第百六十七話 帰還
世界樹の中を見て、大慌てで〈シャドウトーテム〉のところまで戻ってきた僕たち。
ただ、世界樹で「闇の噴出」を見たことによってイベントフラグが立ち、長かった魔物の襲撃はようやく終わりを迎えた……なんて都合のいいことはなく、魔物の襲撃はそれからも途切れることなく続いた。
もしやこの地獄が無限に続くのでは、と思うこともあったけれど、流石に無限湧きなんてことはなく、そこから一時間近くずっと戦い続けると勢いも弱まり、そこからしばらくしてやっと打ち止めになってくれた。
(な、長かったぁ……)
イベント終了条件が制限時間だったのか、それとも倒した数だったのかは結局分からなかったけれど、どちらにせよ本当に地獄みたいな敵の数だった。
――うん、やっぱり世界一ファクトリーは頭おかしい(貶し言葉)。
ただ、魔物の襲撃がなくなったとはいえ、まだ通常の魔物がいなくなった訳じゃないし、そもそも現在地が分からないから帰れない。
自力脱出が正規ルートとも思えないし、下手なことをして原作を壊してしまう方がことだ。
僕らはそのままそこで救助を待つことを選び、とりあえず昼休憩の時のために用意したお昼ご飯をいただくことにした。
ダンジョンの中、というのは少し落ち着かないけれど、よくよく考えると、ここは世界樹の真下の特等席。
(……うん、「世界樹を桜代わりに花見をする」と考えれば、結構風流かも!)
僕はそんな風に割り切って楽しむことにしたんだけど、レミナはそうはいかなかった。
「あ、あの、レオハルト様。本当に大丈夫……ですか?」
どうにも深層での食事には抵抗があったようで、最初は不安そうな様子を見せていたのだ。
ただ、僕が魔物の襲撃を警戒していたのは、敵の数が多かったことと、本来襲撃してこない壁からも敵が湧いてきたのが主な原因だ。
散々戦って深層の魔物の能力は把握出来ているし、通常の湧きの範囲なら、多少油断してもなんとかなる。
そう丁寧に説明して、実際食事の途中に襲撃してきた敵も遠くから〈ファイア〉を撃って片付けたのを見て、やっと納得出来たのだろう。
せっかくだからとレミナに色んなお菓子を分けたら次第に口も軽やかになっていき、最後にはずいぶんと打ち解けてくれたように思う。
※ ※ ※
こうして僕らがほのぼのとした思い出作りをしていると、狙い通りに救援が来てくれたのだけれど……。
「――レオ!!」
そのメンバーは、正直予想外だった。
なんと僕らを助けに来てくれたのは、ファーリ、セイリア、それからトリシャの原作ヒロインたちだったのだ。
(てっきり教官が来ると思ってたんだけどな)
流石に腐っても教官、というべきか、僕がレベルを確認した人の中では、ネリス教官は剣聖のグレンさんに次いでレベルが高い。
戦闘スタイル的に集団戦や防衛戦には向かないけれど、ああ見えておそらくあのメンバーの中で唯一、深層を安全に切り抜けられる人間なのだ。
(あの人なら深層でも危険は少ないし、何より多少、いや、たっぷり迷惑かけてもいいや、と思ってたのに……)
おそらくは原作の規定路線だとは思うけれど、ファーリたちはここに来るまでに無茶をしたみたいだし、流石に申し訳なくなってしまった。
「レオ、よかった!」
特に、そう言いながら僕の肩にコツン、と額を載せてきたファーリは、「例の指輪」で覚えたばかりの十階位魔法まで使って、かなり無理をしてくれたようだ。
(あの指輪が役に立ってくれたのは、嬉しいけど……)
ここまでファーリたちが無茶をすると分かっていたら、もう少し自力で抜け出す努力をしてもよかったかもしれない。
……ちなみに、ファーリに教えた「魔力を0にする効果がついたエンチャント指輪をつけて、〈エレメンタルバレット〉の消費MPを抑えて熟練度上げする」という裏技。
我ながらかなり有用な小技を見つけた、とは思うけれども、ゲームの段階だとあまり役に立たなかっただろうな、とも思う。
ゲームでは「戦闘以外で魔法の熟練度上げが出来なかった」という〈無限指輪〉と共通の要素に加え、この熟練度上げをするには指輪の入手が厳しい。
何しろこれの前提となるエンチャントは、推定ラストダンジョンである〈終焉の封印窟〉のドロップでしかお目にかかったことがない。
つまり本来これを手に入れられる強さになる頃には、たかだか第六階位魔法での熟練度上げなんてほとんど効果がなくなっているはずで、使用可能になった時点で「もう遅い」小技なのだ。
「……とにかく、帰ろうか」
それから、トリシャとレミナの感動の再会があったり、僕らの呑気さに対してトリシャが口うるさく言ったりと色々とあったものの、ファーリたちが辿ってきた道を戻る形で転移場所まで帰還。
騒ぎを大きくしないため、教官たちには「中層に飛ばされていたが奇跡的にファーリたちと出会うことが出来た」と口裏を合わせ、僕らはしれっと本隊に合流した。
「ほーん。……中層、ねぇ」
教官はどうにも胡散臭そうに僕らを見ていたし、フィルレシア皇女がすれ違いざま、
「おかえりなさい。随分と、『ご活躍』されたみたいですね」
とささやいてきた時にはビクッとなったけれど、それ以上に変わったこともなく〈常闇の森〉を脱出することが出来た。
そして……。
「――やぁっと帰ってこれたぁ!」
無邪気なセイリアの言葉に、僕のほおも緩む。
森を出て、学園まで戻ってきたところで、長かった演習も終わり。
生存確認も兼ねて、係の人に演習参加の証である腕輪を返却し終えたら、生徒がやるべきことはもうない。
(色々と予想外なこともあったけど、とりあえずは原作通り、無難に終わらせられた……のかな?)
