第百五十九話 秘密
大規模学校行事である〈集団討伐演習〉の最中、僕とパーティメンバーのレミナは転移魔法陣によって森の奥地に送られ、平均レベル90というとんでもないレベルの魔物の群れに襲われてしまった。
ゲーム序盤に当たる今の段階において、そんなあからさまな強敵を相手に戦うなんて、自殺行為に等しい。
それでも僕は、切り札である〈ファイア〉の魔法を使って魔物を全滅させて、一息をつくことが出来たんだけど……。
「――あっ! レ、レオハルト様! 大変です! 魔物のドロップアイテムが、いきなり、消えて……」
僕のピンチは、形を変えてまだ続いていた。
「え、ええっと……」
まず前提として、この「倒した魔物のドロップアイテムがすごい勢いで消えていく」現象は、僕の仕業。
正確に言うと、僕に備わった「ゲームシステム」の仕業だ。
――ドロップアイテム自動回収機能。
そう呼べるような機能が〈フォールランドストーリー〉には備わっていたらしく、そのエリアの敵を完全に全滅させてエリアを制覇すると、「MAP COMPLETE!!」のアナウンスと共に勝利BGMが流れ、エリアにまだ取得していないドロップアイテムがあった場合、それが自動で回収されて持ち物に追加されるようになっているのだ。
今回の場合、僕が襲ってきた深層モンスターの最後の一匹を倒した瞬間にエリア制覇が認められたようで、レミナの前から魔物のドロップアイテムが消えるのに合わせて、僕の目の前のメニュー画面では、獲得したドロップアイテムのリストがどんどんと増えていっている。
(普通のRPGだったら、戦闘が終わるごとにドロップアイテムがもらえると思うんだけど……)
エリアの敵を全滅させたら報酬清算、というのは、どちらかというと一枚絵マップで多数の敵と戦うタワーディフェンスやRTS、SRPGなんかの作りだ。
王道RPGと思われる〈フォールランドストーリー〉にそれが採用されている理由はちょっと謎だけれど、もしかするとこういうイベントによる連戦を想定してのことなのかもしれない。
(……まあ実際、この機能にはすごく助けられてはいるんだよね)
あれだけいた魔物のドロップアイテムを集めるのは大変だし、この機能のいいところはそれだけではない。
例えば僕が、〈レッドドラゴンリング〉のような国宝級の指輪を大量に手に入れられたのもこの機能があったおかげだ。
推定ラストダンジョンであり、ゲーム進行上、まだ中には入れない〈終焉の封印窟〉の魔物たちを、僕はダンジョンの入口手前から、〈絶禍の太刀〉による全体攻撃で倒してしまった。
ただ、もちろん敵は倒せてもダンジョン自体にはまだ入れないため、本来ならドロップアイテムなどは拾えるはずがないのだけれど、この「フロア制覇による自動アイテム回収」機能が働いたため、僕はラスダンに一歩も足を踏み入れないままで、そのドロップアイテムだけを大量に仕入れることが出来たのだ。
だから役に立っているのは間違いないし、ゲームとして考えるなら、ドロップアイテムを自動で回収してくれるのは特に違和感がある仕様じゃない。
ただ、問題は……。
「だ、誰もいないはずなのに、アイテムがどんどん消えていきます! き、気を付けてください! あそこにきっと、まだ何か……」
それが現実になった場合、めっちゃくちゃ不自然だということ!
うん、そりゃね!
突然目の前でドロップアイテムだけが消えてったらビックリするよね!
分かる分かる!
でもそれ、異常でもなんでもない、ただの基本のゲームシステムなんだよね!
(……なぁんて言っても、伝わらないよね)
それでも、ここで彼女を混乱させたままにする訳にもいかない。
僕は意を決して、彼女に話しかけた。
「し、心配ないよ! あれをやってるのは、僕なんだ」
「え……?」
事情が呑み込めずにきょとん顔をするレミナに、畳みかけるように言う。
「ええと、そう! 今まで隠してたけど、僕はドロップアイテムを集めるスキルを持ってるんだよ!」
自分で言っててなんだそれ、と思うけれど、この世界はよく分からないスキルも多い。
「そんな、技能……。で、でもレオハルト様、なら?」
レミナの瞳がグルグルと回しているが、半信半疑くらいまでは持っていけた。
ここで、僕はさらに賭けに出ることにした。
「――それに、僕からも一つ。レミナに聞きたいことがあるんだ」
そう言って、一歩、彼女との距離を詰める。
「聞きたいこと、って……」
「レミナの、『秘密』のことだよ」
そう僕が口にすると、彼女は明らかに身体を強張らせた。
ちらりと、通路を確認する。
たくさんの魔物を倒したおかげで、今のところ後続が迫ってくる気配はない。
この森の深部にいるのは僕とレミナだけだから、今なら誰かの邪魔が入ることもない。
ならば……。
(――ここで、レミナの秘密を確かめよう!)
決意と共に、僕はレミナに向き直る。
(むしろ、これはいい機会だったかもしれない)
ずっと、気にはなっていた。
――レミナ・フォールランド。
図鑑マークに記載のない、僕らのパーティの中で唯一のモブキャラクター。
……ただし、彼女には明らかに不自然なところがある。
あの時、演習中にフィルレシア皇女と話してから、いや、みんなの魔法適性を調べてからずっと、引っかかっていることがあった。
それは、彼女の「魔法の才能」。
平民にしては優れた魔法の才覚を持っている、だけじゃない。
【魔法適性 レミナ】
火:A
水:A
土:A
風:A
彼女……レミナの魔法適性は、全てが「横並び」なのだ。
《――四大属性全ての高位魔術を使える貴方の本当の得意属性は、一体なんなんでしょうね?》
かつてフィルレシア皇女が僕にささやいた台詞が、脳裏によみがえる。
そして、その答えもまた、皇女自身が示してくれていた。
彼女は確かに、言ったのだ。
――「光の魔法使いだった初代の聖女は、火水風土の四大属性の魔法を全く同じ練度で扱えた」、と。
理屈は、理解出来る。
四大属性が横並びの適性を持つためには、四大属性の中に得意属性や苦手属性があってはならない。
つまりは、「それ以外」の属性を得意属性としていなければ、「横並び」など成立しない、ということ。
……そして、推理材料は、それだけじゃない。
トリシャの家が、平民であるレミナを引き取った背景。
レミナの妙におどおどとした、引っ込み思案な態度。
トリシャが時折見せる、何かを隠すような言動。
それらを思い起こせば、答えはおのずと見えてくる。
彼女が四つの属性全てを、高いレベルで行使出来た理由は、たった一つ。
「単刀直入に、言うよ。レミナ・フォールランド。君は……」
それはまるで、断罪の刃。
真実という名の剣を彼女に叩きつけるように、僕は口を開いて、
「――君は、闇属性魔法使い、だろ?」
「……え? あ、あの、闇じゃなくて光の方、ですけど」
当の本人に、申し訳なさそうに訂正を入れられたのだった。
自信満々で二択を外す男!!