぐにトリシャに錬金術のことを相談しようと思っていたのだけれど……。
(な、なんか、周りからの注目が……)
いつもにも増して、周囲からの視線を感じる。
どういうことだろう、と首をかしげていると、
「や。そりゃーそーでしょ! なんてったって、アルマは魔物千匹斬りのえーゆー! 三年生でも生き残れるか分からない〈常闇の森〉の奥地から、無傷で帰還してきた話題の人なんだから!」
その答えは、僕のすぐ傍からもたらされた。
「ティータ……」
楽しげに僕の耳元でうそぶいて、僕の傍をぷかぷかと浮かぶのは、僕の契約精霊の〈ティータ〉。
明らかにほかの精霊よりも流暢に言葉を話し、風の上級精霊なのに光魔法を使ったりする主人公仕様の特別な精霊だ。
……なんだかずいぶん長いこと姿を見ていなかったような気がするのは、ティータが人前で僕と会話するのが久しぶりだからだろうか。
(部屋の中とかでは、普通に仲良く話してるんだけどね)
傍若無人で我が道を行く性格のティータだけれど、契約精霊としてのマナー的なものにはこだわる主義らしく、僕が別の人間と一緒にいる時は決して表に出てこようとはしないのだ。
「契約者の手柄はアタシの手柄! つまりアタシが最強、ってことよね! フフン!」
ふんすと胸を張るティータに苦笑いを浮かべながらも耳を澄ますと、確かに「千人斬りの……」とか、「位階百超え……」とか、「あれが雷光……」などといった言葉の断片が聞こえる。
どうやら本当に、僕のことについて何やら噂をしているのは間違いないようだ。
(なんかもう、恒例って感じになっちゃったよね)
もしかしてゲームシステム的に、プレイヤーが功績を挙げた翌日にはリザルトとして、周囲の人間が噂をするシステムが原作に備わっていたりするんだろうか。
(いや、待てよ。これが用意されてるイベントなら、ワンチャン今回討伐演習で僕が魔物を千体倒したのもゲームの既定路線だった可能性も……?)
流石に千匹斬りを表彰された時は、僕も焦った。
豪華絢爛な踊り手にでもなったかのような注目度の中での表彰だったし、これは流石に原作から逸脱してしまったか、と思ったが、案外イベントの正規ルートだったのかもしれない。
「――これもアタシが、いつもアルマをサポートしてたからこその……って、聞いてるの、アルマ!?」
僕はティータのダル絡みを適当にいなしながら、すがすがしい気分で登校したのだった。
※ ※ ※
「――で、レオっち。相談したいことって?」
注目を浴びていると言っても教室の中に入ってしまえばこっちのもの。
別に聞かれて困る話をする訳ではないし、ということで、さっそくトリシャ……とその隣のレミナに、錬金術のことについて尋ねてみた。
ただ、残念ながらその反応は思わしくなく、
「あー。錬金術、かぁ……」
どうにも煮え切らない様子でそんな声を漏らすと、トリシャは考え込むように黙ってしまった。
しばらくして、ようやく口を開いたトリシャは、歯切れの悪い口調で説明をし始めた。
「残念だけど、帝国ってあんまり錬金術が盛んじゃないんだよね」
「そうなの?」
僕の問いにトリシャは無言でうなずく。
「ほら、帝国は確かに近隣諸国と比べても国力……というか戦闘力はものすごいけど、技術力はそこまででもないというか」
「あー」
帝国貴族は力こそパワーという信条の人が多く、はっきりと言えば脳筋集団だ。
確かに錬金術が発展する想像は出来ない。
「あ、一応言っておくけど、帝国の人たちがみんな脳き……戦いを重視する人たちだから、ってだけじゃなくてね。これには帝国の立地の関係もあって……」
「立地?」
トリシャの言葉に首をかしげていると、彼女は詳しく解説してくれた。
「そもそも帝国がほかの国より強いのは、ここが魔力の豊富な土地だからなんだよ。魔力が強ければ魔物が強くなるけど、その分魔物を倒した時の報酬も上質になるし、作物なんかの育ちもよくなる。オマケに帝国は魔力の高さの割に魔力被害が少なくて、わが国には〈聖なる加護〉がある、なんて喧伝してるくらいに土地が優秀なんだ。だから、ほかの国よりは技術を発展させる必要性が薄いんだよ」
「なるほど、ね」
恵まれた土地だからこそ、パワーを高めて魔物を狩るのが最適解になっている、ということらしい。
確かに魔物のドロップや農作物に強みがあるならそこに注力して、加工は最低限にしてある程度他国に頼った方が効率はいいのかもしれない。
(帝国民にパワー系が多いの、一応理由があったんだな)
と、感心ばかりもしていられない。
「ええと、でも、全くいないって訳でもないんだよね。ほら、トリシャがくれた〈ディテクトアイ〉もあるし……」
一縷の望みをかけてそう尋ねるが、トリシャは無慈悲に首を振った。
「あれは帝国産じゃないよ。そういう品は大体、ダンジョンか、あるいは〈特区〉の方から流れてくるんだ」
「特区……」
確か、複数の国家と国境を接した緩衝地帯に作られた小国家、だっただろうか。
様々な人種、技術、商品が入り混じる場所で、ほかでは手に入らないものが特区にはある、という話は聞いたことがあった。
帝国とも国境は接しているはずだが、当然ながら学校に通いながら行き来出来るような場所じゃない。
「ちょうど今年の〈学園対抗戦〉は特区で開かれるから、錬金術師も探すならチャンスかもしれないね」
そうトリシャがフォローしてくれるが、〈学園対抗戦〉はまだしばらく先。
少なくともそれまでは待つ必要がありそうだ。
(うーん。アイテム合成は、〈学園対抗戦〉で特区を訪ねてから解放される、って流れなのかな)
中盤からやれることが増えていくのは、ゲームではありがちと言えばありがちだけど、少し残念だ。
「ありがとう。だったらその時に……」
僕が内心の落胆を隠しながらも、話を打ち切ろうとしたけれど、
「……あ、待って!」
トリシャの話は、まだ終わっていなかった。
そこから彼女は身を乗り出すようにして僕の耳に口を寄せると、声を落として話し出す。
「ここからが本題。この国にも一人だけ。特区の人にも負けないような錬金術師がいるんだ」
「……その人の、名前は?」
僕の問いかけに、トリシャはゆっくりと唇を開くと、ささやいた。
「――〈スフィナ・コレクト〉」
聞き覚えのあるその名称に、僕は思わずハッと目を見開いていた。
「その、名前って……」
「うん。彼女はわたしたちと同じ一年A組の生徒で、セイリアさんやファーリさんと並ぶ天才……」
そこでトリシャはちらりと教室の空席に流し目を送ると、こう言った。
「――この学園が誇る、〈ファイブスターズ〉の一員だよ」
ファイブスターズ、よにんめっ!