振り返ってみると、今回、ヒヤッとする場面は何度もあったし、反省点は多い。
ただ、激戦の結果としてレベルはなんと108まで上がったし、使えそうな素材もたくさん手に入った。
ほかの生徒も怪我人は出たみたいだけど死者は出なかったし、終わってみると上々の結果だとすら言える。
(あとは、ちょっと原作の想定ルートが見えなかったのが不安ではあるけど……)
深層に飛ばされたのも想定外だけれど、それよりも襲ってきた敵の数は流石に異常だった。
あれはゲームとして考えても、ちょっと度が過ぎてたように思う。
――ただ、一応の推測として、あれは「クリアが可能な負けイベント」だったのかな、と今では考えている。
つまり、本当なら負けイベントで、普通なら連戦のどこかで魔物に負けて特殊なイベントが入るんだけれど、普通ではありえないくらいの戦闘力があれば、特殊イベントなしでも乗り切れる、という感じ。
それなら一時間以上戦い続けるアホみたいな物量の敵も、一応は説明がつかなくもない……かもしれない。
その場合は想定された流れは負けルートってことになるけど……。
(ま、それでわざとやられて本当に死んだら目も当てられないし、別解を引き当てただけなら問題ないよね)
今回のイベントでは魔王と関連した賞品だとかもないし、乗り切れただけで最上。
――つまり僕は今回も、無事に原作を守り切れたのだ!!
と、思ってはいるんだけど……。
(……何か、忘れてるような?)
ちゃんと口裏を合わせたから、僕らが深層に飛ばされたことはパーティのみんな以外にはバレていない。
あの黒い塔〈シャドウトーテム〉も、森から抜け出した時点で別のトーテム魔法を使って消しておいた。
後始末も完璧、なはずだ。
消化不良な気持ちを上手く整理出来ないまま僕が首を傾げていると、ようやく参加生徒全員の確認が終わったらしい。
ネリス教官が前に立つと、バカでかい声で話し始めた。
「うぉし! 今、全員分の腕輪が確認出来た。今日は色々あったが、全員無事で何より! 解散! ……と言いたいとこだが」
そこで、教官はニヤリと唇を歪めた。
その目がなぜだか僕を見ていたような気がして、背筋が寒くなる。
「ま、せっかくだからな。最後に一応、討伐演習恒例の『表彰』だけして終わろうか」
「あっ!?」
表彰、という言葉に、僕は自分が何を忘れていたのか思い出す。
……そうだ。
この学校行事に「賞品」はないけれど、記録を競う要素はある。
「今回はスタンピードの影響もあって、全体的に高い記録が出てるんだが、その中でも一人だけ、とぉんでもない記録を出した奴がいてなぁ」
教官のにやにや笑いに、嫌な予感が膨れ上がる。
そういえばさっき返却した腕輪、あれには「それを着けて魔物を倒した数」が記録されて……。
「あ、ちょっ、まっ……」
僕は慌てて声をあげるけれど、間に合わない。
いや、むしろ僕の制止を楽しむように、ネリス教官は嬉しそうに口の端を持ち上げて……。
「――討伐魔物数、1034体の〈アルマ・レオハルト〉! ……おめでとう、お前がぶっちぎりでナンバーワンだ!」
こうして、波乱続きの〈集団討伐演習〉は終わりを迎え……。
僕は魔物の落とした大量のアイテムと莫大な経験値、それから〈千人斬りのレオハルト〉という恥ずかしい二つ名をお土産に、寮へと帰ったのだった。
お主こそが真の三國無双よ!