第百五十五話 生命力と魔力
――転生を自覚した六歳の頃、僕を悩ませていたのは「MPが少なすぎる」ことだった。
なにしろ、レベルが1の時に、最大HP54に対して、最大MP6という極端な数値でスタート。
その後のレベルアップでも、HPはおよそ10ずつ上がったにもかかわらず、MPは1ずつしか上がらなかったからだ。
その後、MPなしに初級魔法を連打出来る「無限指輪」を手に入れて一時的にMPの問題は棚上げにされたけれど、実は「MPが少ない」という欠点はそれから九年経った今になってもいまだに解決されていない。
入学後にある精霊との契約が僕の一番の希望だったんだけど、ティータと契約してほかの能力の成長率が上がっても、MPの上昇量1は変わらなかった。
それはレベルを80まで上げても変わらず、レベルアップでの成長値はHP10、MP1のまま……いや、たまーにMPが全く上がらないことすらあったので、それすら下回るかもしれない始末だった。
……このHP10、MP1という成長が、一般的なものならまだよかった。
けれど、子供の時の段階でも、兄さんのMPは少なく見積もっても50、下手をすれば100を超えているという大いなる格差社会を見せつけられ、僕は絶望した。
仮にも主人公なのに、これはあまりにもひどい仕打ちじゃないだろうか、と思ったけれど、その原因は分かっている。
――「魔法がろくに使えない」というアルマのキャラ設定のせいだ。
おそらくだが、「魔法が使えないキャラなのにMPが多いのはおかしいよね」と異様にMPが少ない設定をされてしまったんだと思う。
実際、入学当時のレベル25だった僕の最大MPはたったの30。
魔法の訓練の時などはMP効率系や最大MPアップ系の指輪をつけてごまかしていたけれど、素の状態では中盤の技であるバースト系の魔法を一発撃つだけでガス欠になってしまうほどの貧弱っぷりだ。
――そして、その救済策として存在するスキルが〈獅子の魂〉。
最大HPをMPに変換出来るこのスキルによって、MPが少ないアルマも魔法をまともに使えるようになるのだ!
……と思っていたら、大間違いだった。
うん。
冷静になってよーく考えてみると、最大HP10がMP1にしかならないのは、どう考えても弱いのだ。
例えば、レベル100時点でのアルマのHPMPの推定値は、HP1000、MP100前後。
最大HP1000はMP100に換算出来るから、その時点で使えるMPは実質200ということになる。
しかし、一般的な貴族生徒はHPの五割程度のMPを持っているようで、アルマよりもHPを若干少ないと見積もっても、MP400程度は固い。
つまり、〈獅子の魂〉を最大活用しても、主人公のはずのアルマくんは魔法を常人の半分程度しか使えないクソ雑魚ナメクジになってしまうのだ!
(まあその分、固有精霊のティータの補正で普通の人より能力値が高いみたいだから、そこでバランス取ってるんだろうけど……)
実際、魔法が得意なレミナのMPを計ってみると、レベル55の時点ですでにMPが300を超えていて、僕は泣きそうになった。
主人公と一般キャラのはずが、ここだけ見ると完全に立場が逆転してしまっている。
「だからね……うまあああ! それを解決するのがうまあああ! この〈タフネスリング〉なんだよ」
「え、あの……はい」
なぜか困り顔で相槌を打つレミナに、僕は構わず解説する。
――最大HPに対するダメージを減少させる。
これは、少なくとも僕が調べた限りだと〈タフネスリング〉しか持っていない効果だけれど、この指輪の人気はそう高くない。
まあそれも当然の話。
確かにこの世界のルールでは、たくさん殴られて最大HPが削られると、回復してもいずれは削り殺されてしまう。
しかし逆に言うと、最大HPへのダメージをいくら減らしても、通常のRPGと同じになるだけ。
短時間にたくさんのダメージを受ければ〈タフネスリング〉の効果なんて関係なく死ぬし、回復魔法やポーションでHPを回復する必要はあるので、それほど有用な効果じゃないのだ。
――〈獅子の魂〉とのシナジーを、考えなければ。
僕も試すまではまさか、と思っていたんだけど、なんとこの指輪、〈獅子の魂〉によってMP代わりに使われた最大HPに対しても効果を発揮する。
だから、〈タフネスリング〉によって最大HPダメージを減らせば、それだけ魔法使用時の最大HP消費が抑えられることになるのだ。
そこで僕は厳選に厳選を重ね、
《タフネスリング:最大HPに対するダメージを30%減少させる。
内傷半減(エピック):最大HPに対するダメージを半減させる》
という最大HPダメージを抑える効果が二重についた指輪を二つそろえた。
ではこれがどういう効果を発揮するか、だけど、この辺の計算はちょっとややこしい。
というのも、どうもこのゲームでは「減少」と「軽減(半減)」が別の効果らしく、まず「減少」分が計算されてから「軽減」分が計算される。
今回で言えば、内傷軽減エンチャをつけた〈タフネスリング〉の効果は最大HPへのダメージに対する「30%減少」と「半分に軽減」の二つ。
この指輪を二個つけるとそれぞれの効果が合算され、30%+30%で「60%減少」と、半分×半分で「四分の一に軽減」になる。
まず「減少」効果によって最大HPダメージは100%-60%で「40%」まで減り、そこから「軽減」効果で四分の一になるので40%÷4で「10%」。
最終的に最大HPダメージは「十分の一」に抑えられることになる。
「――つまり、うまあああ! 僕は最大HP《生命力》とMP《魔力》を一対一交換でうまあああ! 魔法を使うことが出来るようになったんだよ!」
HP1000、MP100のアルマくんであれば、最大でMP1100相当の魔法を使うことが出来るようになり、名実ともに主人公に返り咲き!
これがそろってからは、魔法や武技の熟練度上げがさらに捗るようになったのは言うまでもない。
「あ、あの……」
「ん?」
と、気持ちよく説明していたのだけど、そこでレミナが勇気を振り絞るようにして、聞いてきた。
「えと、レオハルト様は、さっきから話しながら何をしてる、んですか?」
彼女の視線の先を見て、僕は納得した。
その視線の奥にあるのは、まるで満月を模したかのような天上の食料。
「ああ、これはタマゴボー……ルナ焼きだよ」
僕が解説の間もせっせと口に運んでいたのは、その昔、幼なじみのルリリアにもらって以来大好物となったお菓子〈ルナ焼き〉だ。
それを会話の最中でも食べていたのは、ついおいしくて手が止まらなかったという以外にも、もちろん理由がある。
「食料には、最大HP《生命力》を回復させる効果があるからさ。急いで食べておかないと、と思ったんだ」
「え……」
僕の言葉に何かを予感したのか、レミナは弾かれたように振り返る。
その瞳に映った、光景は……。
「――今度のお客さんは、ずいぶん大勢みたいだから、さ」
狭い道を埋め尽くすほどに広がった、数十にも及ぶ深層の魔物の群れだった。
おかわり入ります!