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第百六十四話 世界樹の戦い



「――〈ふぁ・る・ぞ・ぉ・ら〉」



 あまりに聞き慣れた、魔法の言葉。

 それが紡がれた瞬間に、ヒトガタの怪物のねじくれた腕から、焔の華が咲く。


 極限まで引き延ばされた意識の中で、僕はヒトガタの手から放たれた「魔法」を目撃した。


 飛び出す炎は嘴で、広がる赤は炎の羽。



 ――火属性最強魔法〈ファルゾーラ〉。



 僕を焼き尽くさんと生まれ出でたその魔法は、不死の鳥の形を模していた。


(あぁ……)


 対抗しようと考えるのすらバカらしくなるほどの、圧倒的な熱量。

 この時代、おそらく誰も見たことがないその火炎を、僕だけは知っていた。


 ……だからこそ。


 無限に引き延ばされた一瞬、静止した時の中で、一瞬後の自分が「それ」に焼き尽くされることを……。

 その暴虐を前にしては、もはや回避も防御も意味をなさないということを、理解出来てしまう。


 だから僕は、




(――――〈絶影〉!!)




 使い慣れた「攻撃」技で、瞬間移動した。




 ※ ※ ※




 視界が切り替わったと思った瞬間、



「――〈袈裟斬り〉」



 半ば条件反射で技を発動させて虚空を斬りつけてから、辺りを見回す。


 鬱蒼と茂る森の木々と、そこから降り注ぐ木漏れ日。

 自分が確実に世界樹の外に戻ってきたのだと確認した僕は、「ふぅぅぅぅ」と大きく息を吐く。




(――びっっっっっっくりしたぁ!!)




 まさか、いきなりレベル180の魔物の群れと遭遇するなんて、想像もしていなかった。


(はぁぁ。本気で焦った。やっぱりズルなんてするもんじゃないや)


 僕が世界樹の中にいたのは、せいぜいが十数秒

 なのに、まるで数時間もの死闘を終えたような疲労感が身体に残っていた。


(入った時、念のため〈絶影〉を使わずに(・・・・)いておいてほんとよかったよ)


 一度使った武技は、五分間は再使用出来ない。

 もし〈絶影〉による脱出が出来ず、あの中に五分も閉じ込められていたら、それこそ何が起こったか分からない。


「レ、レオハルト様!?」


 そんな僕の目の前の空間が歪んで、そこからレミナが姿を現す。

 驚いて駆け寄ってきたことで、〈インビジブル〉の不可視効果が解けたようだ。


「あ、あの! レオハルト様が入ったあと、すごい音がして、そ、それに、しばらく瞬間移動の技は使えな……」

「ごめん、レミナ! 話はあと! とにかく撤退だ!」


 流石にこの状況に混乱したのか、要領を得ないことを言うレミナの手を取って、その場から離れる。



 ――逃げる途中、僕は何度も振り返ったけれど、「世界樹の中から魔物が飛び出して追いかけてくる」なんてイベントは、起こらなかった。



 ※ ※ ※



(特に、変化はなし、か。よかったぁ)


 世界樹から少し離れたところで五分ほど様子を窺ってみたけれど、世界樹に異常は見られない。

 どうやら余計なイベントが発生した、なんてことはなさそうだった。


「そ、それで、その……」

「あ、うん。あの中には、とんでもなく強いモンスターがいてさ。慌てて逃げてきたんだよ」


 事情を説明してほしそうな顔のレミナに、僕は簡潔にそう答えた。

 ただ、それを聞いたレミナは、言いづらそうに言葉を連ねる。


「えと、帰ってきた理由は分かりました、けど。……それでその、どうやって外に? 〈絶影〉は、入る時に使っていたはず、ですよね?」

「それは……」


 言葉に、詰まる。



 ――武技は一度使ったら、五分間は再使用出来ない。



 これは絶対の真理だ。


 だから世界樹に入る時に〈絶影〉を使ったのなら、僕はそれから五分間、〈絶影〉を使うことは出来ないはず。


 なのに、そのほんの十数秒後にまた瞬間移動をしているところを見られてしまっては、レミナが不思議に思うのは当然だ。


(これはゲームでは出来ないことだろうから、本当は、話したくはないところだけど……)


 あそこまで決定的なところを見られてしまったら、仕方ない。

 僕は素直に、そのカラクリを話すことにした。


「なんて言えばいいのかな。僕は世界樹の中に入るのに〈絶影〉を使いかけたけど、使わなかったんだ」

「え、と?」


 レミナは僕の言葉に首を傾げるけれど、そこまで難しい話じゃない。


 理屈としては、学園入学直後、ランドという不良との戦いで、僕が〈精霊衝〉を何度も使ったのと同じ。


 あの時は、〈精霊衝〉が命中する前に殴られて技が中断されてしまったため、「〈精霊衝〉を使用した」という判定にならずに、僕は短い時間に何度も〈精霊衝〉を使うことが出来た。



