第百六十五話 アルマ救出作戦
――正体不明の黒い「塔」の出現と、それから時を同じくして起こった魔物のスタンピード。
討伐演習史上最悪とも言えるようなその事件は、先頭に立って拳を振るうネリス教官と、一年Aクラスの生徒たちの尽力によって、徐々に終息しつつあった。
スタンピード発生の当初はひっきりなしに続いていた魔物の襲撃も、今では数分に一度程度の頻度にまで下がり、一時は中層クラスや、ごくごく稀に深層クラスの魔物までが混ざることがあった魔物の質も、今では標準的な浅層のレベルにまで落ちている。
それによって生徒たちにも余裕が生まれてきて、セイリアやフィルレシア皇女といった迎撃の中核を成すメンバーも交代で休憩を取り、周り中からかき集めたポーションで魔力の回復もすることが出来た。
(これで一安心、と言いたいとこだが……)
だが、安定してきた状況にもかかわらず、ネリス教官の表情に楽観の色はない。
ただでさえ悪い目つきをもっと悪くして、森の奥をにらみつける。
(失踪した二人の捜索に、突然現れた黒の塔の調査。考えるだけで頭が痛くなってくるぜ)
この場をしのいだからといって、異常事態が終わった訳ではない。
窮地を乗り越え、行動に選択肢が生まれたからこそ、ネリス教官は迷っていた。
あくまで国のため、大局を見るならば、塔への対処が最優先となりそうだが……。
(ま、知ったこっちゃねえな。あんだけド派手なもんが出てきたなら、森の外の奴らも見てるだろ)
黒の塔については、自分の管轄外と切り捨てる。
あとは転移魔法陣によってどこかに消えた二人の生徒だが……。
(本当なら、生徒が単独転移した時点で救出はあきらめるべきだ。浅層に飛ばされたなら自力で脱出するから救助は要らないし、中層や深層に飛ばされたなら、まず間違いなく生き残れない。ただ……)
失踪したのがレオハルト弟……彼女が見ている一年生の中で、ぶっちぎりに優秀な〈アルマ・レオハルト〉であるということが、ネリス教官の判断を迷わせていた。
あのレオハルト家の少年なら、たった二人で中層に飛ばされたとしても……いや、仮に深層に落とされた場合でも、そう簡単に死ぬとは思えない。
(最近あいつ、位階80になったとかいう話も聞いてんだよな。いや、流石に25からこの短期間で80は、いくらあいつでもありえねえとは思うんだが……)
しかし、その噂が一部だけでも本当だとしたら、深層ですらしばらく生き残るだけの能力が備わっているかもしれない。
(……生きてるって信じて、探しに行く、か?)
そう自分に問いかけて、首を振る。
多少状況が落ち着いたからといって、何が起こるか分からない。
雲をつかむようなこの状況で、自分がこの場を離れる訳にも……。
そんな風に、ネリス教官が葛藤をしていると、
「……レオたちのことなら、心配ない」
抑制の効いた声が、彼女の鼓膜を打った。
「あ? ファーリ?」
振り返った先にいた青い髪の少女は、感情の読めない表情で口を開くと、
「――あの二人は、わたしたちが探しにいく」
強い意志のこもった声で、そう宣言をしたのだった。
※ ※ ※
たった三人の生徒だけで、行方不明になった二人を探す。
あまりにも無謀に思える試みに、ネリス教官は最初ためらったものの、
「あら、素敵だと思いますよ。自分たち自身の力で、はぐれてしまった仲間を助けに行く、なんて」
という、フィルレシア皇女からの思いがけない援護もあって、最終的にはアルマと同じ班だった三人、「ファーリ、セイリア、トリシャ」でアルマたちの捜索が行われることになった。
「……おい」
まるで、戦いの最中にも準備を整えていたかのように手際よく、あっという間に準備を終えて出発しようとする三人に、ネリス教官は乱暴に声をかけた。
「いいか、二次遭難とかめんどくせえからよ。絶対に、無理はすんな。特に、くれぐれも深層になんて行くんじゃねえぞ? あそこはレベルが違うからな」
「問題ない。身の丈に合わない場所にはいかない」
「ならいい。……ま、気を付けろよ、ってことだ」
ネリス教官の温かいんだかいい加減なんだか分からない声援を受け、三人は森の奥へと出発する。
「えっと、さ」
しばらく歩き、教官や生徒たちの姿が見えなくなったところで、トリシャが口を開いた。
「一応確認しとくけどさ、目的地は……」
言いかけたトリシャの言葉に、ファーリは一瞬の遅滞もなく答えた。
「――もちろん、アレ。闇のトーテム」
その指の先が示すのは、深層の奥、世界樹の隣に立つ漆黒の塔……に見えるトーテムポールだった。
「やっぱり、気付いてたんだ」
「あたりまえ。あんな妙ちくりんな魔法、見間違えるはずがない」
そして、だからこそ。
アルマの捜索には三人「だけ」で来なければならないと、ファーリは決意していた。
――あんな魔法が存在する、という事実も。
――あれほど巨大なものを人が作れる、という事実も。
――彼が闇属性の魔法を扱える、という事実も。
今となっては全て、世には明かせない秘密だ。
事情を知る自分たちにしかこの捜索隊は務まらないと理解していた。
「え、でもさ」
ただ、そこで食いついたのがセイリアだった。
「その割にファーリ、教官が『深層には行くな』って言った時、妙に素直にうなずいてたけど……」
セイリアが横からそう口をはさむと、ファーリはしれっと答えた。
「わたしは、『身の丈に合わない場所にはいかない』と言っただけ。わたしたちの強さなら、問題ない」
「な、るほど? なんかファーリって、たまにちょっと怖いよね」
全く悪びれないその返答に、セイリアは軽く引いているようだったけれど、ファーリは気にしていない。
(――レオ、待ってて。すぐに行くから)
自分に全てを与えてくれた恩人を助ける。
彼女の頭の中は、それだけでいっぱいになっていたのだから。
救出作戦開始!