 ――つまり、技が敵に当たる前に中断された場合、武技の使用不可リキャスト時間は設定されないのだ。



 これは「MPの消費などの判定は技の始動時にある」のに対して、「技のリキャスト判定は技の終了時にある」という、おそらくシステム的な理由だ。


 ターン制バトルなら、武技の発動に割り込んで攻撃されるのは、一部のカウンター技くらい。

 判定が技の最後にあろうが最初にあろうが大差なかったのだろうけど、現実になってターン制が廃止されたこの世界では違う。


 そこで僕は、この仕様をちょっとだけ悪用することを思いついた。



 ――技を始動させてから技の攻撃判定が出るまでの間に、メニュー画面から別の技を発動させる。



 こうすると最初の技がキャンセルされて次の技が出るため、最初の技にリキャストが設定されず、「最初の技の冒頭部分だけ」を何度でも使用することが出来るのだ。


「え? あの、え? 技の途中で、別の技?」


 その辺りをゲーム要素を抜きにしてかみ砕いて説明したけれど、レミナは少し混乱しているようだった。


「と、とにかく、同じ技を何度も使えるってこと、ですか?」

「ううん、そんな便利なものじゃないよ。攻撃が当たっちゃうと技が成立しちゃうから、あくまで『攻撃が発生する前』を繰り返せるだけなんだ」


 MPは消費してしまうし、あまり意味はないどころか、普通ならマイナスだ。


「ただ、〈絶影〉は瞬間移動のあとに攻撃判定があるんだよ。だから……」

「瞬間移動だけを、何度も繰り返せる……」

「まあ、本当に移動だけだけどね」


 僕がそう言って肩を竦めると、レミナはしばらくなんとも言えなそうな顔をして、「ここにトリシャがいなくてよかった」とかぼそっとつぶやいていたけれど、一応納得はしてくれたようだった。


「とにかく、世界樹の中に行くのはやめた方がいいと思う。トーテムの傍で助けを待とう」

「……はい」


 レミナは何か言いたそうだったけれど、最後は僕の言葉にうなずいてくれた。


 警戒をしながら、来た道を戻る。

 特に危険なことはなかったけれど、道中の敵を「〈ファルゾーラ〉」と言いながら焼き払うと、否応なしに世界樹でのことを思い出してしまう。


(……結局、あの魔物たちは一体、なんだったんだろう)


〈世界樹の落胤〉という名前からしても、世界樹と関連のある魔物なのは間違いない。

 落胤という言葉から考えると、世界樹から生まれ、世界樹になれなかった「なり損ない」といったところだろうか。


 ただ、その正体がなんであれ、あの180というレベルは異常だ。


(間違いなく、この討伐演習イベントで戦うべき敵じゃないよね)


 振り返ってみれば、明らかに「闇の噴出」なんて思わせぶりな現象が起こっていたのに、入口がなかったのがおかしかった。


 ……おそらく、今の段階では「中に入れない」状態が正しかったんだろう。


 今回のイベントでは「世界樹から何かやばいものが噴き出している」という情報を与えて、ゲーム終盤か、あるいはクリア後のオマケ要素か何かであらためて世界樹の中に突入する、というのがストーリーラインだったに違いない。


(なのに僕は、入れないはずの場所に〈絶影〉で踏み込むことで、本来まだ戦わないはずの相手と遭遇してしまった……)


 身の危険もさることながら、「下手をすれば未来のイベントを潰していたかもしれない」と考えると、心の底からぞっとする。


(まあでも、何事もなくてよかった)


 反省点はあるけれども、結果として僕もレミナも無事だったし、未来のイベントも潰さずにも済んだ。

 これを教訓に、次からはもっと慎重に、用心深く原作を守護っていけばいい。


 それに……。


(ちょっとした成果もあったし、ね)


 小さく笑みを浮かべながら、ちらりと目をやったメニュー画面の一番上。

 そこには、




  世界樹の葉 NEW!




 の文字が、燦然と輝いていた。

拾ってきちゃった!

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かっこいいアルマくんの表紙が目印!
書籍二巻、11月29日より発売中!
二巻
ついでににじゅゆも


― 新着の感想 ―
もしかして、絶禍の太刀を使う魔物もいるかもしれないのか...主人公一人だったらリアレイズがあるから何とかなりそうだけど、パーティー組んでいたらアルマ君以外全滅みたいなことになりそう。
→もし〈絶影〉による脱出が出来ず、あの中に五分も閉じ込められていたら、それこそ何が起こったか分からない 勝てないとは言っていない...
[良い点] 転んでもただでは起きない
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